祭りのあとには何がある?

うめもも さくら

祭りのあとには何がある?

赤い提灯ちょうちん、腹まで響く太鼓たいこの音に拍子木ひょうしぎの打つ音と足元では歩くたびに音をたてる。

賑わう人の波に身を任せながら祭りの醍醐味だいごみを味わおうと店を見渡す。

そして祭りは始まる。

かき氷で舌まで染めて、りんご飴をかじりふんわりふくらんだわたあめで髪を汚す。

金魚すくいに身をかがめて袖を濡らし千本引せんぼんびきのくじとにらめっこして射的屋しゃてきやでは重い武器を片手に狙いを定める。

祭りの明るさから離れた薄い闇の奥にたたずむ神社に続く石段に腰を掛ける。

慣れない靴で傷つけられた足をおだやかに吹く夜風にさらしてゆっくりと空を見上げる。

いつもはどこまでも見える星空も今日は地上の祭りの明るさに顔を曇らせてまばらにちらつく。


「つまらない……」

彼女のつぶやきは薄い闇の中にとけて消えていった。

人の笑い合う祭りの日には不釣り合いな言葉だが今の彼女の姿を見ればとてもお似合いな気がした。

祭りの喧騒けんそうから離れた彼女がいるこの場所は心が寂しくなってしまうほど静かな神社の石段だ。

ここまでほのかに明るくする祭りの灯りが彼女の心に一層の寂しさとむなしさをひろげていく。

彼女の側でパタリと音をたてて落ちたのは彼女の名前が記載きさいされた定期が入ったパスケース。

その定期には彼女の苗字みょうじの横に優花ゆうかという名前がしるされていた。

優花は自分の名前が入ったパスケースを億劫おっくうそうに緩慢かんまんな動きで手に取り胸元にしまう。

優花はもう少女といえるほど幼くはないが、大人といえるほど割りきれてもいない女性だ。

彼女は祭りの醍醐味だと思いつく事は色々とやってみた。

かき氷もりんご飴もわたあめも口にしたが満足しなかった。

金魚すくいも千本引きも射的もやってみたが心のひとつも動かなかった。

かき氷はとけて色のついた水に変わって服を汚すしりんご飴はくちびるにのせた口紅を不躾ぶしつけに奪いとっていくしわたあめは顔近くの髪たちに遠慮えんりょなくくっつく。

金魚すくいは値が張った服の袖を濡らし千本引きは本当に当たりが入っているのか怪しくなるし射的は重すぎる的にやっとの思いで当てて倒したのに落とさなければ駄目だとせせら笑われる。

優花は自分の姿を見て自嘲気味じちょうぎみに笑う。

汚れた着なれないスーツと履きなれない少し高いヒールの革靴によって容赦ようしゃなく傷つけられたかかとや足の爪先。

祭りのあと、優花は静かな宵闇よいやみに身をゆだねながら思う。

昔のようにはならなかったと。

昔には戻れなかった。

時が巻き戻る事はない。

そんな当たり前のことにすら絶望を感じてしまう。

いつ頃からだろう。

祭りをただ純粋に楽しめなくなったのは。

大人になることの退屈さを知ったのは。

世間の冷たさと人間の汚さをおぼえたのはと。


祭りの最中、周りにいたのは浴衣姿ゆかたすがたの少女や甚平じんべいに身をつつむ少年、法被はっぴを身にまとった祭りを楽しむたくさんの人たち。

そんな人たちに囲まれていたら優花は自身が同じ場所にいていい存在とは到底とうてい思えなかった。

まるで生き方の違いを見せつけられているようで部外者ぶがいしゃだと追いたてられているようで逃げるように人の声のしない方へしない方へと歩みを進めた。

濡れて不細工ぶさいくに色づき汚れたスーツとわたあめでベタつく髪に化粧けしょうと一緒に崩れた表情かおと傷つき痛む足と心。

祭りのあと、一気に押し寄せてくる寂しさにうつむけばより一層強くなる孤独こどく


「こんなめでてぇ祭りの日に辛気しんきくせー表情かおしてんじゃねーよ、ガキ」

突然降りそそがれた人の声に弾かれたように見上げれば優花の座っている場所より少し上の石段に人が立っていた。

他に誰もいないため声の主は間違いなくその人だろう。

声からして男性で自分をガキと呼ぶあたり少年ではなく青年だろうと優花は思う。

そして優花自身、浴衣の知識というものは詳しい方ではないがよく百貨店で目にする浴衣とは一風違う変わった和服に身をつつみ自分の知る男性よりもずっと長い髪をゆるやかに吹く風に遊ばせて祭りで売られているようなキツネの面をかぶって優花を見下ろすように立っている。

