第三話「バディ」
煌桜生徒会の主な活動は二つ。
一つは学校の自衛。煌桜樹は大きな力の源のため、先日のように外部から狙われることもある。その外敵から学園を守るために生徒会は存在する。
そしてもう一つはグリモテュームが生まれないようにするためのパトロールである。
煌桜樹から接木した木が街に広がり始めたころから、グリモテュームが姿を現しだした。調査によると、主に野良猫や野良犬がそのようになるケースが多く、また元気な動物がグリモテュームとなるケースは報告されていない。何らかの原因で瀕死の状態になった動物が、煌桜樹の影響によってグリモテュームになると思われるが、政府や研究機関は煌桜樹とグリモテュームの因果関係はきっぱりと否定している。
一時は煌桜樹を伐採しようという話もあったが、煌桜樹から得られる恩恵があまりにも大きかったため、それは却下された。代わりにパトロールをして事前に手を打てるようにしている。国によって設けられた警備システムもあるが、煌桜学園の生徒会も自主的にそれに加わっている。これも、煌桜学園に対する世間の理解を得るための一環だ。
しかしそれには危険が伴う。事前に手を打つためのパトロールではあるが、実際にグリモテュームに遭遇するケースもある。だから煌桜学園の生徒会は、それぞれの役職がありながらもバディを組んで動くように決まっている。危険が生じたときに安全に対処するためだ。
嘉村朝緋のバディは時任鈴音。山室響のバディは能代静流である。
しかし柊木水華にはバディがいなかった。生徒会役員が五人しかいなかったのもあるし、水華自身が誰ともバディを組みたがらなかったのもある。
今までは水華の能力の高さゆえにその状況を許していたが、バディがいるに越したことはない。
「お前、厚海小桜とバディになれ」
いきなり厚海小桜の名前が出てきて、水華は少し戸惑っていた。
「……なんですか、いきなり」
「なかなかいい案だろ?」
「なんで今更」
「今更じゃない。本来バディがいない方がおかしいんだ」
それには水華も反論できない。今までワガママを聞いてもらっていたからだ。
今まで水華のバディの話は何度か議題に上がったことがある。男であり会長でもある朝緋が単独になり、代わりに水華と鈴音がバディとなる案や、主任である晶が水華と共に行動するという案。しかし水華はそのどれも尽く断ってきた。
「今まで一度も問題を起こしたことはありません。一人で平気です」
「今まではな。でもこれからは分からん。実際今日だって危なかっただろ?」
確かに厚海小桜が最後に襲われそうになった時、もう一人いたら何も問題はなかった。今日はたまたま響が対処してくれたが、バディがいるならもっと確実だ。
しかし。
「バディなんか組んでもやりづらくなるだけです。それに何で厚海小桜なんですか?あんな何の能力も取り柄もない子と組んだって足でまといになるだけですよ」
「お前も報告書を見ただろ?あの子のグランツランクの結果はまだ出ていない。能力がないとは言い切れないよ」
水華が厚海小桜の報告書を見て眉をひそめた理由はこれ。
ほとんどの場合はグランツの欄には能力のランクを示すアルファベットが記される。下から『AG(エーグランツ)』、『SG(エスグランツ)』、『SSG(エスエスグランツ)』と並ぶ。煌桜学園で『SG』なのは生徒会役員だけ。そのほかは『AG』だがその人数も少ない。ほとんどがグランツを持っていない『NG(ノーグランツ)』だ。『SSG』は夢のまた夢。都市伝説と言われる事さえある。生徒たちの中には、九重晶が実は『SSG』なのではないかという噂が流れているが、晶が能力を使ったところを見た生徒は誰もいない。
このようにグランツランクが分かれているが、厚海小桜の報告書には『X』と書かれていた。しかしそんなランクなど存在しない。晶の言う通り、まだ結果が出ていないのだ。
「だからって、そんな子を私に押し付けるなんて」
