第94話 何も変わらない新学期、何かが変わった新学期

 長かったようで短かった夏休みが終わる。

 高校一年の夏休みって、一生で一回しかない。

 それが終わってしまったんだなと思うと、もったいない気もする。


 だけど……めちゃくちゃに中身の濃い夏休みだったなあ。


 通学路には、だるそうに登校する男子生徒や、一学期とは違うグループで賑やかに歩く女子グループがある。


 その中に麦野がいて、彼女は気さくに手を振ってきた。


「おはよう。あれ、麦野さん日焼けした?」


「そうなの。春菜、日焼け止め塗ってたはずなんだけど……今年の紫外線強い……。将来シミになりたくないー」


 麦野の言葉に、女子たちがワッと笑った。


「だよねえ」


「でもでも、日焼けした肌にコーデ合わせて楽しめるの、今だけだと思うしー」


「難しいよねえ」


 すぐに、女子達の話題に戻ってしまった。

 彼女達の間では、俺は麦野の同輩であり、舞香の親衛隊……ってことで親しく会話をしても疑われないのだ。


 ここは一学期と変わらないな。


 おしゃべりに夢中で、歩く速度が遅くなっている彼女達を抜くと、俺はどんどん通学路を進んでいった。

 校舎に向かって一本道の、ちょっと急な坂道だ。

 最寄り駅からはバスが出ていて、多くの生徒はそれを利用したりもしている。


「おーい、稲垣ー」


 佃と掛布と布田がやって来た。

 三人一緒とは珍しい。


「待ち合わせたんだよな」


「な」


 駅を使ってる組の三人だから、そういうのも可能なんだな。

 俺、バスを使うにも微妙な距離の地元組だからなあ。


「そう言えば、合コンしたんだって?」


「おうよ!!」


 佃がハイテンションで答える。

 掛布はどんよりとした。


「俺には向かなかったよ……。キラキラ過ぎる……」


「あー、掛布は真面目だもんなあ」


 みんなで掛布の肩をポンポン叩いて慰める。


 ついにたった一人のシングルになってしまった掛布である。

 下手に掛ける言葉が見つからないぞ……!


 そう。

 佃だが、まあなんというか、予定調和というか。

 粟森心愛が開催した合コンで、なんと粟森に公衆の面前でアタックして、「んじゃあお試しで」ってことでお付き合い許可をもらったんだそうだ。


 すげえガッツだ……!


「掛布、恥を捨てるんだ!! ガツガツ行こうぜ……!」


「くっ、お、俺、まだ恥を捨てられねえ……」


「ちょっとずつ捨てていこうぜ! お前もリア充になれよ……!!」


 粟森心愛、割といろんな男と付き合ってることで有名な人なんだが、ここから先の選択は佃のものなんで、俺が余計なことは言わないでおこう。

 もしかしたら、上手く行くかも知れないしな。


 ちなみに、布田と水戸ちゃんは相変わらず超絶仲がいい。

 鋼の絆は、夏休みを経て強化されたらしい。


 どれくらいかと言うと、布田が水戸ちゃんの家に遊びに行って両親に挨拶するくらいである。

 進行速度が早すぎないかな?

 まさか豆腐屋の後を継ぐのだろうか、この男。


 ありうる。


 てな訳で、掛布と布田はそこまで変わってない。

 佃本人は変わってないが、彼の環境は変わった。


 夏休みは人を変えたり変えなかったりするのだ。


 そして……多分、一番状況が変化したのは俺じゃないかなと、そう思う。


 見知ったリムジンが走っていく。

 それが門の前で停まると、何かを察した悪友たちは「じゃ、俺ら先に行くから」と走り始めた。


 リムジンから降りてくるのは、もうすぐ見納めな夏服も眩しい、黒髪の乙女。

 切れ長な目が俺を見つめて、


「おはよう、穂積くん」


 俺の名を呼んだ。


「おはよう、舞香さん」


 校門でのやり取りはそれだけだ。

 ちょっとだけ距離を置いて、二人で昇降口に入る。


 いきなり俺達の関係をオープンにするのはどうかなって、そういう話をしたのだ。

 

 いつもの教室。

 今日は始業式しかないから、みんな久々の登校でもちょっと浮かれた感じ。


 俺が入ってきてもほとんど注目はされないが、後から舞香がやって来ると、クラス中の目が集中した。


「あれ? 米倉さん、雰囲気変わった?」


「ううん、全然」


 舞香は微笑む。


「ええ、変わったよ! なんだか凄く、柔らかい感じになった」


 そうなんだろうか?

 夏休みの間、近くで彼女を見てきた俺には分からない。

 というか、いつもの舞香を知っているから、変わったとは思わないんだ。


 あっという間に、舞香は女子達に囲まれてしまった。


 やっぱり彼女は人気なのだ。

 今までは家柄や外見から来るものだったけれど、もしかしたら、これからは彼女の人柄に惹かれて人が集まってくるかも知れない。


 ぼーっと、舞香が見えない人垣を見つめていると、一瞬だけそこが空いた。

 麦野が女子の一人をお尻で追いやって、俺にウィンクしてくる。


 隙間から、舞香が見える。

 彼女の口が、ちょっとだけむにゅむにゅした。


 オーケー。


 凄く久しぶりのお誘いだ。

 そんな事しなくたって、いつだって俺達は楽しい話ができるんだけど。




 偶然なのか、必然なのか、屋上は開いていて。


 始業式の後のバタバタとした空気の中、俺はそっと階段を上がっていった。

 半開きの扉の向こうは、燦々と日が照る青空。


 扉を開いたら、片手を空に掲げた彼女の姿があった。


 クラス一の美少女、米倉舞香が、屋上で変身ポーズをしていた。


 そして彼女は照れるでもなく、俺に微笑みかける。


「あなたの十分間を、私にください!」


 最初の頃のようなやり取りは、だけど前とは大きく違っている。

 さあ、ここから新しく始めていこう!


 俺は彼女の元へ、一歩踏み出した。




 おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラス一の美少女が、屋上で変身ポーズしてた。 特撮オタクな彼女と俺の、秘密な関係 あけちともあき @nyankoteacher7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