リナリアに秘めて

玉露

01



絢爛たる舞踏会、上流貴族が集まるこの場に本来なら私はいなくてもいい。だが、それを承知で参加しているのはーー

くるりくるりとダンスホールの中央で物語から出てきたかのような美男美女が皆の視線を集め、華麗に踊っている。男性の方は闇夜を染めたような漆黒の髪、女性の方は月光を集めたような白銀の髪で並ぶと、月夜の如く絵になる二人だ。

曲が終わり、二人が礼を取ると拍手が湧いた。それらに優雅な笑みで応え、彼らはこちらにやってくる。

私は友人らとともに彼らを称賛で迎えた。


「お二人ともとっても素敵でしたわ」


「本当に、思わず見入ってしまって言葉も出ませんでした。ねぇ、ブリギッテ様」


「ええ、ゲルタ様。あまりに軽やかに踊られるので、イルムヒルト様が蝶のように麗しかったです」


友人のゲルタに振られ、頬を紅潮させ私は素直な感想を述べる。すると、手を口許に添え、イルムヒルト様が可笑しげに喉を鳴らした。


「ブリギッテったら、大袈裟ね」


「いいえ、本当に……っ」


お世辞と思われたのが心外で言い募ろうとすると、それだけで意を汲んだ彼女がふわりと微笑みありがとう、と言った。自分に向けられた笑みに、思わず惚けてしまう。


「では、俺は君がどこかに飛んでいかないよう、虫籠に捕らえておかなければならないな」


「あら、貴方という極上の蜜を知って他へ飛び去れるとお思い?」


「それは光栄だ」


甘やかな会話を目の前にして、友人たちは頬を染め羨望の眼差しを彼らに送る。私はそれに同調した風を装いつつ、簡単に彼女の関心を自分から奪われ内心落胆した。

奪った彼は常にイルムヒルトの関心を惹くというのに、僅かに向いた自分への視線すらすぐさま取り上げてしまう。もう少しの猶予をくれてもいいのではないだろうか。同性相手でこれなのだから、存外独占欲が強いと見える。

だが、彼はそれをして許されるのだ。何故なら、彼はイルムヒルトの婚約者であるヴィクトール殿下なのだから。この国の未来の王に、一介の伯爵令嬢の自分が否を唱えることなどできやしない。

臣下への挨拶があるから、と二人連れ立って去ってゆく。それを友人らとにこやかに見送った。


「はぁ、ヴィクトール殿下は本当に素敵ね。私もあんな甘い言葉を囁かれてみたいわ」


「イルムヒルト様がお羨ましいですわ」


「公爵令嬢のイルムヒルト様だからこそ、殿下に釣り合うのです。私たちでは釣り合いません」


侯爵令嬢以下の自分たちでは相応しくない。家格だけでなく、容姿も内面も含め彼女が素晴らしいからだ、と思いつつ口にすると、友人らは同意し溜め息とともに頷いた。

友人らと言ってはいるが、イルムヒルト様を通じて令嬢らと交流があるだけだ。それぞれの思惑があって、私たちはイルムヒルト様を慕い、友人のていをなしている。ただ、彼女に真に友人と思われているかは定かではない。取り巻きだと言われれば、肯定するしかない立場だ。

それでも、公爵令嬢イルムヒルト・ヒルトラウト・フォン・ヴォーヴェライトに憧れを抱いているという一点において、私たちは共通していた。


「……それでも、羨ましいですわ」


「ええ」


誰ともなしに呟かれた羨望に、私は肯定した。

羨望の相手が、友人らと異なると知りながらーー



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