「押し付けるわけじゃない」
「じゃあ何で私なんですか」
「さっき、厚海小桜の名前を言ってただろ?」
水華が珍しく焦りの表情を顕にした。まさか聞かれていたとは。上手くごまかせていたと思ったけど、水華が思わず口にした言葉を晶は聞き逃していなかった。
「聞こえてたんですか」
それなのに『何か言ったか?』などと聞くのだから、晶も意地が悪い。
「他人にほとんど関心を示さないお前が名前を口にしたんだ。きっとうまくいく」
「関係ありませんよ」
「水華」
晶がじっと水華を見つめる。水華にプレッシャーをかけるかのような鋭い視線。
「厚海小桜と組め」
いくら水華でも、晶にその目で見つめられると反論できない。
「晶さん……。グランツ、使ってませんよね」
「ああ。知ってるだろ?私はもうグランツは使えない」
それでも水華は相当の圧力を感じた。これが、癖のあるグランツァーを束ねる主任として晶が任命された所以だろう。
「万が一グランツがあった時に考えますよ」
水華はそう言ってどうにかこの場を逃れるだけで精一杯だった。
数日後。
生徒会室は静かだった。放課後の喧騒やクラスメイトからの干渉を逃れるために、水華はいつも早めに生徒会室に到着している。だいたい鈴音が先に来て場所を整えたり、会議があるときにはお茶の準備をしていたりするのだが、今日はその鈴音もまだのようだ。
水華は窓を開けて新しい風を入れる。
先日の一件から校内には少なからず緊張感が漂っていたが、放課後ともなればそれも多少和らぐ。生徒会も警戒を強めていたが、それが功を奏しているのかその後不穏な動きはほとんどない。あのような事件が起きると模倣する奴らがいるが、逆に水華たち生徒会の力をしっかり見せられたとも言える。今は後者の効果が出ていると言えるのかもしれない。
しかしこの学園に煌桜樹にある以上、また必ずあのようなバカどもは現れる。そんなバカどもに容赦はいらない。今回はあの女子生徒に気を取られたが、今度侵入してくる奴がいたら徹底的に叩きのめすぐらいはやらなければ、バカが減ることはない。
もしかしたらこの先SGが煌桜樹を狙ってくることもあるかもしれない。SSGが本当に到達できるレベルなのかは分からないが、グランツァーの夢であるSSGになるには必ず煌桜樹が必要となるだろう。しかし仮にSGが侵入してきたとしても水華は勝てる自信がある。
いや、勝たなくてはいけない。
水華がグランツァーになったいきさつには、とても重要な人物が関わっているのだから。
決意を固めた水華の思いを、ドアを叩く音が遮った。わざわざドアを叩くということは、生徒会のメンバーではないのだろうか。水華は怪訝な表情を浮かべながらドアに向かう。
しかしそのドアの向こうにいる人物は、水華にとって侵入者よりも厄介な人物と言えるだろう。
ガラッとドアを開けて水華は息を飲む。
「こ、こんにちは……」
そこにいたのは厚海小桜だった。
「何かしら?」
水華は発した言葉に氷を混ぜたかのような、重くて冷たい口調を厚海小桜にぶつける。
「あの、すみません。九重先生に生徒会室に来るように言われたんですけど……」
ハメられた。
瞬間的に水華はそう思った。いつもならみんなが集まってていい時間に鈴音すら来ない。きっと晶が他のみんなに目回ししたのだろう。ここで水華が厚海小桜と会うように。
「……いいわ。入って待ってなさい」
そう言って水華は厚海小桜を生徒会室に招き入れた。
「あの!せ、先日は助けていただいてありがとうございました!」
生徒会室に入った厚海小桜は、開口一番そう言って深々と頭を下げた。
「いいわよ。あれが仕事だから」
そう言うだけで、水華は先に椅子に座る。
「でも、ありがとうございます」
そう言って厚海小桜はまた頭を下げる。
「ひとつ聞きたいんだけど、あの時友達はちゃんと隠れてたのに、なんであなたは逃げ遅れてたの?腰でも抜かしてたのかしら?」
