最低のお祭りになったわけだが
澤田慎梧
最低のお祭りになったわけだが
「――っとに、あのオヤジ共。俺らに片付け丸投げして自分らは酒盛りかよ……。っと、
「こんくらいヘーキヘーキ。女の子は力持ち……っと! これはアタシがバラすから、
言いながら、自分の体よりも遥かにデカい木製の看板を軽々と持ち上げる日菜子。
あのちっこくて細っこい身体のどこにあんなパワーがあるのか、いつ見ても不思議だ。
今日は楽しいひな祭り……のはずだった。それなのに、俺と日菜子は二人して地元の神社の境内で、使われることのなかった祭りの看板やら小道具やらの片付けに追われていた。
今年のひな祭りは、中止になったのだ。
俺達の地元で行われるひな祭りは、いわゆる「生き雛祭り」だ。
――と言っても、有名な飛騨のアレみたいな盛大なやつじゃない。たかだか十数年か前に町おこしの為に始まった、若い男女がお内裏様の恰好をして街を練り歩くだけのショボいもので、ぶっちゃけ飛騨のパクりだ。
それ以外は神社の境内に屋台が立ち並ぶくらいで、歴史的な背景があるわけでもない。正直、町おこしにもなっていなくて、ただ単に地元民がどんちゃん騒ぎするだけの祭りになっている。
それでも、俺たち地元民にとって貴重な娯楽であることには違いない。だから毎年毎年楽しみにしていたんだが、今年は新型ウィルスの蔓延とやらの影響で、祭り自体が中止になってしまった。
――よりにもよって、俺と日菜子にとって大切な年にこんなことになるとは……全く笑えない。
「あーあ、着たかったなぁ『
「……リハーサルの時に着たじゃないか」
「もー! そういう意味じゃなくてぇ! 本番で着たかったの! 弓弦だって、あんなに練習したのに、悔しくないの?」
「そりゃあ……悔しいけどさ」
そう。今年の「生き雛」は俺と日菜子の幼馴染コンビが務めることになっていたのだ。
今日この日の為に、たくさんたくさん練習して、たくさんたくさん打合せしていたが、それが全部無駄になった。
日菜子がぶつくさ文句を言うのも無理はない。まあ、十二単はそれっぽく見せたフェイクなんで、本物じゃないんだけど……。
「アタシ達、来年は十六歳じゃん? もうチャンスは無いわけでさー。……あーもう! 悔しい!」
日菜子が怒りをぶつけるように、素手で看板を解体してお焚き上げの炎へ放り込んでいく。
「道具を使え、道具を」等と思いつつも口には出さず、「だなー」とだけ返す。「生き雛」になれるのは「満十五歳以下の男女」と決まっている。俺達には今年が最後の機会だったのだ。
それにしても――。
「日菜子がそんなに『生き雛』に憧れてたなんて、初めて知ったぞ。毎年、あんまり熱心に参加してなかったじゃないか」
先程から浮かんでいた疑問を、ついつい口に出してしまう。
そうなのだ。日菜子は例年、それほど「生き雛」祭りを楽しんでいる訳じゃない。精々が賑やかし程度で、祭りの手伝いをしたのも今回が初めてなくらいだ。
「……別に、『生き雛』自体を楽しみにしてたんじゃない」
「ん? なんだって?」
「なんでもない!」
日菜子が何やらゴニョゴニョと言ったので聞き返すと、へそを曲げられてしまった。
――その感情とシンクロするように、お焚き上げの炎がにわかに勢いを増す。
「きゃっ!?」
「日菜子!!」
火の勢いに驚いた日菜子を慌てて抱き寄せる。その身体は思いのほか細くて、不覚にもドキッとする。
「……あ、ありがと」
「別に。服にでも燃え移ったら大変だからな。もうちょっと離れてやろうぜ?」
「だ、だね……」
火から一歩離れて、そのままお互いに無言になる。燃え盛る炎だけが、饒舌にパチパチと音を立てる。
「……ねえ弓弦」
「なんだ?」
「なんでもない」
「……なんだそりゃ」
口では呆れつつも、悪い気はしない。俺達の間には、いつの間にか穏やかな空気が流れていた。
台無しになったひな祭り。幻になった俺達の晴れ舞台。でも、後になって振り返ってみれば、これもいい思い出になるんじゃないか――ふと、そんなことを思わせるほどに。
「まったく。忘れられないひな祭りになっちまったなぁ」
「だねぇ。たぶん、一生忘れないよ、これ。きっと毎年思い出す」
――炎は燃え続ける。
それをぼんやりと眺めながら、毎年のひな祭りの度に日菜子とこの思い出を語り合えるのなら、それは最低どころか最高なんじゃないか等と、恥ずかしいことを思ってしまう。
日菜子も同じ気持ちでいてくれたらいいな、とも。
だから俺は、ちょっと勇気を出して――そっと日菜子の手を握った。
その手は炎が燃え尽きるまで、離されることは無かった。
(おしまい)
最低のお祭りになったわけだが 澤田慎梧 @sumigoro
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