ソウタとハルトの家冒険

静嶺 伊寿実

やさしい暗号

『ゲームき は あずかった。このあんごうを といて ゲームの ありかを さがし出せ』

 小学三年生の奏太そうたが弟の悠斗はるとと公園から帰宅すると、子供部屋の壁に見覚えなのない紙が貼ってあった。


 公園は他に遊んでいる人もおらず、奏太そうた悠斗はるとと鉄棒やブランコの独占を楽しんだが、なんだか寂しいようなつまらないような気持ちになってしまい、いつもより早く帰った。学校はウィルスかなにかの都合で長く休みになるらしい。休みなら友達と目一杯楽しく遊べるはずだったのに、今回ばかりはあまり外に行けず、習い事も休みになってしまったので、奏太そうた悠斗はるとは家でゲームをするしかなかった。


 それなのに、そのゲーム機が無くなった。奏太そうたは紙を剥がしてリビングのゲーム機置き場へ駆け込んだが、ピンクと緑のコントローラーを残したまま本体が消え失せている。奏太そうたは体中の血が下がっていく感覚に襲われた。奏太そうた悠斗はるとと母に訴えたが、母は「手洗い! うがい!」としか言わず、奏太そうたが持っていた紙には目もくれなかった。台所の良い匂いも奏太そうたには届いていない。


 手洗いうがいを済ませた奏太そうたは、不思議な紙の文末に『+お い &え *お う え』と書いてあることに気が付いた。なんだろう。小学一年生の悠斗はるとも覗き込んで音読する。

「おいえおうえ? お兄ちゃんこれなあに?」

「僕だってわかんないよー。お父さん、これなんて読むの」

 奏太そうたは、台所で忙しそうにしている母ではなく、テレビの前でくつろいでいる父に聞くことにした。きっと隠したのはゲームが嫌いなお母さんのせいだ、お父さんなら教えてくれると奏太そうたは考えた。

「どうした?」

「ゲーム機がここにあるらしいんだけど、これ意味わかんないよ」

「それは大変だね。んー、お父さんもはっきりとは言えないけど、奏太そうたが最近習った文字に似てるんじゃない?」

「文字?」

「例えば、ここはそのまま『うえ』って読めるよね。もしかしたらあ行は一つで読めるけど、『+お』とか『&え』は他の行だから二個で一つの文字になるんじゃないかな。子供部屋にヒントがあるかもよ。行っておいで」

 奏太そうたは部屋へ走った。後ろからぴょこぴょこと悠斗はるともついて来る。廊下で母とすれ違ったが、奏太そうたはそれどころではなかった。


 子供部屋は二つの机と二段ベッドが並んでおり、ボールやら服やら教科書があちこちにしまわれている。片付けに厳しい母のおかげで、床やベッドに物は置かれていない。本来なら奏太そうたは家中をくまなく探してゲーム機を見つけたいのだが、勝手に探って散らかすと母が鬼の形相で飛んできてしまう。

暗号があるということは、暗号の通りにすれば怒られずに見つけられるかもしれない。この間見たアニメでも、主人公は暗号を解いてお宝へたどり着いていたから、奏太そうたは自分も同じことができるかもしれない、とわくわくし始めていた。


 机の割り算ドリルは文字とは違う、世界地図に『あいえおうえ』なんて国は無い、うーんと悩んでいると、悠斗はるとが「ぼく読めるよ」と大きな声で言い始めた。

「たちつてと。はひふへほ。まみむめも」

悠斗はると、なにを見てるの?」

「これ! 習ったやつ全部載ってる」

 悠斗はるとが指差した先には、奏太そうたが学校からもらって来たローマ字一覧表が掲示されている。そしてローマ字表の横に、別の表が貼ってあることに気が付いた。さっきはゲーム機が無くなったことにショックが大きすぎて目に入らなかったみたいだ。

『あ % $ + * # @ ¥ = ん』


 五十音順表と同じ配置で書かれた暗号文字を見て、これならわかるかも、と奏太そうたの目がきらきらと輝いた。奏太そうたは二つの一覧表を見ながら、自分なりに一覧表を作ることにする。書き慣れない記号が沢山あって時間はかかったが、解読表を作ることに成功した。

『 あ  い  う  え  お

 %あ %い %う %え %お

 $あ $い $う $え $お

 +あ +い +う +え +お

 *あ *い *う *え *お

 #あ #い #う #え #お

 @あ @い @う @え @お

 ¥あ    ¥う    ¥お

 &あ &い &う &え &お

 =あ          =お

ん            』


 そして作った表を見ながら、『+お い &え *お う え』の余白にひらがなを書き入れていく。

「と、い、れ、の、う、え。答えはトイレの上だ!」

「レッツゴー!」と悠斗はるとと叫びながら、トイレに二人で入った。トイレの上には棚があるが、普段は触らせてもらえないし、便器の上に立つのも禁止されている。どうしようかと思って天井を見上げると、あの不思議な文字が書かれた紙が貼ってあった。


 父に言って天井の紙を取ってもらうと、『@い %あ ん *お $い +あ』と書いてあった。奏太そうたは廊下の床に座り込み、作った解読表を見ながら鉛筆片手に解読する。悠斗はるとはいつもと違う雰囲気を楽しんでいるのか、奏太そうたの周りをちょろちょろしながら「がんばれー」と応援してくれる。

