わたあめを、ひとくち。

明音

わたあめを、ひとくち。

「もう、半年も経ったんだね」


二人並んで撮った写真を眺め、小さく呟いた。

吐き出した息よりも熱い空気に、肌が焼けそう。

去年も、こんな夏だった。






「浴衣、よく似合っているよ」

「ほんとう?ありがとう」

「足痛くない?辛かったら言ってね」

「うん、ありがとう」



うんと久しぶりに、夏祭りへ来た。

君はロマンチストで、花火が好きだった。

私は、そんな君も好きだった。



「花火、そろそろ始まるんじゃない?」

「そうだね、行こ」



ぎゅっと握られた左手。

もう絶対、離さないって決めたのに。



半年後、君は花火のように、亡くなった。


あれはよく言う"不慮の事故"ってことで処理されたらしい。

でも、明らかに過失致死。スマホを見ながら運転していたトラックにのだ。

でも相手の所属している会社が大物代議士の親戚が社長をやっているところで、警察がまともに動かなかった。

そのまま事故ということで処理、相手は書類送検で不起訴。


思いのやり場の無いまま、半年が過ぎた。

ご両親は、ひどく落ち込む私を慰めてくれた。私よりも悲しんでいるはずなのに。

そして、こうも言った。


「もう、あの子のことは忘れて、幸せになってね」

「あの子の分までなんて、無理しなくていいのよ」


忘れろだなんて…。

あんなに大好きな人、二度と現れない。それくらい、愛していたのに。





だからこうして今年も、夏祭りへやって来た。

二人で選んだ浴衣。お揃いの鼻緒にした下駄。サプライズでくれたかんざし

ここのところ、ろくに化粧もしてなかった。そのままでいいとよく言ってくれたものだけど、いつの間に私は…。今日は思い切り、おめかししてきた。いちばん綺麗な自分でいられるように。



「お姉ちゃん、ちょっと」

「え?」


若い男の人の集団に声を掛けられた。


「な、なんですか」

「お姉ちゃん綺麗だね、一緒に遊ぼうや」

「嫌ですっ、、ちょっ!」


やっぱり、ひとりで来るようなところじゃない。

でも、半ば抵抗する気力も無かった。このまま何をされても、私はもう誰とも交わるつもりは無いのだから。



「何してんだ!」

「わっ、やべえ!」

「え…?」


「大丈夫ですか?」

「あ、はい…」



手を差し伸べてくれた青年の顔を見て、ぎょっとした。

あの人に、私のに、そっくりなのだ。



「…?どうかなさいましたか?」

「えっ、ああいえ」



彼女は、かなりボーイッシュな人だった。

ベリーショートに黒縁眼鏡。化粧っ気が無くって、何も言わなければ見た目は端正な青年そのものだ。

助けてくれた彼もまた、端正な顔つきをしていた。というより最早、彼女そのままだった。眼鏡はしていなかったけど、色白でっと通った鼻筋がよく似ている。髪型までそっくりだ。


上手く声が出せないまま、立ち上がっても顔をじとっと見つめていた。



「あの…」

「へっ」

「大丈夫ですか、怖かったですよね」

「いや、そうじゃなくて…」

「とりあえず、歩きませんか」

「え、あ」



あの時のように彼は、左手を握って歩き出した。


なんでだろう。さっきとは違う、そのまま身を任せてしまおうという安堵感に包まれていた。



「何か食べますか?」

「あ、はいっ」

「じゃあ……あっ、大将!」

「よお!お!可愛い子引っ掛けたな〜」

「あっ、違うよこれはっ」


そう言いつつ、私の左手を離そうとはしない。むしろ、さらにきゅっと強く、握られている。


「はい、りんご飴」

「あ、ありがとう」

「あそこの大将、俺が働いてる飴細工のオーナーで」

「飴細工!すごいですね」

「いやいや、俺は出来ないんです」

「じゃあ、何を?」

「大将はパソコンとか全然出来なくって、経理とかの方を手伝ってるんです」

「お得意なんですね」

「一応そういう学科、出たので」


何やら照れくさそうにりんご飴を舐める。

職種まで似てるなんて、偶然だろうか。

それにしても、どうして彼は…。


「あの」

「はい」

「どうして、私と?」

「えっ、ああえっと」


何か言いたそうにしながら、近くのベンチへ手を引いた。

すとんと座ると、飴をひと舐めしてから彼は言った。



「なんとなく、です」

「なんとなく?」

「なんとなく、あなたと居たい」



繋いでいた手はいつの間にか、指を絡ませていて。

打ち上がった花火が、半透明のりんご飴に反射する。



「俺、わたあめ買ってきますね!」

「ええっ」



突然立ち上がったと思ったら、あっという間に人混みの中へ消えていった。

突拍子の無い動きをするところも、似ている。

私の最初で最後の彼女が、男に成り変わって現れたとでもいうんだろうか。

握った手の感触も、背筋がぞくっとするほど残っている。それは懐かしく、温かかった。



「お待たせしました」


「あっ」



いつの間にか戻ってきていて、わたあめを差し出す。



「ありがとう」

「いーえ」



まだほんのり温かい。急いで持ってきてくれたみたいだ。



「美味しい?」

「うん、美味しい」

「よかった」



二人でひとつのわたあめを、ひとくちずつ食べていく。



「なんで、ひとりで夏祭りに来たの?」

「それは…」


彼は変わらず、わたあめとりんご飴を行き来している。

今日見知った、初めて会う人だから、いいかな。


「恋人がね、半年前に亡くなったの」

「また夏祭り来ようねって言ってたら、死んじゃったの」

「この浴衣も、下駄も、かんざしも、その人が選んでくれて」

「だから、ひとりになっちゃったけど、また来ようと思って」

「私は生涯、あの人を忘れない、愛する、って決めたの」


「じゃあ」



真っ直ぐな瞳で、捕まえられる。

この人は、この人は───



「俺が好きだって言ったら、だめ?」

「何言って…」


「はい、わたあめ」

「えっ」

「口開けて」



勝手に口が小さく開く。



「来年も来よう?みどり



ふわっと、優しい口付け。

それはまるで、わたあめを食べたような。

そう、わたあめを、ひとくち。

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