一言

七川夜秋

君への一言

高校二年生になった。

この学年は俺の中で高校生活を一番満喫できる学年だという認識になっている。

なぜなら一年生は高校に入学したばかりで友達も少ないだろうし、高校生活にも慣れていないだろう。

まあ、これは俺の経験談だが入学当時は高校生活についていくので精一杯だったものだ。

また高校三年生は高校生活は慣れているだろうが、受験という大きな壁が迫っていることを考えると悠長に青春を楽しむことはできなさそうだ。

となると俺は今年が理想の高校生活を過ごせる年ということになる。

理想の高校生活か。

想像してみる。

俺の理想は友人とカラオケに行ったり、カフェで下らない話をずっとしていたり、一日中ゲームしたりすることだな。

おっと、忘れてた。彼女も作りたい。

高校時代に彼女は一人でも作っておきたいし、夏祭りとか水族館に行ってデートもしたい。

そう思ってから約三か月が経った。

季節も春から夏へと変わっていた。最近は蒸し暑い日が続いている。

時間はあっという間に過ぎた。

クラス内での自己紹介も終わったし、体育祭もその打ち上げも中間考査も終わった。

今学期に残されている行事と言えば期末考査くらいのものだ。

「そういやお前、期末の勉強してるか?」

そう話しかけてきたのは一年の頃から仲良くしている健也けんやだった。

「いや、全然。」

忘れていた。来週だったっけ。

「そんなんで大丈夫か?赤点には気をつけろよ。今回赤点があった人は夏休み中に補習だとよ。」

「そうならないように気をつけるよ。」

補習を受けるのは嫌なので今日から勉強しようと頭の中でメモしておく。

家に帰った時にはそのメモをなくしてしまっている気もするが。

「そういえば次のホームルームで席替えするってよ。」

「そうか。」

さして席替えには興味がなかったのでそう返しておく。

強いて言うなら後ろの方の席がいいかな。

健也が言っていた通りホームルームは席替えだった。

俺の席は後ろから三番目の窓際だった。悪くはない。

隣を見ると知った顔だった。

「なんだ隣は麻梨香まりかか。」

「悪かったわねー、私で。」

彼女は朝井麻梨香。

小学校からの頃の幼馴染でクラスのムードメーカーだ。

昔はよく放課後に遊んでいたが俺と対照的な性格ということも影響し、中学校に上がってからはあまり話さなくなっていた。

小学校から高校まで同じ、ましてや高校で席も隣になるとは何かの縁だろうか。

でも、実際彼女と隣になれたことは嬉しかった。

今まで話したことが無い人が隣になるより気が楽だったし、何より俺は彼女のことが気になっていた。

いつから?と問われると具体的には答えられないが結構前からだった気がする。

 席が隣になったというのもあり、この数日で麻梨香とかなり話すことができた。

授業中にわからないところを聞いたり、宿題を見せてもらったりもした。

そのおかげもあってか期末考査では赤点を回避することができた。

「お前良かったなあ。赤点回避できて。」

帰り道に健也が言った。

「うん。麻梨香のおかげだな。」

「最近、お前ずっと朝井に教わってたもんなー。もしかして気になってんの?」

「別にそんなんじゃねーよ。」

そんなこと気恥ずかしくて言えねーよ。心の中でそう思った。

「あー、そーですか。」

「そーだよ。」

「そう言えば終業式の日の夜に祭りがあるらしいぜ。」

「へぇ。」

そんなやりとりをしているうちに駅についた。

健也は逆方向なのでここで別れる。

「じゃあな。」

「おう。」


翌日、少し嫌な出来事があった。

いつも通り学校に着いて鞄を置くと誰かがこっちへやってきた。

誰かと思って顔を上げるとそこにはよく話す健也でも麻梨香でもなくあまり関わりのない清水が立っていた。

清水が来た時点で嫌な予感はしていた。こいつはクラスでも浮いた存在だったのでなるべく関わりたくない人だ。

「ねえ、山木やまきと朝井って付き合ってるの?」

「は?お前何言ってんの?そんなことあるわけないじゃん!!」

山木というのは俺の苗字だ。にしても急になんだこいつは。そんなこと大声で言うことじゃないだろ!

