夢見る機械
ロコン
夢見る機械
とある町の博士が画期的な機械を開発した。
博士は町の広場の噴水の前で人々の疑心暗鬼の目を気にもせずに声高らかに叫んだ。
「みなさま、ご覧ください。これが先ほど完成しました『夢の機械』です」
そう言い終わらないうちに、博士は灰がかった布を引っ張った。
その下からはベッドが出てきた。しかし、人々はそのベッドの妙な部分にすぐ気がついた。本来人の頭がくる部分が無く、代わりに銀の機械があった。銀の機械には車のタイヤほどの穴が開いており、そこに頭を入れるようだった。
「このベッドに寝てもらうと、機械が作動して自分の思い通りの夢を見ることができるようになるのです」
博士の身振り手振りの演説に割り込むように、
「これがなんだっていうんだ」
とヤジが飛んで来た。様子見していた群衆の中から出てきた男は博士とベッドを交互に指差して、
「こんな怪しいやつ、信じられるわけないだろ!」
と訴えた。
人々は口々に「そうだ」「確かに」「気持ち悪いわ」と呟いた。
「ならばあなたが最初の体験者となってみませんか?」
博士は男の侮辱するような鋭い目を気にもせず、笑顔を崩さずに男に言った。
男は、最初はたじろいでいたものの、後に引けなくなってしまったのか「やってやろうじゃねえか」と小さく呟いてどかっとベッドに座り込んだ。
「それじゃあリラックスしてください。目の前に光が出ますけど気にせず、目を閉じてください」
男は「眠れるものか」と眩しそうに目を逸らしていたが、1分もしないうちに寝息が聞こえてきた。
「今から彼に『疲れた体を癒す温泉に浸かる』夢を見せたいと思います」
そう言って博士が手元のリモコンを何回か押すと、機械からぴこぴこと電子音が鳴り出した。どうやら本格的に動き出したようだ。
「みなさんがヒマをしないようにこれがどのような仕組みでできているかご説明いたしましょう……」
博士は機械の前に立って指をさしながら「この部分は機械が夢を学習する部分にあたり……」と説明していたが、説明が難しく人々は結局ヒマになってしまった。
博士がちょうど「さて、どのように人に思い通りの夢を見させるかですが」と重要そうに人差し指で自分の頭を2、3回コンコンと叩いたところで寝ていた男ががばりと起き上がった。
人々はその機械の根底の仕組みを――理解する気がないにもかかわらず――聞けなかったことに残念がっていたが、男の最初の一言を聴き逃すまいと皆、口を閉じ、固唾を飲んで見守った。
「さて、あなたはどのような夢を見たか。教えていただけませんか?」
博士は男に問うと、
「……温泉だ。湯に肩まで沈めると、疲れが溶けていくような感覚だった。そして目の前には青い青い海が見え、潮風が火照った体を適度に冷ましてくれて気持ちよかった」
男の言葉に観衆は再びざわめいた。しかしその内容は「すごい」「本当に見れるの?」「画期的だ!」と機械を称えるものだった。
かくして、博士の発明は成功したと認められ、国からも承認を受け、全ての家のベッドに設置されるようになった。また、改良が加えられ、布団で寝ている人にも対応する敷くだけの機械も少し後に開発された。
人々は思い通りの夢を見るようになった。ある日は美しい景色を見に行き、またある日は動物を見に行ったりしていた。
さらに、ケーブルを使って家族や恋人同士で機械を繋げれば、グループで一つの夢を見ることができるようになった。そのシステムを使って家族で海水浴を楽しんだり、また恋人達は誰もいない花畑で愛を育んだりした。
悪用される心配はなかった。機械を無理やり壊そうとすると警報が警察に届き、また強制的に起きるようなシステムだった。
そうしてこの国では人々の生産性が格段に向上した。また「夢だけじゃ無くて実際に経験したい」という人も現れ、観光地が平日にもかかわらず賑わいを見せるようになった。
ある日。その日は博士が「夢の機械」を開発してから4年が経っていた。
博士が機械を初めて紹介した広場からさほど遠くない場所に建っているマンションの2階に住んでいる少年がいた。彼は中学生になったばかりで初めての登校に胸が高鳴っていた。だからだろうか、寝る前に飲んでいたココアをこぼしてしまい、機械にかかってしまった。雑巾で拭くと汚れは落ち、なんでもないと思いそのまま機械を作動して寝てしまった。実際には機械の一部がショートしてしまい、うまく夢を見ることができなかったのだが。
朝、少年はいつも通りぴこぴこなっている機械を止め、ベッドから降りると不思議な感覚に襲われた。いつもなら夢を鮮明に思い出して「ああ、みんなとサッカー楽しかったな」とか「初めての雪、わくわくしたな」と日記に書くのが彼の習慣だったのだが、今日に限っては思い出せない。
思い出そうとするとぐちゃぐちゃとした何かが記憶としてのさばり、邪魔をしてくる。
