猫と祭とツリ目の彼女
御徒町こげ
百鬼夜行の夜に
ただ夜のコンビニに来ただけなのに。最悪だ。こんなものに出会うとは。
小説なんかで出てくるから、知識としては知っている……百鬼夜行。
コンビニを出て、大好きな高級アイスを買って、もうすぐ家という細い通りで出くわしてしまった。
いや、俺だって信じたくないよ。けど現実なんだ。さっき買ったばかりのアイスがちゃんと冷気を放っているし、多分いまいるここは夢じゃない。
名前も知らない上に見たこともない“異形のモノ”たちが乱れた列になり通りすぎてゆく。
なんかどこからか神々しい笛みたいな音とか、シャーン!とか鳴ってるし、まあ百鬼夜行で間違いないだろう。
どーすんだこれ、と思っていると、何かが俺の買い物袋を引っ張った。
「ねぇ」
見るとそこには、灰色のふわふわの猫耳が生えた、女の子がいた。
中学生ぐらいだろうか。見た目はほぼ人間で、サラサラの黒髪に大きなツリ目、黒目はまん丸で大きい。長い睫毛は、まばたきするたびにバシバシと音がなりそうだ。きゅっと結ばれた薄ピンクのくちびるの上、鼻だけが猫と同じ。
「これ、ちょーだい?いいよね?」女の子はそういって、また買い物袋を引っ張った。
女の子……ていうか、これは、さすがにわかるぞ。
「猫娘……?」
「そうだよ。だから、これくれるよね?ね?」猫娘はそう言って大きな黒目で見つめてくる。
いや、待て待て待て。もうどこから突っ込んだらいいかわからない。
「えーっと、とりあえずさ、これは俺の買ったアイスだから、俺の。あげないよ。人にものをねだる時の頼み方、習ってから来てね。」
「はぁ?!最初に言うのがそれかよ!もっとびっくりしろよ!猫娘だぞ!妖怪なんだぞ!」
猫娘の黒目の瞳孔が猫さながらにクワッと開く。よく見ると立派な八重歯が生えていて、愛嬌のある顔をしている。
「うん、猫娘だね。そしてこれは百鬼夜行ってことで合ってる?」
「大正解!すごいじゃん!年に1度の妖怪たちのお祭りなんだ〜♪って、じゃなくて!百鬼夜行なんだからもっとびっくりしろってば!」
「うーん、そうだね。びっくりしてあげたかったんだけど、俺の唯一の長所が”何にも動じないこと”なんだよな。今回もなんていうか、そういうのもあるんだ〜!って、スンって納得した感じ。厳密には納得してないんだけど。」
猫娘が信じられないという顔をして見てくる。さらに顔には猫ヒゲが生えてきた。感情によって猫度合いが変わるのか。おもしろいな。
「なんかよくわかんないけど、お前すっごいめんどくさそうだな!」猫顔が言う。
「失礼だぞ。初対面なのに。」
「いちいち正論言ってくんなよ!妖怪に正論が通じるわけないだろ!こうなったら実力行使だ!!」
そう叫んだ猫娘は四つん這いになり、俺の買い物袋を口で器用にひったくって百鬼夜行の列へと駆け出した。
おアイス咥えたドラ猫ってか?
……くそつまらん上に語呂が悪い。却下だ。
さて。
クラウチングスタートの姿勢を取って猫娘に向かって叫ぶ。
「言ってなかったけど、もう1つ俺の長所あったわ。俺はなぁ、走るのだけは早いんだよォ!!!!」
ざまぁみろ猫娘、妖怪ごときで俺が動揺するとでも?いついかなる時でも最速になれる男、それが俺だ!!!
高笑いしながら猛スピードで猫娘を追いかける。百鬼夜行の列のため思ったようには進めないが、それでも十分な速さを出した上に、通り過ぎる異形のモノたちが怖くないほどには冷静だった。灰色の猫めがけて追い上げる。
「ウオオオオオオオオォォォ!!!!それは!!!!!俺のハー●ンダッツだ!!!!!!!」
走りながら振り向いてきた猫娘の表情が固まる。
「えっ?!早っ?!キショッ?!?!?!」
明らかに引いている、いや、あまりの速さに恐れおののいている猫娘が完全な猫体に変身し、逃げる逃げる。
なるほど猫との追いかけっこか、やってやろうじゃないか。
しばらく走ってみて気付いたのだが、大小さまざまな妖怪たちの間を縫って走るのはかなり視界が悪い。
さらに色々な妖怪にぶつかっては遅れを取ってしまい、猫娘を見失ってしまったかと思ったが、あいつは意外にも少し先で優雅に尻尾を舐めなていた。
肝心のアイスは地面に転がっている。おい、俺のアイス。奪ったんだからせめて大事にしろよ。
スピードで追い上げてもいいが、俺はまだ遅れていると思っているのだろう、全然こちらを気にする気配がない。であれば、このまま気付かれずにいくのがよい。
そろりそろりと、他の妖怪を盾にしながら慎重に近づく。
呑気にパタパタし始めた猫娘のふわふわしっぽを、タイミングを合わせて掴む。
ぱた、ぱた…………バシッ!!!!!
