四年に一度の祭典2

小石原淳

第1話 最高のお祭り

 人肉ひとにくの日が始まって一時間半に届こうかという頃合い。二回戦に突入です。

 知らない人、遅れてきた人のために解説しておくと、人肉の日とは、とある地方の集落で昔から連綿と続く、四年に一度の祭典です。ひと月後の式典で食べられる人間を決めるために、十九~二十二歳までの村の若者全員で競います。今回は六名参加で、勝負事は五回。一度でも勝てば勝負から抜けられます。

 一回戦のバトルロイヤルでうまい具合に一人が勝ち抜け、もう一人は逆シードとも言うべき最終戦送りになりました。二人抜けて、四人が残ったので、二回戦は予定通り、トーナメントになります。

 二回戦に進んだというか残されたのはアナとエドモントン、クランマにキュール。

 対戦する組み合わせですが、通常ならくじ引きで決定するところを、今回、村長が面白がって恣意的に決めてしまいました。

 恋人同士であるクランマとキュールが当たるように仕向けたのです。もちろん、単なる村長の悪趣味だけではありません。もしもこれ以外の組み合わせにして、二回戦をクランマとキュールの双方が敗れた場合、三回戦は恋人同士の戦いとなります。三回戦と言えば、人肉の日の敗者決定一歩手前です。必死にならざるを得ない状況と言えます。そんな場で、恋人同士がお互いを思って譲り合ったり、一方がわざと負けたりなんてことがあると、興ざめも甚だしい。そんな不安を抱えてくじ引きをさせるくらいなら、二回戦の時点でクランマとキュールを当ててしまえという訳です。

 そのような経緯で、二回戦の第二試合がクランマ対キュールになりました。第一試合にしなかったのは、村長がお楽しみをあとにとっておくタイプだから? いいえ、違います。恋人同士である二人に、第一試合を見せるためです。

 きっと必死に戦うであろうアナとエドモントン両名の姿を目の当たりにすれば、仲のよい男女だって、これまでの関係を投げ捨てて、必死になるかもしれません。お互いをよく知っている分、より陰湿な戦いになるやもしれない。とにかく、対戦者に本気になってもらいたいという、ある種の親心から来たものでした。

 さて、今回の主役となるアナとエドモントンですが、年齢は二歳差でアナが上です。体格はエドモントンの方が大きく力もありますが、器用さではアナに軍配が上がるでしょう。ただし、視力はアナが眼鏡を掛けてもあまりよくない。この辺りが、勝負の分かれ目となりそうです。

 さあ、舞台となるグラウンドの中央に進み出た二人に、勝負事の内容が示されます。

「今回の勝負事は、魚釣りゲームだ。すでに地面を見れば分かると思うが、二人の間にはラインが二本引いてある。ともに、ラインを踏み越えてはならない。そのラインより手前に立って、地面に横たえられているおもちゃの魚を釣り上げる」

 おもちゃの魚とは名ばかりで、立体的ではなく、木や厚紙を魚の形に切り抜き、口に当たる部分に金属の輪っかを取り付けた代物です。

「釣るための道具は、足下にある五本の釣り竿を使う。釣り竿と言っても、長さ五十センチの棒に糸、糸の先にJ字型の針を取り付けただけの物。見ての通り、リールも何もない。糸の長さは竿ごとに違うので、必要に応じて適宜使い分けるように。

 釣った魚は引き揚げずにそのままにしておき、五分の制限時間終了後に一つずつ釣れているかどうかを確認していく。

 魚には裏表があり、裏面には赤か青のいずれかの色が塗ってある。割合は五十パーセントずつだ。先に述べた確認に際しては、この色が重要になる。何故なら、勝敗は釣れた魚の総数ではなく、より希少な魚を多く釣った者が勝ちとなる。

 双方が釣った魚を合計し、赤と青の数を比べて、より少ない色の魚を多く釣り上げていた者が勝ちだ」

 分かりにくい説明に、見ている者がざわつきます。その空気を察して、アナウンスが補足をしました。

「たとえば、AとBの対戦で両者とも五本の竿全てに魚を引っ掛けることができたとして、魚の総数は十匹。内訳はAが赤四匹、青一匹。Bが赤二匹、青三匹だったとする。全体を色で見れば、赤が六、青が四。この場合、青い魚が希少価値があると見なされ、青をより多く釣ったBの勝ちになる。赤と青が同数だった場合は五分間の延長。決着するまでこれを繰り返す。ただし、勝負時間が総計で一時間を越える場合は、一匹早く釣った方の勝ちとなる。

 禁止事項としては、釣り針等で相手を傷つけると、ペナルティとして傷つけた側の希少魚を一匹マイナスする。故意でなくとも二度繰り返すと失格負けになるので、注意してもらいたい。

