ポーション成り上がり。外伝 ~最高のお祭り~

夜桜 蒼

第1話 喧嘩は祭りの華

 ランデリック帝国では四年に一度武闘大会が開催されていた。近隣諸国も含め大陸中から参加者を集い開催される大陸最大の武闘大会であり、大陸中から一万人を越える参加者が集まるこの大会の優勝者には皇帝より望みの褒美が与えられる。


 我こそはと、腕に覚えのある強者が集まるこの大会は参加者を選定するために各地域で予選が行われている。その予選を勝ち抜いた者が決戦の地である本戦会場、帝都カタステリアに集まっていた。


 ランデリック帝国最大の都市である帝都カタステリアには、武闘大会の予選を勝ち抜いた各地方の選手三百名が一堂に集まる事となり、更には武闘大会を観戦するため他国も含めて多くの人々が訪れ大いに賑わっていた。

 帝都のあちらこちらで屋台など出店が軒を連ね、辺りは四年に一度の大行事ということも相まって最高のお祭り騒ぎとなっていた。


「随分と賑やかですわね」

「そうですね――ゴホゴホ!」


 帝都の大通りにはフードを被った長身の女性とその女性に背負われた小柄な少女の姿があった。


「もう宿に着きますから、もう少しの辛抱ですわ」

「ご、ごめんなさい。私のせいで」

「それは言わない約束でしょう? 安心なさい。貴女一人を守れないほど弱いつもりはありませんわ」

「それは――理解しています。お姉さまに勝てる者は神様ぐらいです」

「ふふふ、例え神であっても私のシオンに害を成す者は容赦しませんわ。――邪神であっても必ずや私が葬ってみせます」

「……。お姉さまが言うと冗談に聞こえませんね。……お姉さまなら初代様より強いと思いますから出会う事さえできれば可能かもしれませんね」

「そうですわね。……どこかに手掛かりがあればいいのですけど」


 長身の女性――ツバキは、第八予選会場であるバリヌスシ予選会場のただ一人の勝利者であった。本来二十人を選出する予選大会であったが、その圧倒的な実力の前に参加者はツバキを除き全員倒れた。ツバキ以外にも一人の若者が残っていたが、そのあまりの惨状を見て辞退を申し出ていた。


 ツバキとシオンはバリヌスシ会場から徒歩でこの帝都カタステリアまで十日間かけてやって来ていた。

 通常であればバリヌスシから帝都までは乗合馬車を幾つか経由しての十二日間の旅路であった。

 しかし病に伏せているシオンを連れての移動であり、時間が掛かるうえ狭く揺れる荷台、そして不埒な者がいないとは限らない乗合馬車での移動をツバキは快く思っていなかった。

 その為、通常であれば馬車で十二日間、徒歩で二十日間は掛かる道のりを小柄とはいえ人一人を背負ったまま歩いて来たのだ。

 そして何故か馬車より早く、そのうえ完璧な重心移動のおかげでシオンへの負担は最小限に抑えられて帝都に到着していた。


「…………。宿に着いたらお姉さまだけでも街を見て回ってください。きっと楽しいですよ」

「不要ですわ。二日ほど早く着いたのですから、シオンの調子がいい時に一緒に周りましょう」

「……はい。ありがとうございます。ッゴホゴホ!」

「少し休みなさいな。落としたりしませんから安心なさい」

「そこは信頼しているのですが――改めて言われると不安になります。……以前そう言って在り得ないタイミングで私を落としたことありましたよね? フリではないのですよね?」

「そんな昔の事を思い返さないでくださいな。あれは貴女がまだ元気だった頃の話でしょう? それにアレは貴女の危険察知能力を向上させるために心を鬼にして行ったことであり、他意はありませんわ」


「…………。私が転げ落ちてそのまま水嵩の上がった激流の川に流されているところを笑って見ていたのは誰ですか? それにそれほど昔ではありませんよ?」

「ちゃんと助けたではないですか。あれのおかげで貴女は泳ぎが上手くなったでしょう?」

「泳ぎが下手だと思っていたのなら言って頂ければ練習しましたよ? 川に落とされるぐらいなら必死に練習しました」

「それは今だから言えることですわ。あの頃の貴女は身体能力にかまけて訓練をサボっていたでしょ? そんなことでは貴女の未来の旦那様に顔向けできないと思っていただけですわ」


「…………でも故意で落としたことに違いはありません」

「…………。あ、シオン、あそこの屋台が美味しそうですわよ?」

「……そうですね。私はついさっきお姉さまと一緒にお食事をしたので今は食欲がありません。お姉さまだけどうぞ。ゴホ! ……ふぅ、分かりました。少し休ませていただきます。……。お姉さま、ありがとうございます」