柔らかな毛の感触を手のひらに確かに感じる。
「ニ〝ヤ〝ーーーーーー?!?!?!」
猫娘は全身の毛を逆立てて叫ぶ。こちらも釣られて「採ったどーーー!!!!!!!」と大きな声で叫ぶが、手のひらの感触にすぐに冷静になってしまった。
「お前あれだな、すごいなこの毛!ふわふわだな!」
しっぽを右手で掴んだまま、左手で全身を撫でる。柔らかくあたたかく、自然と顔がほころんでしまう。
「かわいいなぁ。ちょっとだけ、いいか?言ってなかったけど、俺猫派なんだよね。まあ今日が初対面だから言ってなくて当たり前なんだけど。」
そう言って猫娘もとい灰色のふわふわ猫を抱き寄せ、頰を寄せる。
「かわいいなぁお前。」
「ニャ……」
小さな小さな鳴き声のあと
ポンッと音がして、猫娘が人型に変わった。図らずも、猫耳美少女の身体を抱きしめて、顔はキスまで0秒の距離。顔を真っ赤にして両手で頰を隠す猫娘のきれいなツリ目だけが視界にある。
「あぁ、ごめん。びっくりさせちゃったな。ていうかお前の顔ってなんかアレだな、美少女ってやつだよな。近くで見るとこの俺でもちょっとびっくりしたわ。」
顔を赤くしたままの猫娘がこちらを睨んで
「お前、アレとかソレとか指示語が多すぎ!」と怒る。
「ソレは言ってないし、多すぎでもないだろ。多分アレだ、お前の顔の良さに動揺して脳がパニックになってるんだ。ってことで許してよ。」
「また言った!」
妖怪猫娘のあまりのかわいさに、思わず愉快な気持ちになってしまっているのは本当。猫派だから猫が好きというのは当たり前なんだけど。
猫娘の尻尾を触りながら、空いている手で買い物袋を引き寄せる。
「あーあ。アイスどろどろじゃねーか。どうしてくれんだ。ていうか、食べるつもりで奪ったんじゃないのかよ?」
「いや、食べたかっというより、構われたかったというか、ゴニョゴニョ」
小さな声で何か言っている猫娘を無視して袋を持って立ち上がる。
「じゃ、帰るわ」
「えっ?!こんな雰囲気なのに帰るの?!」
「こんな雰囲気もなにも、初対面じゃん。猫だから可愛がってただけだし。人間の形になると、なんかやっぱ違うな、みたいなさ。」
「えっ怖い怖い、猫も猫娘もだいたい一緒じゃん、うわ、怖、猫原理主義怖すぎ」
「じゃ、達者でな」
「待っっっって!!!」猫娘が俺の服を引っ張り引き止める。「アイス、雪女のとこ行って冷やしてもらおうよ。」
「いやいーよ。わざわざそんな体力使わせるようなこと。かたじけないよ。家に冷凍庫あるし。」
頑なな俺に猫娘はずずいと近寄り、上目遣いで黒目をウルウルさせて
「……もっと一緒にいたい。」と少し恥ずかしそうに言ってきた。尻尾もしょんぼりしている。こいつ……。
「ほお〜、そういうのもできるんだ。優秀な猫娘さんだこと。」
「お前!!!!!本当にいい加減にしろ、渾身の上目遣いだったろうが!今!完全に男が一人恋に落ちる音がしただろうが!!!!」
また瞳孔が開いている。猫はマイペースだと思っていたが、こちらの猫娘さんは表情がコロコロと変わり忙しいな。
「まぁじゃあ、百鬼夜行に出会ってしまったのも何かの縁だし、妖怪の紹介でもしてもらおうかな。夜明けまでには家に帰るからな。」
「やったー!!!!」
「まずはアイスを冷やしてもらうために、雪女さんのところへ連れてってくれよ猫娘さん。」
「ユーリ!わたしユーリだよ」
「ユーリ、よろしくな。俺は」
「ショーヤ。知ってるよ。」
「なんで知ってるんだ?」
「ふふー妖怪だからね。わかっちゃうんだ〜。」
嬉しそうに笑う猫娘は、ポケットに入れた手の中で古びたキーホルダーを握りしめていた。
かつて俺のものだったそのキーホルダーの存在を俺自身が思い出すのは、まだ先の話。
祭はまだ始まったばかり。
暗い夜で、おおきな赤い満月が、灰色でふわふわの猫耳を照らしていた。
猫と祭とツリ目の彼女 御徒町こげ @okachimachi
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