 奏太そうたは「みかんの下」と解読し、リビングに常備してあるみかんの山を除けると、紙と一緒に鍵が出てきた。『$お +お *お $お う %お』。奏太そうたは即座に「外の倉庫」と読み解き、鍵を握って玄関横にある倉庫へ走った。


 大人達がトランクルームと呼ぶこの倉庫は、普段奏太そうた悠斗はるとが触ってはいけない場所だった。触ろうとするといつも、危ないとかダメとか遊ぶところじゃないと怒られていたが、今日は自分で鍵を開いて良いらしい。奏太そうたはどきどきしながら、母が毎回やっているように鍵を回した。

 土とほこりの混じった匂いを全身で浴びながら、うす暗い倉庫を見上げた。中には冬用タイヤや使わなくなったベビーカー、キャンプ用品や水の入ったペットボトルなど、奏太そうた達がたまにしか見ない物達が静かに鎮座している。奏太そうたは久しぶりに会った友達を見つめるかのような気持ちになっていたが、扉の裏に貼ってある紙を読むとセンチメンタルな気持ちなんてどこかへ吹っ飛んでいた。

 『お +お う $あ ん *お お $い &い。さあ、ゴールはもうすぐだ。さがし出せ』の文章に、奏太そうたのテンションは最高潮に上がった。

悠斗はると、もうすぐゴールだよ! お父さんのところへ行こう!」


 『お父さんのおしり』と指し示す通りなら、父がなにか知っているはずだ。奏太そうたは家の中へ戻って、悠斗はるととリビングになだれ込んだ。しかし、くつろいでいるはずの父の姿は無かった。奏太そうたは母に尋ねる。

「お母さん、お父さんは?」

「あれ。さっきまでそこに居たのに。もしかしたら隠れてるんじゃない? 手を洗ったら探してみなさい」

 奏太そうた悠斗はるとは我先に手を洗って、家の捜索に着手した。


 身体の大きい父が隠れられる場所は限られている。奏太そうたは必死に考えた。悠斗はるとは「お父さんどこー」と笑いながらやみくもに家具を覗いている。違う、リビングには居ない。台所にも居ない。ということは、お風呂場、トイレ、子供部屋、そして両親の部屋のどれかだ。

悠斗はると、お風呂場を見てきてくれ。僕はトイレを見てくる」

「わかった」

 悠斗はるとはぺたぺたと走って確認しに行く。その間に奏太そうたはトイレを見、居ないことを確認すると子供部屋を覗いた。ドアの裏にも居ないのを見たところで、悠斗はるとが「いないよ」と駆け寄ってきた。ならば残る場所は一つ。

悠斗はると行くぞ」

 二人で両親の部屋のドアを開いた。


 両親の部屋はめったに入らない場所だった。大きな家具と難しい本がぎっしりと並んだ本棚があるこの部屋は、いつも薄暗くて寒く、なんとなく入るのに勇気がいると奏太そうたは感じていた。けれど父が居そうな箇所はもうここしかない。おそるおそる部屋に入ると、部屋の隅で父が丸くなって隠れていた。

「お父さんいた!」

 悠斗はるとが父の背中へ抱きつく。奏太そうたは暗号を思い出して、父へ伝えた。

「お父さん、おしり見せて」

「おしり? そういえばなにか入っていたな。はい」

 小さな鍵を渡された。

「これ、なんの鍵?」

「これはね、お父さんの秘密の引き出しの鍵だよ」

 父は自分の机につけられた引き出しに、鍵を差し込んだ。この引き出しが開くところを奏太そうたは初めて見た。中にはファイリングされた紙やハンコが整理されていたが、奏太そうたの目に飛び込んできたのは『おめでとう!』と可愛く書かれたカードと、ゲーム機の本体だった。

 あった! 奏太そうたは嬉しくなって、父に抱きついた。


 ゲーム機を手にリビングへ戻ると、テーブルにはケーキが置いてあった。

「おめでとう。ちゃんと暗号が解けたから、ごほうびあげる」

 母が優しく笑っている。シンプルなイチゴケーキは母が特別な時に焼いてくれるものだ。 

 奏太そうた悠斗はるとは喜びをどう表したらいいのかわからず、父母にくっついたり飛び跳ねたり大声でやったーと叫びながら、ケーキを口いっぱいに頬張った。。ケーキは甘くふわふわで、口に入れるたびにどんどん幸せになっていく気がした。奏太そうた達はあっという間に平らげ、そして父と三人でゲームを楽しんだのだった。


 奏太そうた悠斗はるとにとって、なんでもないこの日が最高のお祭りとなった。


「やっぱりローマ字は難しかったかな」

 奏太そうたの父、和也かずや奏太そうた悠斗はるとが寝付いたのを見届けた後、妻のめぐみに呟いた。暗号は休校になった子供達のために、和也かずやが寝る時間を削って考えたものだ。家の中でもなんとか楽しんでもらいたいと、普段はミステリーを読まない和也かずやが頭をひねって考え、めぐみがあちこちに仕込んだ。

「そんなことないんじゃない。奏太そうたはわりと早く解いていたでしょ。それよりも隠れたのはやりすぎだったかもね」

「だってあんなに早く次々と解くとは思っていなくて、悔しくなっちゃった」

 一番どきどきしていたのは和也かずやだったのかも、とめぐみはくすくすと笑った。

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ソウタとハルトの家冒険 静嶺 伊寿実 @shizumine_izumi

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