第二話「煌桜学園生徒会役員」

昼休みがバタバタと過ぎていった。

昼食を取る暇すらなかった水華はそのまま午後の授業を受け、何も食べずに放課後に至った。しかし食べる事に対してこだわりがない水華にとってはさほど苦痛ではなかった。水華が食べるはずだったうどんを食べた佐和が、代わりに自分の弁当を水華に食べさせようとしたが、水華はそれを断っている。

そして放課後になるとすぐに生徒会室に向かった。昼休みの報告と侵入者の供述について聞くためだ。また侵入者を捕まえた水華に話を聞こうと群がるクラスメイトから逃げるという理由もあった。

水華は高等部の校舎の中庭に立っている桜の木を右手に見ながら生徒会棟に向かう。この道は昼間に全速力で走った道だ。今も桜の木は淡く光を発している。水華はその木を複雑な表情で見ながら、しかしある騒ぎにその思考は遮られた。目を向けると、静寂を求めて行った先の生徒会棟で待っていたのは平穏ではなく喧騒だった。

生徒会棟の入り口に出来た人だかり。そしてその中心にいたのは生徒会長だった。

「犯人が連れていたグリモテュームがこう俺に襲いかかってきたんだ。それを俺がこうやっていなして、そして得意のファイヤーボールをズドンだ」

朝緋の説明や、時折見せる炎に周りからは歓声が上がっていた。その輪には絶対に加わりたくない水華は、踵を返して高等部校舎の方に戻った。

高等部の校舎を中庭とは反対側に出ると、そこには桜並木が続いている。左に行くと初等部の校舎、右に行くとこの学園の正門、つまり昼休みに侵入者と戦った場所に出る。水華は少し遠回りをしてでもあの人だかりを避け、生徒会棟の正面入口から入っていった。

前にもこのようなことがあり、その時は人だかりの脇を通り過ぎようとしたがあろう事か朝緋に大声で呼び止められた。そして全員の視線が水華に向き、みんなが『氷華様!』と騒いで収集がつかなくなりそうだったのだ。人に囲まれるのも人の注目されるのも嫌いな水華は、それ以来人が大勢いるところは極力避けることにしている。


水華が騒ぎが起きている場所とは反対の正面入口から入ると、逆の裏口を出ていく後ろ姿を見た。逆光でシルエットしか見えなかったが、男子でありながら小さい体格とフワフワで癖のある髪と、そして頭に乗っていたヘッドホンを見ればそれが誰だかはすぐに分かった。きっと騒ぎを沈めて朝緋たちを生徒会室につけてくる役目を押し付けられたのだろう。しかし押しの弱い彼のことだから、朝緋を引っ張ってくるには時間がかかるはずだ。水華はやれやれと思いながら生徒会棟の階段を上った。


生徒会棟は二階建てなのだが、一階はほとんど物置と化している。水華は階段を登って二階に行き、いつも自分たちが使っている生徒会室に荷物を置いてから隣の部屋に行った。生徒会主任の部屋だ。

「やぁ、来たね」

部屋に入ると黒い二人掛けのソファが向かい合わせに二つと、その間に低いガラス製のテーブルが置かれている。そしてその奥に広い机と豪華な椅子があり、声の主はその椅子に座っていた。

「水華一人か?」

「晶さんにだって聞こえていましたよね?あの馬鹿でかい声」

水華が呆れるように言った。馬鹿でかい声とは朝緋の声だ。

「学校では『九重先生』と呼べと言っているだろ」

「『晶先生』と呼んでる生徒だっているじゃないですか。中には『晶ちゃん』って呼んでる子もいるのに」

「お前は半分身内みたいなものだからな。だから余計にだ」

プライベートで会う時に、水華は九重晶の事を『晶さん』と呼んでいる。それを学校の時だけ『九重先生』に変えるのを少し面倒だと感じていた。他の生徒から詮索されたくないのでみんなの前では『九重先生』と呼んでいたが、二人きりの時でも駄目なのか。いまいち納得していない水華の横を晶が通り過ぎ、廊下に出て中庭を見下ろす。そこには一人で盛り上がる朝緋とそれを遠巻きに見ている鈴音がいた。そして朝緋の横には、エメラルドグリーンのフワフワした頭が朝緋をなんとかなだめようと必死になっている。

