春の手紙
月庭一花
はるのてがみ
はじめまして。
わたしはA県に住む女の子です。
先生のご本を読んで、初めてお手紙を書きました。先生の本は、……学校の図書館にある分は、ということですが、たぶん全部読んでいると思います。
どれもすてきなお話ばかりで、特に雪についてのお話が好きです。
わたしの住むところは雪が多くて、冬になると屋根よりも高く雪が積もります。雪かきの大変さを書かれているところなどは、うんうん、そうだよね、って。思わずうなずいてしまいました。
これからもすてきなお話をたくさん書いてください。どうか、長生きしてくださいますように。
お手紙ありがとうございます。
まさか先生からお返事がもらえるなんて思っていなくて、びっくりしました。お母さんにそのことを伝えると、お礼の手紙を書いたほうがいいよ、と言ってくれました。
それで、こうしてまたお手紙を書いたのです。ご迷惑ではなかったですか。
先生の本がまた、図書館に入りました。
今度のものは、外国の風習や伝説のことが書かれていて、とても興味深かったです。特に春になると消えてしまう雪娘のお話が、大好きです。
死んだ子どもに似せて作った雪像に、命が宿るお話です。でも、彼女はどうして火の中に飛び込んでしまったのでしょうね。自分が雪娘だと、知らなかったわけではないのに。
少し悲しいお話だったのですが、なぜか心に残りました。
お礼のしるしに、わたしの作った押し花を一緒に送ります。どうか長生きしてください。
こんにちは、先生。
先生からいただいた絵葉書は、机の前に貼って、いつも眺めています。
先生の生まれ故郷も雪の多い町なのですね。雑誌か何かのインタビューで読みました。
街路に照らされた雪の絵はとても寒そうなのに、どうしてこんなに綺麗なのでしょうか。
先生がこの写真の情景を見たのかと思うと、なんだか不思議な感じがします。
わたしは図書委員になりました。
まだ読んでいない先生の本を、司書さんにリクエストしています。
先生からのお手紙、とても嬉しいです。
いつまでもお元気で。どうか長生きしてください。
今日は、先生。
お誕生日のプレゼント、本当にありがとうございます。ククサという白樺の木のマグカップ。本当に本当に素敵です。
先生は海外に居を移されたのですね。
それも、雪の多い北欧にお住みなのですね。
わたしからの手紙は届きますか。
とても寒いところだとお聞きしています。
どうかいつまでも、長生きしてください。
お久しぶりです。
先生からのお手紙、とても嬉しいです。
でも、今回は随分とあいだが空いてしまって……少し寂しかったです。
もちろん、お忙しいのは重々承知しているのですが。
こちらは、今年も雪が多いです。
きっと先生のお住まいの国では、もっと、もっと降るのでしょうね。
雪が降るたびに先生を思います。
先日、先生が生まれた町を見に行きました。
街灯に照らされた、雪の降る町です。
本当に絵葉書の通りで……そこに先生がいないことがこれほど寂しいなんて、思ってもみませんでした。
いつか、先生の国に行ってもいいですか。
その日を楽しみにしております。
いつまでもお元気で。長生きしてください。
ご無沙汰しております。
卒業を機にF県Q町に移住しました。
そうです。先生のお生まれになった場所の、すぐ近くです。わたしの生まれたところと変わらずに、雪の多い町ですね。
先生の生まれた町で、わたしは新しい生活を始めました。信用金庫に就職したのです。名前を聞けば、多分あそこか、とおわかりになるかもしれません。
故郷を離れて暮らすのは、大変なのだと改めて思い知りました。遠い国で、先生はお寂しくありませんか。
いつかお金が貯まったら、先生に逢いに行ってもいいですか。
やはり冬の……雪の降る日にお逢いしたいと思うのは、贅沢でしょうか。
その日までお元気で。長生きしてください。
先生へ
仕事にもだいぶ慣れました。
日々、忙しく働いています。そんな毎日の中で、先生の本を読むことが、わたしの慰めになっています。
新刊を送ってくださり、ありがとうございます。素敵な装丁ですね。
英語で書かれているので……読むのに時間がかかっていますが、大切に読んでいます。
もう日本語で小説は、書かれないのでしょうか。確か、最後の物はエッセーでしたね。
その中で先生は、読者と作家は小説の中でいつも邂逅しているのだと、仰っておられました。わたしも、そう思うようになりました。
今年も雪が多いです。
先生が見たかもしれない景色を眺めながら、わたしは先生を想っています。
わたしたちは……小説を通して逢っているのですもの。寂しくないです。
お体に気をつけて。長生きしてください。
先生へ。
結婚のお祝いの品、本当にありがとうございます。頂いた子ども用の食器セットを眺めながら、早く生まれてきますように、と。ただそれだけを祈っています。
食器はわたしの誕生日に頂いたマグカップと同じように、木で出来ていて……わたしも年をとったのだと不思議な感慨が湧きました。
子どもが先だったので、結婚する際にはいろいろ言われたものですが、先生のお心遣いに随分と救われた気が致します。
長生きしてくださいね、先生。
先生へ。
悲しいご報告をしなければならいことを、許してください。
子どもが亡くなりました。
雪を捨てるために道端の暗渠の蓋が開いていて、誤って落ちてしまったのです。
子どもは遠く離れた場所で見つかりました。
とても寒くて、辛かっただろうと思うと、涙が止まらなくなります。
小さな棺には、先生から貰った絵葉書を入れました。わたしの宝物だからです。
先生、娘の分まで長生きしてくださいね。
先生へ。
先生が昔お書きになられた、雪娘の話を覚えていますか。死んでしまった娘に似せて作った雪像に命が宿る……というあのお話です。
わたしも真似をしてみたのです。
娘は今も外で、夫と雪で遊んでいます。
雪が降ると嬉しそうで。つい、わたしたちも嬉しくなってしまうのです。
娘は雪だるまを作り、かまくらを作り、わたしや夫と雪合戦をします。
娘が溶けてしまうので家の中に火の気はなく、とても寒いですが……苦にはなりません。
いつまでもこの幸福が続きますように。
先生もお元気で。長生きしてくださいね。
先生へ。
先生の故郷では春間近になると、火祭りがあるのですね。わたしは知りませんでした。
どうして知らなかったのだろうと、そう思うと悔いても悔いても、悔やみきれません。
先生は覚えていらっしゃいますか。冬囲いや注連縄を焼く、あのお祭りです。今でもこちらでは、続いているのです。
わたしの娘も、
「塞の神じゃ、大神じゃ、じいじもばあばも、ほこほこじゃ、来年むけや、十三じゃ……」
という囃子に乗って、出かけて行きました。
そしてそれきり、帰ってきませんでした。
大きな焚き火の跡近くに、あの子の衣服が残されていただけでした。
子どもの頃に読んだ、先生の物語を思い出しました。あのお話の中でも、雪娘は自分から火の中に飛び込んでしまったのでした。
どうしてでしょう。どうして、娘は火に寄って行ってしまったのでしょう。
わかりません。
わたしには今も昔も、わからないままです。
先生。どうか、長生きしてください。
先生へ。
あれから随分経ちました。
夫も亡くなり、わたしはまた、ひとりになりました。
わたし、思ったんです。
雪は、春になると消えてしまうんですね。
それが、自然の摂理なんですね。
ひとりで生活するのは困難で、この春から老人ホームに入所することになりました。
温暖な土地にある施設で、そこでは滅多に雪は、降らないそうです。
多分、これが最後の手紙です。
……長生きしてくださいね、いつまでも。
春の手紙 月庭一花 @alice02AA
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