 魚に釣り針以外で影響を与える行為も禁じる。手で触れることはもちろん、竿の先で動かすこともアウトだ。

 説明はここまでだが、何か質問はあるかな?」

「あります」

 アナが挙手しました。指名を受けてから質問をします。

「勝敗の判定についてです。例えば全体で釣れた魚が青一匹だったとき、希少種は赤い魚になると思いますが、誰も赤い魚は釣れていません。その場合の勝敗は?」

「そのときは一匹でも釣っているのだから、青い魚を釣った方が勝ちだな」

「分かりました」

 アナの質問が終わると、今度はエドモントンが手を挙げました。

「自分も二つ、聞きたいことが。釣ろうとする動作の途中で、引っ掛けた魚が持ち上がり、色が見えてしまうこともあると思う。それは反則ですか?」

「いや、かまわない。ただし、ひっくり返してしまったときは、その魚は無効となる」

「どうも。二つ目は、同じ魚にそれぞれの釣り針が掛かった場合は?」

「あとから引っ掛けた方が無効となる」

「分かりました。ありがとうございます」

 両者からの質問が終わったところで、すぐさま釣り竿が用意されました。二人とも、糸の長さをチェックしています。

「用意はできたかな。それでは勝負開始だ」

 ホーンの合図とともに、制限時間五分の勝負がスタート。先にヒットさせたのは、アナでした。短めの糸の竿を使い、手近の魚を確実に捕らえるのに、ものの二十秒もかからず。その後もテンポよく、魚を引っ掛けていきます。

 逆にエドモントンは先制されて焦ったのか、なかなかうまく掛かりません。鼻先が自分の方を向いている魚かばかり狙っているようですが、引っ掛けては落としの繰り返しです。ようやく一匹目を釣ったのは、三分近くが経過しようとしていました。

「苦戦してるようね」

 アナが余裕の笑みを浮かべています。すでに四本の竿で魚を引っ掛け、そのまま地面に置いています。残る一本は糸が一番長くて五メートルくらいあり、これには手こずっているようですが。

「苦戦? 違いますよ」

 にやりと笑うエドモントン。話し掛けられるのを待っていたかのようでした。

「制限時間の半分を掛けて感覚を掴んでいた。それに、色のチェックもね!」

「え?」

 エドモントンはそう言い放つと、一番扱いやすい竿を使って、アナがすでに確保済みの魚をいちいち持ち上げては戻して行きます。

「エドモントン、あなた何を」

「考えれば分かるでしょう」

「――私が釣った分の色を見ているのね?」

「正解」

 アナはエドモントンの作戦を理解しました。希少種となるであろう色を確実に把握してから、釣る魚を決めるようです。しかもその魚の持ち上げ方が実に巧みで、アナから見えない角度に徹しています。

 これに対抗するには、アナとしては釣った魚は一度手放して、新たに釣ることですが、時間的に厳しい。さらに五本目の竿にはまだ引っ掛けられていません。

 エドモントンはアナの釣った四匹の色を見終えるや、ちょっとだけ考える仕種をしてから、自身の近くにある魚を釣っていきました。あっという間に五匹確保です。

「これでほぼ勝ちだと思いますが」

「うう……」

 残り時間は四十五秒になっていました。アナは運を天に任せて、最後の五匹目を釣ることに集中すべきでしょうか?

 実際にアナが採った選択は違いました。

 彼女はルールを思い返して、言及されていないあることに気が付きました。ひょっとしたら反則かもしれない。だけど明言されてはいないのだから、賭ける価値はある! そう信じて行動に出たのです。

「あ!」

 声を上げたのは、エドモントンだけでなく、観衆もでした。

 アナは五本目の竿をふるって、エドモントンが地面に置いた竿の糸に針を引っ掛けていき、根こそぎ引っ張ったのです。

「く、えいやっ!」

 さらに力を込めて持ち上げると、エドモントンの確保していた魚五匹の内、三匹が落下していきました。

 しかもエドモントンの竿は全てラインの内側に入ってしまっています。もはや、彼は竿を手にすることすらできません。

「残り時間十秒」

 タイムアップまでの秒数が淡々と告げられた中、エドモントンは呆然としつつも、どうにか声を絞り出しました。

「反則……じゃないの?」


 正式な裁定が出るまで、たいした時間は要しませんでした。

 針で相手を傷つける行為及び針以外で魚に直接影響を与える行為は禁じられているものの、針を使って相手の道具に影響を及ぼす行為に関しては何ら言及がなく、反則とは認められないとなりました。

 アナのこの再逆転勝利に、観衆の中からこんな声が上がっていたようです。

「文字通り、最高のお祭りになったな」

 発言した人物は釣りが趣味の老人で、周りの者から説明を求められると、面倒臭そうにこう付け加えたのでした。

「釣りでは、他人の糸と自分の糸が絡まっちまうことを“お祭り”って言うんだよ」


 終わり

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四年に一度の祭典2 小石原淳 @koIshiara-Jun

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