「相変わらずやってるなー」

特に晶は怒るでもなくその様子を伺っている。

「生徒会なのに、馬鹿丸出しですよ」

そう言いながら水華はソファに座った。

水華はもともと騒ぐことが好きではないし、それに朝緋のテンションにも嫌気が差していた。だから会長と副会長でありながら、水華は朝緋とほとんど関わることがない。さらに言えば、水華は朝緋を敬遠している。

水華が座ったソファの前のテーブルには昼休みの出来事の報告書が置いてあった。水華は侵入者に関する報告書を最初に見たが、昼休み中に水華が晶に報告した以上のことは書かれていなかった。目新しい内容といえば、魔獣、通称『グリモテューム』の処理報告だけだ。もう一枚手に取ると、それは今回の被害にあった女子生徒に関するものだった。一番上には水華が守ったあの女子生徒に関する報告がまとめられていた。それをなんの気なしに視線を流す。水華はあの女子生徒のことより侵入者のことを知りたかったが、それについては彼女の報告書の中には書かれていないようだ。特に興味を惹かれる内容はないと報告書をテーブルに戻そうとしたとき、あるものが目に止まった。『厚海小桜』と書かれた名前の横にあるグランツという欄だ。

『グランツ』というのは人が例の桜の樹、通称『煌桜樹』によって得られた能力のこと。そして能力を持っている人を『グランツァー』と呼ぶ。

水華はそのグランツの欄を見て一瞬眉をひそませる。

「厚海小桜……」

「何か言ったか?」

水華が書類から目を上げると、さっきまで廊下に出ていた晶が部屋に戻ってきていた。

「いえ……。みんなは?」

そう言って水華は表情を悟られないように報告書をテーブルに戻す。

「今やっと解散したよ。もうすぐ来るだろう」

そう言って晶は自分の椅子に座った。そうこうしているうちに主任室の外が騒がしくなってくる。と言っても朝緋だけの声だが。

「響、見てなかったのか?俺の活躍を」

「あの、その時はもう一匹のグリモテュームをライフルで狙っていたので……」

「なんだよ。鈴音は見てたよな!凄かっただろ?」

「ええ。先輩は凄かったですよ」

「そうだろうそうだろう」

鈴音が平坦な口調で答えたが、朝緋それだけで上機嫌だ。鈴音は朝緋の扱い方を理解していた。

そしてその朝緋が、上機嫌の勢いそのままに生徒会主任室に入ってきた。

「朝緋。主任室に入る時はノックをしろといつも言っているだろ」

「別にいいじゃん。ここに来るのなんて俺らぐらいしかいないんだし」

「ダメだ。お前は生徒会長だろ?ならしっかりしろ」

晶は朝緋の性格をよく分かっている。お調子者で周りが見えていない朝緋には、これぐらい厳しく言った方がいいのだ。

「すみません、九重先生。今度は気をつけますので」

でも朝緋の代わりに鈴音が謝ってしまうのが、朝緋が変わらない原因だと水華は思っている。

「響。静流は?」

「あの、ちゃんと連絡はしたんですけど……」

「おいおい、静流はお前の担当だろ?」

「まぁいいさ、朝緋。今回の件に静流は絡んでいなかったからな。あとで伝えることにする」

そう言って晶は椅子の背もたれから体を起こす。皆もそれぞれソファに座った。

「そこのテーブルに置いてあるのが今日の事件の調書だ。今日の侵入者に関してだが、名前は覚えなくてもいいので省く。なぜならあいつは金で雇われたただのチンピラだったからだ。グランツ反応もほぼ皆無。この学園に侵入してきたのも、ある者から指示がありその通りに動いただけらしい」

「その『ある者』とは?」

鈴音が尋ねる。

「それがまだ分かっていない。そいつはメールだけのやり取りだったらしい。きっと相手のメールアカウントはもう削除されているだろう。侵入者も、受け取ったメールは全て削除していた。そういう指示だったらしい。グリモについても、一方的に特殊なケースで送られてきたらしい。グリモを敷地内に投げ込んで門を開けさせるのも指示通り。ただグランツを持たない人間がなぜグリモを操れたのか。それに意図的にグリモを作り出すのは重罪だ。そこまでしてやりたかったのは何なのか。それについては一切口を割らなかった……」