 ツバキの背中に体を預け、絶対的な安心感に包まれシオンはスヤスヤと眠りについていた。


「……この地で貴女に相応しい主が見つかるといいのですけど。……いえ、私が見つけてみせます」

 肩に頭を預けているシオンの顔にそっと顔を摺り寄せたツバキは再び宿屋に向けて歩き出した。


 ◇


「申し訳ない。この時期は部屋は一杯だよ」

「もう満室だよ」

「大部屋ならいいよ。ただし男どもが肩を寄せ合うぐらいには一杯だけどよ。げへっへへ」

「もう馬小屋だって一杯だよ、ベッドが使いたいなら高級宿に行きな。こんな時期に病人を連れてここに来るなんて頭を疑われるよ?」

「中央付近はもう無理だよ? どうしてもって言うなら男客を引っ掛けた方が早いさ。――ごめんなさい申し訳ありませんすみません許してください! …………そ、そう、だ、西区の方、なら、お姉さんならどうにかなるかも」



 大通りに面した高級宿に泊まれるほどの余裕がないツバキは裏路地にある寂れた安宿を手当たり次第に巡っていたが大会に合わせて選手だけではなく、大勢の観光客が訪れていることで宿屋に空きはなかった。

 そんな時に心優しいフロントマンが有益な情報をくれたため、ツバキ達は西区へ向かうことにした。


「……ここが西区ですか」


 辿り着いた場所は先ほどまでいたお祭り騒ぎの表通りとは違い、人通りは少なく、鼻につく匂いが充満したスラム街だった。


「……あのボーイには今度お礼に行くとして――そこのあなた、ベッドがありそこそこ清潔な部屋に案内してくださらない?」

「――去れ。ここはお主達のような日向の者が来る場所ではない」


 ツバキが誰も居ない空間に声を掛けると唐突に眼光の鋭い老人が現れツバキに忠告をする。それと同時にスラム方面から十人ほどの荒くれ者が姿を現していた。


「爺さん、追い払うのは人が悪いだろ? 姉ちゃん、いいぜ、部屋に案内してやるよ」

「へっへっへ。久しぶりだな。他の連中も集めてやるか」

「ほら、サッサと行くぜ」

「……去れ。ここはワシがどうにかする。命を粗末にするな」

「――おいジジイ。なに良い人ぶってんだ? 死期が近づいているからって早死にすることはねぇ、だろ!」


 ツバキ達の前に移動した老人に荒くれ者の一人が殴りかかる。身を固くして衝撃に備える老人に避けることは出来ない。

 その場の誰しもが吹き飛ぶ姿を想像するが――男の拳が老人に届くことはなかった。男の振り抜いた腕は肘から先が在り得ない方角を向いてぶら下がっているのだから。


「……は? ――はぁぁぁ!? は、あ!? え、ちょ、はあ!? お、俺の、うでぇ!? なん――がひょッ!」

「煩いですわよ? シオンが起きてしまうでしょう? さあ、早く清潔な部屋に案内してくださいな」


 何時の間にか老人の隣に立っているツバキ。その場にいる全員が何が起こったのか認識出来なかった。しかし全員がツバキへの警戒を最大限に高め、ナイフや木材を手に戦闘態勢になっていた。


「ざけんなよ、このアマ!! 生きて帰れると思うな!! ほびょ!?」

「な、くそッ! 全員で行く――ふぴょ!?」

「こ、この――みひょッ!?」

「――ごぴ!?」


「……ひょっひょ煩いですわね。黙って沈みなさいな」


 それから男達が声を発するヒマすら与えず制圧したツバキは残った老人に視線を向ける。


「では、案内してもらえるかしら?」

「……お主、ワシが何者か見抜いておるな?」

「ええ。良い部屋に案内してくださいな」

「……ええじゃろう。特別大サービスじゃ。全員で相手になってやろう」



 その日、スラム街では男の絶叫が飛び交い、周囲を赤黒く染める一風変わった祭りが行われることとなった。

 そしてスラムの住人は口をそろえて言う「祭りで良かった。これが祭りで良かった! 最高の祭りだった!!」と。


「祭りで死人が出るはずがありませんわね。調子に乗った者が怪我をするのは祭りの華ですわね」

「……お姉さまと一緒に祭りを周るのは遠慮した方がいいのかも知れません」


 真っ赤な大輪を咲かせてスラムを闊歩する長身の女性の噂はスラムの伝説として語り継がれることとなる。



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