これは後にわかったことなのだが、機械がショートしてしまった状態で夢を見ようとすると夢を格納している部分がエラーを起こし、保存してある夢を全て吐き出してしまうのだ。そうすると、人の脳にはかなりの負荷が掛かってしまい、オーバーフローを起こしてしまう。それを防ぐための自己防衛を脳は『夢の機械』が開発されてから4年の間で学び、夢の内容を思い出そうとするたびにぐちゃぐちゃとした何かを表示させることによって気をそらし、脳への負担を軽減していたのだった。
そんなこととは露知らず、少年は不思議に思って母親に相談した。
母親は心配になり医者に相談した。
「先生、うちの息子が『夢の機械』を使ったのに夢を思い出せなかったようなんです」
医者は、少年をいろいろ検査してみたものの原因がわからず、病院に置いてあった専用の『夢の機械』を使ってもう一度夢を見ると少年ははっきりと夢の内容を思い出した。
結果、少年の使っていた機械が不調だったのでは、という結論に至った。少年は怒られてしまうのではないか、という思いもあったので昨日ココアをかけてしまったことなど到底言い出せなかった。
不幸なことに、これら一連の事故はマスコミによって取り上げられた。人々が集まって小声で話すことと言えば「『夢の機械』使ってる?」「もう使ってない」「あれ危ないんでしょう?」というものであった。
少年はココアを掛けてしまったとついに口に出すことができず、国と博士は槍玉にあげられてしまった。
国と博士は謝罪に追い込まれ、機械は撤去されることとなった。
少年は激しく後悔していた。今まさにテレビで放映されているのは政治家と博士が謝罪の言葉を述べているところだ。もしかしたら自分のたった一つのミスでこんなに大きなことになってしまったのではないかと思っていた。
彼のベッドにはもう機械は無い。母親が道端に捨ててしまった。
少年はいたたまれない気持ちになりテレビ画面から目を逸らした。
外はそろそろ雨が降りそうだった。
その夜、道端のゴミ捨て場には同じ銀色の機械が乱暴に投げ捨てられていた。よく見ると落書きされているものや「この人殺し」と張り紙が貼られているものまであった。
雨はいよいよ激しくなり、ざあざあと外の音が雨の音だけで染まってしまうほど強くなっていった。このような夜は誰も外に出たがらない。
すると、その滝のような轟音の中で不思議な音が聞こえてきた。
ぴこぴこという電子音は確かに、あの捨てられた『夢の機械』からだった。その機械はココアを掛けられた、少年の家の機械だった。
それに呼応するように、道端に捨てられた『夢の機械』達は一つ、また一つとぴこぴこという電子音を奏でた。
彼らは、自分の機能を使って自らに夢を見るように作動したのだ。機械達がみたいと思った夢は全て同じだった。
雨曝しのなか、機械達の泣き声は雨が弱くなると共に少しずつ小さくなっていき、雨が止む頃には誰一人として動くものはいなかった。
白い、どこを見渡しても白い部屋。その真ん中に安置されている一つの機械があった。
どこからかプシューと空気が漏れるような音がすると、白い部屋の隅に長方形の穴が開き、髭を蓄えた男とそれに手を握られているまだ4、5歳ぐらいの男の子が入ってきた。
「お父さん、これなあに?」
男の子は父の顔と機械の顔を交互に見て問うた。
「これはね、お父さんがまだ子どもの頃にあった機械だよ」
父親は、息子の顔を見ずにただまっすぐ機械を見つめていた。
「どんな機械なの?」
男の子は父親の手を離し、機械に走って行った。ガラスに顔を目一杯近づける。自分の息でガラスが曇ってしまった。
「これは、夢を見る機械だ」
「『夢を見る』?」
男の子は不思議そうに父親を見た。
「そう。人の見たいような夢を見せてくれる機械」
「……ふーん。不思議だね」
興味を無くしたのか、駆け足で父親のところに戻ってくる男の子。そして足に抱きつくと
「ぼく、そんなことしなくても夢を見られるのに」
と、無邪気な瞳で父親を見た。
「そうだね。さあ、行こうか。博物館そろそろ閉まっちゃうよ」
父親は男の子の手を握りまた引っ張っていく。
「バイバイ『夢の機械』さん」
夜。博物館はすっかり真っ暗闇に包まれていた。誰も見る人がおらず、警備もロボットが自動で行ってくれるからだ。
しかし、その一室からは不思議な音が聞こえてきた。
ぴこぴこという電子音。
その機械は夜ひとりでに動き出した。自らの機能で夢を見るためだ。
「機械さん、ありがとう」「いやあ、今日もいい夢が見られたなあ」「ああ、夢の中で遊ぶの楽しいなあ」「この機械のおかげで元気になったよ」
彼はあの雨曝しの日からずっと同じ夢を見続けている。それはいろいろな人を笑顔にして、幸せにする夢。
その夢は一度叶った。だが今はもう夢でしか経験できない。彼は二度と人に夢を見させることはできない。
それを知ってか知らずか、機械はひとりでに夢を見る。
夢見る機械 ロコン @rokonkoron360
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