リュミエールの花火

柔井肉球

リュミエールの花火

 少女が夜空を見上げている。

 まとう紺の外套ローブはダボダボで、裾が地面に広がってしまっている。

「ねぇ、おししょうさま。あれはなに?」

 小さな指が示す先で、五つの光が渦を巻くように旋回している。

「……リュミエールの花火」

 問いかけに答えたのは上品な老女である。外套と揃いの三角帽から、三つに編まれた白い後ろ髪が伸びている。

「りゅみ……?」

「リュミエールの花火、さ。偉大な魔女達のお祭り」

「まじょのおまつり!」

 少女は必死に辺りを見回した。

「……やたいは?」

「あっはっは。残念ながら無いよ」

「えぇー」

 頬を膨らませ、落胆を露わにする。

 老女は苦笑しつつ、幼い弟子の帽子をぽんぽんと叩く。

「いいからごらん? 始まるよ」

 師に促され、再び視線を上に向ける。

 唐突に、中天を漂っていた光の一つ一つを起点に、空へとヒビが入る。

 パッ、パッと、雷のように、鮮やかに。

 音は無い。徐々に上がっていくテンポに合わせ、光だけが次々に形を変えていく。

 海中に繁る珊瑚のように。首を垂れる稲穂のように。根元へ腰かけ見上げた、合歓の木のように。

 言葉の通り、燃えつきることのない花火であった。

「……うわぁ。きれい」

 幼い魔女は祭りの荘厳さに、知らずため息をつく。

 一つの光を中心に、四つの光が付かず離れず、時には弾け、時には流れ、夜空に残像を作りだす。

 どれくらいの間、そうしていただろうか。

 やがて、四つの光が四方へ飛び散ると、同時に空が激しく輝いた。

「ひかりの……はしら?」

「そうさ。あれがリュミエールの花火のクライマックス。送られる魔女が偉大であればあるほど、柱は太く、強く、高みへと昇っていく」

 師の言う通り、光の柱は一刻を過ぎても尚、衰えることなくそこにある。

 不意に、空から影が一つ降りてくる。

 箒に乗った若い魔女だ。

 彼女は、二人の元へと降りたつと、丁寧にお辞儀してくる。

 老魔女は帽子で表情を隠しつつ言う。

「終わったかい?」

「……はい。無事、見送ることが出来ました」

「見事だったよ」

「ありがとうございます。偉大なる魔女、パンタ・グリエル様にお褒めの言葉を授かったとあらば、我が師も報われましょう」

「よしとくれ。これだけ歳を経ても、未熟な弟子に振り回されるダメ魔女さ」

「ふふふ、御冗談を」

 言葉を交わす二人の顔を交互に繰り返し見てから、幼い魔女は師の袖を引いた。

「おししょうさま……、このかたは?」

「ああ、ほったからしてすまなかったね、アナベル。この子は私の友だちの弟子さ」

「おししょうさまの、おともだち?」

 箒を持った魔女は、聞きかえす少女……アナベルの前に跪くと、微笑みかけてくる。

「ええ、そうよ。あなたがアナベルね。初めまして。私はあなたと同じ、魔女の見習いなの」

「わたし、みならいじゃないもん!」

 芽吹いたばかりのプライドを刺激され、ぷいと顔をそむけるアナベル。

「……ごらんの通り。随分と生意気な子でね」

「あら、将来が楽しみじゃありませんか」

 またね、アナベル……そういって少女の頭を撫でると、若い魔女は箒に跨る。

「それでは、後片付けがありますので、これで」

「ああ。他の四人にもよろしく伝えておくれ」

 彼女は無言で頷くと、空へ。

 後ろ姿が、あっという間に夜の闇へと消えていく。

「……ねぇ、おししょうさま。あのかたはなにをしにいったの?」

「祭りの続きをしにいったのさ」

「そうなの? わたしもいく!」

 アナベルの無邪気な言葉に、老魔女……パンタ・グリエルは目を細める。

「そいつは無理ってもんさね。あの祭りは彼女達だけのものだ。偉大なる魔女を見送る、愛弟子達だけの、ね」

「ううー」

 不満そうに唸るアナベル。

「そんなに焦らなくても、お前もいつか彼女と同じことをする時が来るさ」

「ほんと!?」

「ああ。だから、頑張って魔法を覚えないとねぇ」

 ぐりぐりと帽子ごと頭を押さえこまれる。

「あうう、おししょうさま、やめてよぉ」

「あっはっは。それに、せめてその外套の裾から足が見えるくらいには、大きくなってくれないとね」

 アナベルは、やっとの思いでお帽子に押し込められた頭を引っ張りだすと、師の顔を見あげる。

 逆光でその表情は見えなかったが、恐らく微笑んでいるのだろう。

「……焦らなくてもいいよ。あたしも、もうちょいと、頑張るつもりだからねぇ」

「……? おししょうさまはいつもがんばってるよ!」

「あっはっは。ありがとさん」

 笑う師匠に、アナベルは幸せそうに抱き付く。

 老魔女は愛弟子の頭を撫でながら、空へと旅立った古い友に別れを告げる。

 いつか自分が送られる番が来る。その時に思いを馳せて。

 

 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リュミエールの花火 柔井肉球 @meat_nine_ball

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