碌でも無い計画談話
九十九
碌でも無い計画談話
「なんかさ。最近、人間にちょっかい掛けてないよね?」
静かな白い部屋の中、唐突に神は言った。
そこだけ異物感が拭えない炬燵の中でミカンを一房齧りながら言うものだから、隣に座っていた人の子は丸ごと齧りついていたミカンを中途半端な形で留める羽目になった。
「なんかさ、こう、なんかしたいんだよね」
「はぁ……」
「お祭りが良いかな。こう『最高の祭り』って事したい」
神の言葉に人の子は顔を歪めた。言葉にするならば「何言ってんだお前」である。
「うんうん。『お祭り』良いと思うんだよね」
幾つもの触手状の刃で人の子の身体を切り刻みながら、神は頷く。成すがままの人の子は「ああ」だか「わあ」だか感情の伴っていない反応を返す。
「それで、具体的にはどうするんです?」
唯一胴体に残った右腕で自分の破片を掻き集め、パズルを組み立てるように人の身体の形に戻しながら、人の子は尋ねた。
「うん、どうしようか」
「あ、細かい所決めてないんすね」
「さっき思い付いたから」
「ああ」
やっと繋がった首を傾げて人の子は考える。
「最高のお祭りって『最高』の所が抽象的なんで、どうしたら良いか困りますね」
「最高の血飛沫、最高の狂騒、最高の狂気。これを以ってして人間にとっての最高の祭りになると思うんだよね」
人間には安直なのが一番分かり易いから、と付け加えて、神はミカンを齧る。
「寂れて排他的な村に狂人を一人作ろうか。一番人が良くて、殺人事件があっても誰も疑わない様なタイプの人間。意味深なメモだとか残して人間同士で勝手に争わせる奴」
「分かり易くて良いと思いますけど、そう言うのって大体途中で誰かが村に火をくべて強制終了になりません?」
人の子が足をくっ付けながらそう言うと、神は確かにと頷き、「あ――」と間延びした声を上げながら炬燵の中の足を伸ばした。
「お祭りにしたいのなら切っ掛けもお祭りにしてみては?」
「導入しやすいよね、お祭り。小さな村でも外からの人間を取り込みやすいし。そうしたら結構多種多様の性格が集まるか」
「思わぬ飛び入り参加とかもありますしね。結構祭りの時の人間って興奮してるんで、一転して血飛沫でも上がった日にはそれなりの狂乱になるのでは?」
「そうするとやっぱり日本のどっかの土着信仰辺りが分かり易くて良いかな。出来るだけ都会とは離れている寂れて排他的な場所が良いな」
神が呟くと、真っ白な部屋の中に幾つかの赤点が記された日本地図が現れる。
「今回は隔離するんです?」
日本地図を眺めながら人の子が呟く。人の子は大分戻った身体でいそいそと炬燵の中に入り込み齧り途中のミカンを頬張る。
「直ぐ近くに解決策やら助けやらが無い方が人間、勝手に踊るからね」
「それは確かに。火事強制終了対策はどうします?」
「外の人間やら信仰に反抗的な人間だったらやるだろうけど、やろうとしたら信心深い人が止めるでしょ。それまではちゃんと彼等の神様だった訳だし」
炬燵の上に置かれた模型の社が真ん中でぱかりと割れて、中から優し気な顔の仏像が姿を現す。
神が仏像を触手でなぞると、仏像はなぞった場所から豆腐に包丁を通す様に切れてやがて中身が神と人の子を見た。
「えっ、なにこれ。細工が細かっ」
「さっき仕込んだ」
「実際の奴にも仕込むんです?」
「象徴とかあるんだったら入れときたいよね、こういうの。順序も経ずに下手に壊そうとしたら余計悪化させるトラップカード」
楽し気に細工内容を話す神に人の子は小さく「うわ、悪趣味……」と呟く。折角戻り掛けていた身体が再びばらけたので、人の子は素直に謝った。
「それで場所とか結局どうするんです?」
やっと身体の修復を終えた人の子が尋ねると、神はミカンで作ったエッフェル塔を崩しながら答えた。
「ダーツで決めようか」
神が握っていた掌を開くと中にはダーツが一本入っていた。壁に貼り付けられた日本地図に無駄のない動きで投げると、軽い音を立てながらダーツが突き刺さった。
「お、良い感じの山の中ですね。それにここ、村から少し離れた所にある洞窟で昔、生贄とかやってたっぽいっすね」
人の子が村を覗きながらそう言うと、神は満足げに頷く。
「おあつらえ向きで良いね。洞窟にはそう言うものに飛びつく様な人間を向かわせようか」
「デコイ用です?」
「そう。倫理観が無いか正義感が強すぎる方が良いな。その方が場を混乱させてくれる」
「じゃあ、それらしい人間の下ごしらえをしときましょうか」
「こっちは村の細工を始めるか。祭りの一番盛り上がる所に何を入れようか」
「何かしらのトリガーを仕掛けます? 疑われない人の中に仕組んどいて、一定の祭囃子の音を聞いた瞬間に、こう」
こう、と人の子は両手の人差し指を首の位置で交差させたり、何か棒状の物を持つように形作った手をゆっくりと上下させたりしてトリガーが発動した後の行動を示す。
「唯一の村医者がいるからそれで。子供の方にも仕組んどこうか」
「何時の祭りで決行します?」
「あ――、キリが良いところある? こう、特に大きい祭りにする年」
「一番近くて四年後ですね。その先は六十年後です。今ピックアップしている人間の内何人かは六十年後だと年を取り過ぎますね」
神の問いに祭りの暦を調べながら人の子は答える。
「四年後で。今すぐにでもちょっかい掛けたいし」
「了解です。まあ、あんまり長い準備期間設けると、途中で気移りしますしね」
「じゃあ四年後に『最高のお祭り』をしようか」
「『最高のお祭り』になるように頑張ります」
計画の期日を決めた神と人の子は互いを見て頷くと、新しいミカンを齧りながら準備へと取り掛かった。
碌でも無い邪神の思い付きで、それから四年後、山奥の小さな村が一つ滅びた。
碌でも無い計画談話 九十九 @chimaira
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