祭りの最後は、
かさごさか
暖冬でも雪像は作れる
雪が降りしきる中、というほどでもないが雪がちらつく寒空の下、
行く道を挟むように延々と続くは小さなかまくら。足で簡単に踏み潰せそうなかまくらの中には火が灯された
――― なんで、こうなったかな。
生平は雪祭りに来ていた、はずだった。知り合いが店を出すからと聞き、冷やかし半分で市民広場に足を運んだ。普段はベンチがいくつか置かれているだけの広場なのだが、今は様々な雪像で埋め尽くされている。一軒家ほどの雪像もあるせいか少し圧迫感もあった。
雪像と共に並んでいる屋台も夏祭りの時ほど数はない。しかし、どれも繁盛しているのか長蛇の列ができていた。寒いので温かいものが売れる。当然と言えば当然の光景である。知り合いが営む屋台へ行き、冷やかすつもりが一人で雪祭りに来ていることを逆にからかわれ、体温が急激に上がるなどしつつ人並みから外れる。その後、一通り祭りを楽しんだので帰ろうと広場から出たはずがこの仕打ちである。
いつもならビルがそびえ、車が絶え間なく行き交っている光景が目の前に広がっているのだが、今、生平の目の前にあるのは雪を踏み固めて作られた一本道。その左右には小さなかまくらが延々と並んでいる。
おそらく、迷い込んだか、誘われたのだろう。職業柄、生平はそういうことに巻き込まれやすい。食べたもの、すれ違った人、見た雪像など思い出せる雪祭りでの記憶の中に、こんな場所に辿り着いてしまうような原因は無かっただろうか。一つの見落としが命取りとなることは経験上、理解していたつもりだったが、田舎では滅多に無いイベントごとに浮き足だっていたのかもしれない。こうして見覚えの無い道に迷い込んだ事実が、学習していない証拠だ。
この道は、このまま進んでも良いものだろうか。悩む生平の足下で薄く作り出された影が揺れ、黒い霧のようなものが発生する。排気ガスにも似たそれは次第に塊となり具体的な形へと変化していく。生平の影から発生した黒い霧は大型犬を象った姿へと変わった。
「
生平がそう呼ぶと、黒い犬はスーツを着た男へと姿を変え、その顔は腹が立つほど笑顔であった。
「いやぁ、やっぱ最高だな。お前」
「馬鹿にしてんだろ」
「褒めてる、褒めてる」
心底、楽しそうな声を上げる田彦に生平はため息を吐きながら缶のコーンポタージュをコートのポケットに入れた。
「・・・これ、進んで良いやつか?」
二人、正確には一人と一匹だが、彼らの前には変わらずかまくらに挟まれた道が伸びている。
「まぁ、入るのは大丈夫なやつだな」
「入るって」
「出る時に間違えなければ無傷だ」
いざとなったら、走って逃げれば良いさ、と田彦は口を開けて笑う。楽観的だな、と生平は道を進むことにした。退路など無いことは既に田彦が確認済みである。生平は「振り向くな」と彼に言われたので、後ろに何があるのか知らない。知ったところで、必ずしも自分に有益な情報であるとは限らない。これも経験上から学んだことである。
固くなった雪の上を歩く。気づけば周りには雪像が置かれており、自分たち以外の人が歩いていた。一瞬、元の場所に戻ってきたかと思ったが車が走る音が聞こえない。雪像も市民広場ではキャラクターや建物を模したものが置かれていたが、ここでは何やらよくわからない形をした、像と呼べるのかも不明なものばかりであった。周囲の人も、人の姿をした何かなのだろう。生平には聞き取れない言葉で意思疎通がとれている。
一見、先ほどまでいた雪祭りの会場と大差ないように見えるが、ここでの滞在時間が長ければ長いほど積み重なった違和感に精神的にイカれてしまいそうだ。
気味が悪い。生平が抱いた率直な感想であった。
「帰りてぇ・・・」
なるべく雪像を見ないように、人らしき者達が交わしている言葉を耳に入れないようにしていた生平は思わず言葉を零した。時間を確認していないが、今頃もう家に着いているはずだったのに、こんな祭り擬きに巻き込まれているのだろうか。
「おい、」
田彦が腕を小突いてきた。どうやら無意識のうちに下を見て歩いていたようだ。顔を上げた生平は目を見開く。
その場にいた人らしき者達が皆、こちらを見ていた。会話を止め、動きを止め、じっと生平と田彦を見つめる。それが気まずくて、生平はポケットに入れっぱなしであった缶のコーンポタージュを取り出し、開封する。ぬるさを通り越して、すっかり冷たくなってしまったスープを飲む生平の姿を見た周囲は再び雑音を作り出し始めた。会話をしながら歩き回り、時に立ち止まっては意味を持たない雪像を眺めている。隣では田彦が肩をふるわせていた。
「はー・・・ウケる」
「どこがだよ」
「出る前で良かったな、間違えるの」
彼がそう言ったものだから、生平は缶に口をつけたまま固まってしまった。なるほど、『帰りたい』はNGワードだったか。
「あー・・・他に何て言えば良い?」
帰りたいという意思を一旦仕舞い込み、缶の底に溜まったトウモロコシの粒と格闘する。
「お前さ、『すっげー楽しい』時、何て言う?」
「ちょー楽しい、とか?」
こういう時、田彦は明確な答えを言わない。彼曰く、簡単に答えを教えると何の逆鱗に触れるかわからない、らしい。それにしても粒が出てこない。
「それ以外には?」
「え~~~」
楽しい時は楽しいと言うものだ。生平自身、語彙力がないほうだと自覚しているので他にと言われても思いつく言葉は数少ない。
「んえ~・・・ヤバいとか?」
「まぁ、そういう方向、かな?」
いつものことだが、田彦はヒントの出し方が下手である。もったないが、底に溜まった粒を回収するのは諦めて「楽しい」の言い換えを考えることに専念する。楽しい、楽しいね・・・と考えていた生平は突如、弾かれたように隣に顔を向ける。それは、先ほど田彦にも言われた言葉であった。
「なぁ、」
向けられた生平の顔を見て、田彦は口角を上げ問いかける。
「祭り、どうだった?」
それに対する答えはもちろん、
「―― 最高、だな」
生平は雪祭りに来ていた。田彦は影の中に戻ってしまい、空は暗くなっていた。キャラクターや建物を模した、意味を持つ雪像群がライトアップされているのを見届け、まだトウモロコシの粒が残っている缶をゴミ箱に捨てる。
確かに、祭りの後は「最高だ」という感想が残るべきである。そういう思想の元に生み出された空間だったのだろう。これは生平の想像に過ぎないが。
横断歩道の信号が青に変わる。生平は家に向けて歩き出す。ちなみに、雪祭りは明後日までやっているらしい。
祭りの最後は、 かさごさか @kasago210
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