あまりにも急すぎて強く否定してしまった気がする。

隣を見ると麻梨香は既に席に座っていた。

最悪だ。今のは絶対に聞かれていた。

「へぇ。俺には仲がよさそうに見えたけど?」

清水が追い打ちをかける。本当にこの人のことが嫌いだ。

「もういいだろ。早く席に戻れよ。」

清水と話したくなかったので強制的に帰らせる。

話し声が大きかったせいかクラスの注目を集めていた。

その日以降、麻梨香と話すことはなく気まずい空気が流れていた。


「お前、このままでいいの?」

あれから数日が経った。未だに麻梨香とは話もできていない。

「何が?」

わざとらしいかもしれないがあまりそのことには触れてほしくなかった。

「朝井のことだよ、もう明日は終業式だぜ。ここで仲直りしないと、しばらく会えないぞ。」

「別にいいよ。」

もうこればかりはどうしようもないと思っていた。あの場で感情的になってしまった自分の責任そう思っていた。

「お前さあ、麻梨香のこと気になってるんだろ?だったらこの夏は麻梨香と距離を縮められる最後のチャンスかもしれないんだぞ?」

「だから、気になってないって。」

健也が心配してくれているのはわかるがそれでも麻梨香にかけるべき言葉も勇気も見つからなかった。

「じゃあ、最後に一つだけ言ってやる。これ以上は何も言わない。」

「わかった。」

「お前はここで勇気を出して言わなきゃ後悔する一生な。それを背負ってこれから生きていくのか?大人になって振り返ったときにもそのことは自分の中に残るんだぞ。お前はそれでいいのか?」

「・・・。」

「なあ、お前何とか言ってみろよ!なあ!」

いつになく健也の口調は強めだった。

「よく・・ない・・」

健也は俺のことを真剣に考えてくれてるんだな。

「あ?声が小さいんだよ。もう一回言ってみろ!」

「俺は・・・俺は後悔したくないっ!!!」

後悔するのは怖かった。今、勇気を出して声をかけることよりも言えずに後悔することのほうがよっぽど怖かった。

「よく言ったな。」

健也は表情を和らげた。

「俺はどうすればいい?」

健也に尋ねる。

「お前、目つきが変わったな。んー、それじゃあまずは明日の祭りに誘え。それでそこでお前が朝井に対して思ってることをぶつけてこい。」

今までの俺だったら健也が言ってることを笑い飛ばしていたと思う。

だけど今の俺は何かが違った。健也の言葉のおかげで今ならなんでもできる気がした。

「わかった。やってみるよ。」

「おう、頑張れ!最高の祭りにして来い!」

「おう!」


終業式が終わり荷物をまとめる。

そしてショートホームルームが始まる。

ショートホームルームは夏休みの課題、注意事項などについてで意外にもあっさり終わった。

いや、俺が緊張しているから時の流れが早く感じたのかもしれない。

「起立、礼」

号令がかかる。心臓の音がバクバク言ってる。

心臓が飛び出しそうってこういう時のことを言うんだな。

っていうかまだ誘うだけなのに祭りで想いを伝えるときどうするんだよっ!

そうやって自分にツッコミをいれ少しでも緊張をほぐす。

「さようなら」

そう言った直後俺は麻梨香に声をかける。

「麻梨香、ちょっといいか。」

麻梨香に久しぶりに話しかける。

「な、なに?」

久しぶりに話しかけられて麻梨香も少し戸惑っている様子だった。

さあ、勇気を振り絞れ。あと一言だ。

「麻梨香、俺と一緒に祭りに行かないか。」

ついにその一言。祭りを最高に変える一言を放った。

すると彼女は微笑んで言った。

「うん。一緒に行こ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一言 七川夜秋 @yukiya_hurusaka20

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