晶が悔しそうに天井を見上げた。しかし水華が知りたいことはそこじゃない。

「それで?」

水華がそう尋ねる。

「それで、とは?」

「黒幕探しです。他に手がかりは?」

「私たちは警察じゃない。学園の外のことまでは手出しできんさ。侵入者の身柄ももう引き渡してある」

「そんな!」

「水華。いつも言っているが、私たちの役目はあくまで自衛だ。それ以上のことをしたら、今度は我々が捕まってしまう。もちろん奴を差し向けた奴が何者かは気になるだろう。グランツァーでもない人間がなぜあそこまでできたのか。でもそれは私と警察に任せてみんなには学園のセキュリティの強化に意識を集中してもらいたい。深追いは禁物。集まってもらったのは、その意思統一をしておきたかったからだ」

「でも!」

水華が晶に食い下がる。

しかし水華を見つめる晶の目がそれを押しとどめた。

「水華がそこまで執着するのは正義感か?それとも私怨によるものか?」

「それは……」

「私怨とは少し物騒な言葉を使いすぎたな。でも個人的な気持ちで動けば、この生徒会どころか学園自体の存続も危ぶまれる。煌桜樹は我々の生活を明るく照らしてくれるが、トラブルも引き起こす。そのトラブルを解決することで煌桜学園は存続が認められている。それを一歩間違えれば、世間は我々もあの侵入者と同じ危険人物とみなすだろう。お前たちグランツァーは、とても細い線の上に立っているということを忘れるなよ」

晶が見回すと、自分の方を向いて話を聞いていたのは鈴音と響だけだった。水華は俯いているし、朝緋は報告書を適当に拾い上げて目を通している。でもきっと読んではいない。

「とにかく、この学園の安全のためならいくらグランツを使ってもらっても構わない。逆に頼りにしている。よろしく頼むぞ」

その言葉に響はうんうんと頷き、朝緋は「おぅ!」と大きな声で返事した。聞いていなかったのに、こんな時だけ元気に返事をする。そして鈴音はそんな朝緋の横で耳を塞いでいた。ここで朝緋が大きな声を出すだろうということは、鈴音にはもう分かりきっていたようだ。

「水華。返事は?」

「……はい」

晶に促された水華は、小さく返すだけだった。

「よし。緊急の会議はこれでおしまい。あとはセキュリティ強化の方法を考えて報告してくれ。おっと、タリスマンを忘れるところだった」

そう言って晶は小さいブレスレットをみんなに渡した。これはグランツァーは必ず付ける事になっている。

これはグランツを抑える道具。グランツァーが無闇矢鱈にグランツを使わないようにするためだ。それと同時に、未熟なグランツァーのグランツ暴走を食い止める働きもしている。煌桜学園ではそれに手を加え、特定のパスワードがなければこれを外せないようになっている。グランツァーやグランツァーを積極的に集めている煌桜学園をよく思わない連中もいる。その連中を説得し、ある程度の安心を与えるためにこのような処置を講じているのだ。

この細いリング形のタリスマンをつけて皆が主任室を出て行こうとしたところ、水華だけが晶に呼び止められた。

「皆は先に生徒会室で会議を初めててくれ」

晶が水華と個人的な話をすることは珍しくない。皆はすぐに了解して部屋を出て行った。響は歩きながら電話を掛けていた。きっと静流を呼び出していたのだろう。


皆が生徒会室に移動したのを確認してから一息ついて晶が口を開いた。

「妹のことがまだお前を苦しめてるのか?」

水華は答えずに、ただ膝の上で拳を握った。

「当然だろうな。別にそれでお前を責めるつもりはない。私も同じ思いを持っているからな」

さっきのことで晶から注意を受けると思った水華は、ここで初めて顔を上げて晶を見た。ようやくという感じで晶が水華を見る。

そして普段から思考が読みにくい晶が、予想外の一言を言った。


「お前、厚海小桜とバディになれ」

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