たったあれだけで腰を抜かしているようでは生徒会にふさわしくない。水華は晶を説得する上で必要な情報を厚海小桜から引き出そうとした。
「あ、いえ。最初はみんなと一緒に逃げようとしたんですけど、間に合わないと思って。えっと、それで私が囮になればと思って。あの、足は速い方なので」
喋りを聞いてる限りでは鈍臭そうだが、侵入者の情報が入ってから水華が学園正門にたどり着くまでは多少時間がかかった。その間ずっと逃げ回っていたとすれば、それなりに俊敏ではあるのだろう。
「そんな事はもうしないでちょうだい。もし怪我でもしたら生徒会の責任になるんだから」
「あ、すみません。ごめんなさい」
そう言って厚海小桜はまた頭を下げた。
水華は視線を厚海小桜から外して横を向く。
「あの、でも、生徒会の皆さんが来るまで頑張れば、必ず助けてくださると思ってたので」
それを聞いて水華がいきなり立ち上がる。
「九重先生は来ないようね。今日はもう帰りなさい」
「あ、はい。でも九重先生には……」
「明日の昼休みに職員室に行きなさい。そうすれば会えるでしょ」
「分かりました」
そう言って厚海小桜は最後にまた頭を下げて出て行った。水華はそれに背を向けて窓の外を見る。ドアが閉まる音を聞きながら、水華は理由の分からない苛立ちを感じていた。
理由は分からない。生徒会の仕事が評価され、信頼されていたのだからもっと喜んでもいいはずだが。
窓の外を見て、厚海小桜が生徒会棟から出ていくのを目で追ってから水華も生徒会室から帰ろうとする。すると再びドアが開いた。そこには晶が立っていた。
晶はいきなり水華に文句を言われると思っていたが、水華は落ち着いたものだった。
「作戦成功ですか?」
「人聞きの悪いことを言うなよ」
「でもそうでしょ」
そう言って水華は晶の横をすり抜けて帰ろうとした。
「どうだった?いい子だっただろ」
「いい子である事と生徒会の仕事はまったく関係ありません。彼女が生徒会の仕事に寄与できる要素もありませんでしたし」
きっぱり言う水華に、晶は一枚の紙を見せた。厚海小桜のグランツに関する報告書だ。ランクのところには「AG-」と書かれていた。
「マイナスですか。そんなランク、初めて見ましたよ」
「でもグランツァーであることに違いはない。それなら生徒会に入れる理由はある」
「マイナスの子なんて、足でまといになるだけです」
「マイナスだからだ。彼女はまだ自分のグランツを知らない。だから私たちで制御の仕方を教えてやらなくちゃいけない」
これには水華も反論できない。晶が言ったことは煌桜学園の方針であり、晶の信念でもあるからだ。
「厚海小桜は生徒会に入れる。あとはお前次第だ。お前の目の届くところでウロウロされるのと、お前の知らないところでウロウロされるの、どっちがいい?」
「なんでそんなに厚海小桜にこだわるんですか」
「私がこだわってるのは厚海小桜じゃない。お前に対してだよ、水華」
最初から言っていた通り、晶は水華が厚海小桜に多少なりとも関心を持ったので生徒会に入れようと思っていたのだ。
「私はね、お前にもっと他人と関わって欲しいんだ。そうすればお前が妹のことで自分を責める時間を減らせるんじゃないかと思うんだ」
「……それは無理ですよ」
「分かってる」
そう。晶だって水華の抱える感情が単純なものでないことは分かってる。それでも手を差し伸べずにはいられない。
水華は晶の顔を見てひとつ息を吐く。
「分かりましたよ。晶さんの指示に従います。鈴音も一年生一人では大変でしょうし、もう一人ぐらいいてもいいでしょう」
水華が折れるのは鈴音のため、また晶のため。そしてそれが将来的にもし自分のためにもなるのなら、それはそれでいいと水華は思っていた。
「厚海小桜を受け入れるのは鈴音のためか?」
「不満ですか?」
「いいや。きっかけなんてそんなものだろう」
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