彼は一向いっこうに優花が何も言わないことにしびれを切らしたのか少し強い口調を変えないまま優花に問う。

「こんな何もねぇところで何してんだよ?祭りやってんのは向こうの通りだろうが」

強い口調だがその声にはどこか困惑と気遣きづかいがいり混ざっているようで優花は少し可笑おかしな安堵あんどをおぼえた。

「あっちにいたけれど騒がしくって、人混みが嫌になってここで少し休ませてもらっていたの」

そう言って優花は傷だらけの足を彼の目につく場所にひょいと軽く上げる。

その足を見て彼は少し驚いたように息を飲んだ。

「ここってもしかして来ちゃいけないところだった?だったらごめんなさい、すぐにおいとまするから」

優花の行き着いたのは彼はこのあたり、神社などの管理をしている人なのかもしれない、そしてものすごく恥ずかしがり屋なのだろうという考えだった。

そして迷惑をかける前に、怒られる前にここを離れようとした。

すると青年はまだ腰を掛けている優花の横を通り過ぎ彼女の一、二段下の石段まで降りるとくるりと振り向きひざまずく。

そしてきょとんとしている優花の足に躊躇ためらいがちに触れ折られた自身の膝の上にのせる。

驚きと照れていることによって顔一面かおいちめんを朱に染め、火照ほてったように熱を帯びる。

「ちょ……ちょっと何を「うるさい、少しこのままでいろ」

そうぶっきらぼうに言うと彼は自身の胸元をまさぐり小さな巾着きんちゃくを取り出す。

その中から丸く小さなうるしの塗られたの箱のふたをくるくると回し開ければつんとした匂いが辺りにただよう。

昔、どこかで嗅いだことのある独特どくとくの匂いでその箱の中身が用意に推測できた。

「薬だよね……ありがとう」

傷口にひんやりと塗られた薬は少ししみたがそれよりも今の優花にとってはその優しさが嬉しかった。


「で?祭りは行ったのか?」

薬を塗り終えた彼がまた箱を巾着にしまいながら世間話のように聞いた。

「行ったけどつまらなかった」

優花は人見知りな性格だったが、今ここではじめて会った彼に気さくに話せてしまう。

それは彼のぶっきらぼうな声の中に確かににじんだ優しさが妙に安心できたためだ。

「つまらなかった?なんで?」

彼は心底不思議しんそこふしぎそうに彼女に問う。

「祭りの醍醐味って思いつくものけっこうやってみたのにつまらなかったの。かき氷はとけてスーツを汚すしりんご飴で口紅落ちるしわたあめは風でなびいた髪につくし」

彼女はねるような口調で言う。

「金魚すくいしたら袖を濡らしてまで頑張ったのに取れなかったし、くじで引いたのはなんかよくわからないものだったし射的は当てたのに落ちないとダメだっていうし」

不貞腐ふてくされたように彼女はつらつらと不満を言い終えるとため息をつく。

「それでもどれも昔は楽しかったはずなのに……つまらない」

大人になったということなのかもしれないと心の中では理解している。

納得もしているはずなのにただどこかのどの奥に引っ掛かっている小骨のようなもやもやとした重たいなまりを心の中に飲み下せないでいた。

それがひどく不快ふかいで気持ち悪くて腹立はらだたしい。


「それはおまえが祭りの醍醐味をまだ味わってないからだろ?服が汚れる大歓迎だいかんげいだろ、今のおまえが間違いだらけの祭りをまわってんだ。祭りのせいにするなよ」

いさめるように彼に言われれば優花は少し気まずさと自分の幼さに対する恥ずかしさを感じ俯く。

「おまえ、名前は?」

彼先ほどの諫めるような口調よりもう少し優しさを強めた声でそう聞かれ優花は小さな声で名乗る。

「優花……」

彼はその名前にうなずくと面白いことを思いついた子供のような声で優花に手を伸ばす。

「よし!優花、今から本当の祭りってのを教えてやる!祭りの醍醐味はかき氷やら金魚すくいやらばっかりじゃねぇんだ。まだおまえ、焼きそばもラムネも食べてねぇ、ヨーヨー釣りも型抜かたぬきもしてねぇだろ?とりあえず、まずはその服の上からでいいから浴衣着るぞ!貸してやるからついて来い!ほら!」

楽しげにさしだされた手を思わずとる。

彼は優花の傷ついた足を気遣いながら石段を駆けていく。

彼がどこの誰なのか、不思議な衣装を身に纏った彼が本当に人間なのかさえ自分にはわからない。

ただ彼の後ろ姿を眺めながら彼がなにかこのもやつく感情を消し去ってくれるような予感がして、ただそれだけで心が踊った。

ひとりじゃないこと、誰かと笑い合うこと。

大人になっていく過程かていで自身でも気づかないうちにあきらめてしまっていた祭りの醍醐味を彼女はまだ知らない。


祭りのあと、少し風変ふうがわりで不可思議ふかしぎで特別で奇妙きみょうでそして最高の祭りが今この瞬間から始まるのだ。






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