アマツガミとクニツカミと人間

「だいたい!」


スサノオは酒を出雲大社の床にぶつける。


「だいたいよう、高天原(日本神話におけるクニツカミがいるところ)出身の神(アマツガミ)であり、ヤマタノオロチを倒した英雄でもある俺が祀られている八坂神社の開催する祇園祭が格式として上なのは当然の事だろう?この祇園祭だって俺の強さを地上の人間が評価し、疫病にも勝てるとして、始めた祭りだ。やはり、私の祇園祭が最高だ。ワハハハハハ!」


「何だよ、スサノオもう酔っ払ったのか」


菅原はやれやれという顔をした。


「インテリ野郎は黙ってろ、俺は酔っ払ってない」


クイッと一升瓶を持ち上げて、さらに喉に酒を流し込む。


「あんた、もうやめておきなよ」


クシナダヒメ(スサノオの妻)は一升瓶とスサノオの手にしがみついて制止する。


「離せ、女のお前は黙ってろ。ここはお前の出るところじゃない」


「なにさ。私は蚊帳の外って感じかい?私はあんたの膝の上にちょこんと座ってりゃいいって言うのかい?」


と言いながらも、クシナダヒメはスサノオの膝に渋々座った。


「おいおい、夫婦喧嘩はよしてくれよ」


大黒はほろ酔いながらに言った。


「今の論点は誰の祭りが最高の祭りかだろう、なあ、恵比須」


「そうさな。一つ気になんのは、スサノオがアマツガミだと言って、俺や大黒、大きく見れば、菅原もそうだが、地上出身の神(クニツカミ)を下に見てるって事だな」


「何言ってんだ!お前らクニツカミは俺たちアマツガミに従う事になったじゃねえか、国譲り(アマツガミに地上の統治を任せるとクニツカミが決めた儀式の事)の時だ」


「弟よ、何年前の事を言っておる。それから長い年月が過ぎて、そんな間柄だって、なくなったじゃないか。それに私、恵比須は元はアマツガミ。お前と同じ様に高天原から追放され、クニツカミになった。違うとすれば、お前は地上に降りてなおアマツガミとして名をはせ、その立場を笠に着たが私たちはクニツカミとして七福神として地上に名をはせた。特に大黒と私は商売繁盛の神として地上の民に信仰されてきた。信仰心を考えれば、我々七福神に軍配があがる。脳筋の弟とは違うのだよ。だから我々の神田祭が勝っておろう」


「生まれた時、醜いヒルの姿をしていた者に弟呼ばわりされたくないわ。恵比須、お前は母上と父上に捨てられたんだ」


「何だと!もう一度言ってみろ!」


ダンという音をたってて、菅原が立ち上がった。


「信仰心に重きを置くなら、私の天神祭が一番だろう。この中で一番、主神として祀られているのは私だ。ましてや、私は人間の身でおきながら、神格化された。神格化されたという事実は信仰の賜物である。それに商売は誰しもが携わるものではない。それに対して、私は学問の神。人類が永久にしなければいけない学業を司っているのだから私の天神祭が勝っている。中高生からの絶対的な支持は持っている。教科書に載っているのはこの中で私だけだろう」


「たかが人間が神に供物を捧げる本来の「祭」に口を出すこと自体がまず可笑しいのだ。君はどこまでいっても人間だろう?つまり、菅原、お前は俺たちの供物の一部に過ぎない」


恵比須が薄ら笑う。


「それを言うなら、ここで言い争っている私たちは皆、神だが高天原との繋がりを絶たれた神じゃないか。つまりは皆、クニツカミじゃないか」


菅原が反論した。


「何を!俺は今でもアマツガミだ。薄汚いクニツカミ、敗北者のクニツカミとは違うのだよ」


スサノオが憤りを露わにする。


「「何だと」」


他三人が怒りを露わにして、互いにおでことおでこをくっつけ合った。


「ちょっと、あんた達、落ち着いて。一旦、皆さんの言い分を紙にまとめましょう。これじゃあ、埒が明かないわ」


そう言うと、クシナダヒメはスサノオの膝から降りるとちゃぶ台を持ってきて、その上に紙を敷いた。


「まず、スサノオ、私の夫の言い分はこう」


『アマツガミという地位を持ち続けられているのだし、人減から英雄とうたわれ、格式と地位という点で秀でている』


「大黒様、恵比須様の言い分はこう」


『元アマツガミである事に慢心せず、クニツカミとして、地上の民に寄り添ってきたし、人間から商売の神として重宝されてきた点が秀でている』


「菅原様の言い分はこう」


『人類皆が通る学業を司る神で元が人間でもあり、人間の教科書に載るほどに信仰の対象と化し、国内でも多くの神社を所有している』


この三文を紙に書いた後、クシナダヒメはある事に気が付いた。


「ちょっと、あんた達。これを見て気が付くことはない?」


「気が付くって何にだよ、クシナダ」


「私にもさっぱり」


「我々にも分からぬな」


「全くもう!こんなに神が集まっても気が付かないなんて、神様辞めちゃえば!」


突然のクシナダヒメの怒号に一同は驚いた。


「お前は気が付いているのか」


恐る恐るスサノオが聞く。


「ええ、この主張って全部、人間視点なのよ。スサノオを英雄だと思うのも人間。大黒様、恵比須様を商売の神様と思うのも人間。菅原様を神格化したのも人間。つまり、この祭だって人間が作り出したものなのよ。私たちを神たらしめているのは、人類からの信仰。つまり、私たち、神は人類に依存しているの」


「そうか、長い事、この祭が行われ、我々の力故だと、思っていたが。これらの祭が長きに渡って行われ続けたのは、人間の力故だったのか」


菅原がはたと気が付いたように口を開いた。


「そう、彼ら、地上の民、人類のおかげで、祭は続いてきたの。そして、その中でも秀でたものを日本三大祭りとした」


クシナダヒメが続ける。


「どれが秀でている訳じゃない。全てが要所要所で最高の祭なのよ」


「なんだよ。言い争っていたのが馬鹿みたいじゃないか。全て人間ありきなら、我々がどうこう言ったところで変わらないな」


スサノオがまた酒をぐいっと飲み、一升瓶を飲み干す。


「「唯一出来る事は、毎年祭りを行ってくれる人間に感謝を込めて、力になってやることだな」」


大黒と恵比須が口をそろえて言う。


「最高の祭りは人類一人一人が持っているものなんだな。それでは、今年はこれで解散にしますかな。お互いに人類に幸をもたらしていこう」


最後に菅原がまとめて、皆が


「おう」


と答えた。


そうして、神無月の間、永遠と続いた「日本一の祭り問題」は決着したのであった。

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神々の「日本一の祭り問題」会議 千代田 白緋 @shirohi

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