第四話「初仕事」

翌日の昼休み。水華の指示通り律儀に職員室に行った厚海小桜は、そこで晶から生徒会役員の就任を言い渡された。てっきり先日の侵入事件について詳しく聞かれると思っていた厚海小桜は、言われたことをすぐに理解できなかった。その厚海小桜にさらに追い打ちを掛けるように水華とバディになることが告げられると、厚海小桜の驚嘆の声が職員室中に響き渡った。

煌桜学園の生徒会は学園生徒の憧れの存在。その中でも水華は、本人が望んでいないとは言え群を抜いて人気があった。そんな人物と自分が関わりを持ち、さらにバディとなるなど、平凡な人生を送ってきた厚海小桜にとっては考えもしない状況だった。

今日の放課後から早速生徒会室に来て欲しいとのこと。とりあえず水華の後について、仕事を覚えて欲しいとのことだ。

役職は庶務。なんでも屋という感じだが、それでも生徒会役員であることには変わりない。

こうして小桜は煌桜学園生徒会役員として迎え入れられた。

朝緋は基本的に人と関わるのが好きなので、小桜の生徒会入りを心から歓迎していた。鈴音も同じ一年が入ってくれたことを喜んでいる。響はどちらかというと人見知りだが、とりあえず小桜に苦手意識はないようだ。同じ物静かな性格同士で合うのかもしれない。そして静流は今日も生徒会室に来ていない。

「静流には私から言っておくよ。写真を見せれば分かるだろ」

晶の反応はそれだけだった。

「よし。自己紹介も終わったな。それじゃあ各自で自分の仕事に掛かってくれ」

晶のその一言でみんなが持ち場に散っていく。

水華の今日の仕事は外回りだ。グリモテューム出現の予防と対処。その準備をする水華のあとに小桜がついてくる。

「まだあなたに実戦は早いわ。鈴音の手伝いでもしていなさい」

後ろにつく小桜に目もくれずに水華は言った。確かに鈴音も会計の書類を脇に沢山抱えていた。小桜は庶務だ。会計の手伝いも立派な庶務の仕事。

「一日目なんですから、最初ぐらいはバディとして一緒に仕事した方がいいと思いますよ」

しかし水華の思惑は鈴音によって阻まれた。

「一日目だから言ってるのよ。まだ右も左も分からない素人に付いてこられたらこっちの身が危ないわ」

鈴音に正論で返されたので水華もつい熱くなってしまう。水華だって分かっている。鈴音の言うことはいつも正しい。だから水華は鈴音が少し苦手だった。

「水華」

いつものように水華と鈴音がヒートアップする前に晶が割って入った。だが、今回晶は鈴音の肩を持つようだ。いくら水華でも晶には逆らえない。

水華は一つため息をつき、タリスマンを付けて生徒会室を後にした。晶の視線に促されて小桜もそれについていく。


水華は晶から渡された担当区域を確認した。今日は学校から離れた、比較的煌桜樹の少ない地域の見回り。きっと小桜が初日ということもあって晶が気を利かせたのだろう。

水華は小桜に目もくれずに先を行く。背が高く足も長い水華に比べて、背の小さい小桜はどうしても遅れてしまう。


「今日の昼休みに生徒会に入ってほしいと言われてビックリしました」

「でも水華さんとこんな風に話せるなんて思ってもいませんでした」

「私、この辺ってあまり来たことがなかったです」

「生徒会の仕事って大変ですし危ないこともあるんですよね。でも私、頑張ります」


小桜が一所懸命に話しかけるが、水華はどれにも反応しない。そんな水華のひねくれた対応にもめげずに小桜は必死についていく。

しかし水華はどんどん足を速めていった。水華は小桜をどこかのタイミングで巻いてしまおうと思っていたのだ。これが晶の指示に素直に従った理由。

はぐれたことを後で注意されても、自分の動きに小桜が付いてこれなかったといえば済む。それを理由に小桜の生徒会の不適任を訴えることもできる。優秀な指揮官というのはバディの動きを常に視界に入れているというが、水華は優秀な指揮官になりたいわけじゃない。自分の周囲を守りたいだけだ。そのためなら、多少怒られても痛くはない。

水華は複雑な路地を進んでいき、そしてついに小桜を巻くことに成功した。これで自由に動ける。水華はこの地域も何度も訪れているし、ここでグリモテュームと戦ったことだってある。死角が多い場所だって把握してる。ここの土地勘のない小桜が水華を見つけるなどほぼ不可能だ。


しかし、わずか10分後に小桜は水華を見つけ出した。

「すみません!はぐれてしまって……」

しかし小桜は、自分が勝手にはぐれてしまったと思っているようだ。

水華は再び歩き出した。しかしなんどはぐれさせても、小桜は水華を見つけ出す。

「やっぱり……生徒会の仕事って……大変なんですね」

両膝に手をついて、肩で息をしながら小桜は呟いた。

小桜は水華ほどに足は早くないし、ついてこれている訳でもない。しかし必ず水華を見つけ出した。

水華また歩き出す。

「あの……今度はどちらに?」

「帰るわ」

時計を見れば、もう見回り時間を過ぎていた。

「これ……」

そう言って水華は、自分のハンカチと、小桜が息を整えている間に買っておいたジュースを渡した。大人気なく小桜を巻こうとした水華のお詫びの気持ちだったのかもしれない。

「あ、ありがとうございます」

「そんな汗だくで付いてこられても迷惑なだけよ」

そう言って水華は再び先に歩き出した。もう仕事は終わったのだから急ぐ必要もない。そんな事を頭で考えながら小桜の話に短く相槌を打ちつつゆっくり帰った。


帰る時間が遅れながらも無事に戻ってきたことや、二人一緒だったことを晶に安心された。これで水華と小桜のバディも安泰だと思われたら嫌だなと思いながら水華は報告を済ませ、生徒会室を出た。


「ところで、なんであなたは知らない街で何度も私を見つけられたの?」

昇降口に向かう廊下で、水華が小桜に尋ねた。

「すみません。大変だったのにすぐにはぐれてお手伝いできなくて」

「まぁそれはいいけど……」

本当は巻こうとしてた、などとは言えない。


「水華さんの周りは他より冷たかったから、だから見つけられたんだと思います。私、気温の変化には敏感なんですよ。何でか知らないですけど」


その言葉に、水華は一瞬立ち止まった。そして小桜が振り向くと再び歩き出し、また小桜をおいて先を歩いて行った。

「あ、あの!さようなら!」

そんな小桜の言葉にも、一切反応しなかった。

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煌桜学園生徒会 咲良 潤 @ce1039

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