初代神聖ラウラ皇帝記念武闘大会
新巻へもん
名誉か死か
俺は薄暗い通路を抜けて明るい日差しの中に進み出る。周囲を圧する大歓声に包まれながら、アリジゴクの巣に落ちた蟻の気分で空を見上げた。階段状の観客席はすべて埋まっており、吹き流しが林立している。俺から向かって左手のお偉いさんが鎮座する貴賓席を中心に俺の側は黒、反対側は赤い旗が打ち振られていた。
カンカンカンと鐘が打ち鳴らされ、観客席が静かになった。
「第5ブロックから勝ち上がったガーベイ属州出身のゴドリック。人呼んで荒野の重戦車!」
俺の名前を告げる進行役の声が響き渡ると、再び割れるような人々の声が沸き起こった。
「ゴドリック! ゴドリック!」
真っ黒な旗が大きく振られ俺の名前が連呼される。観客の興奮は最高潮に達していた。それと共に俺の体も高揚感に包まれる。両手で大きな戦斧を天高くつき上げて歓声に応えた。
「うおおおお」
腹の底から雄たけびをあげる。俺は巨大な競技場の反対の門に立つ俺と似たり寄ったりの大柄の戦士を見ながら自分に言い聞かせた。俺は最強だ。誰もにも負けない。勝つのは俺だ。勝つ、勝つ、勝つ。
今までと同様に自分に強く言い聞かせると力が湧きあがって来るのを感じた。神聖ラウラ帝国の20属州から集められた選りすぐりの戦士が莫大な報酬と名誉を賭けて戦う武闘大会の決勝戦。各属州の期待を背負った代表の5人の戦士が力の限りを尽くして戦ってきた。俺は6回勝ち抜き、決勝戦の場に進んでいる。
武闘大会は帝国の神聖皇帝が代替わりするときにだけ開催される唯一無二のお祭りだった。普段は表向きは禁止されている賭け事が公然と認められ、帝国市民は普段の貯えをここぞとばかりに吐き出している。仮に賭けに負けても心配はいらない。競技場の周囲の露店での食事はすべて無料。帝国が負担をするというから豪気な話だ。
もちろん、試合に臨んだ俺達にも料理と酒がふんだんに提供される。いつも腹をすかしている普段の生活からすれば夢のようだった。もっともいい事ばかりじゃない。勝てばいいが、負ければ厳しい現実が待っている。
選りすぐりの戦士同士が技と力を競う以上手加減なんかしてられない。負けは大抵の場合死に直結した。即死する場合もあれば、血を流し過ぎて試合後に死ぬ場合もある。運よく生き残っても五体満足なんてことはなく、何かしらの不自由を抱えて生きていくことになった。
勝ち残って栄冠をつかむのはただ一人。その一人を出した属州は、大会開催時の皇帝が在位中は税金が半分で済む。当然、優勝者はその属州では英雄扱いだ。もちろん、優勝者には帝国市民の地位が与えられ、快適な屋敷と芳醇な酒、山と海の豪華な食事が待っている。そして、両手に余る数の美女が与えられるのだ。
まさにこの世の極楽がすぐ目の前に広がっている。あと1回勝つだけで全てを手に入れることができるのだ。まったく、最高のお祭りじゃねえか。ご機嫌だぜ。再び俺は景気づけの雄叫びを上げる。
***
「うおおおお」
向かって右側の戦士が雄たけびをあげ、観衆が歓声を張り上げるのを聞きながら、貴賓席に座る威厳のある壮年の男が脇に控える怜悧そうな男に声をかけた。大きな声を出しているわけではないが低くよく通る声。人に命令するのに慣れていることをうかがわせた。
「シャロン卿。初代皇帝陛下はまことに英俊であられたな。このような仕組みを考案されるとは」
「はっ。公爵閣下の仰せの通りかと。代替わりの不安定な時期に属州の蛮族どもからイキの良い連中を集め、お互いに潰しあいをさせて力を削ぐ。同時に、帝国の無知な民衆も見世物と無料の食事で不満を忘れさせることができますな」
「さよう。経費は賭けの手数料で大部分を賄えるので支出は僅か。優勝者も放蕩の限りを尽くすせいか早死にするしな。これで我が帝国は平和と安定を末永く保てるというもの。まことに最高のお祭りだと思わんか?」
二人は始まったばかりの決勝戦の死闘にはさして興味も無さそうに視線を送りながら、顔には満足そうな笑みを浮かべていた。
初代神聖ラウラ皇帝記念武闘大会 新巻へもん @shakesama
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