34:03
紺藤 香純
34:03
10:03
パソコンの画面に現在時刻が表示される。
タイムカードであるICカードを機械に乗せ、“夜勤退社”をクリックすると、“34:03 夜勤退社されました”と表示が変わった。
「おつかれさまです。お先に失礼します」
日勤の職員に挨拶すると、入居者の皆様も「おつかれさま」と手を振ってくれる。
「かすみちゃん、ありがとうね」
「かすみくん、気をつけてな」
私は入居者様にも手を振り、ロッカールームに向かった。
窓から差し込む日光が眩しい。スクラブのスナップをひとつ外すと、体が軽くなった気がした。
一晩、何も起こらなくて良かった。入居者様の状態が悪化したり、事故報告書を書かなくてはならなくなると、鬱々とした気持ちを引きずって帰宅してしまいがちだから。
34:03
その時刻を見ると、一気に緊張の糸が切れる。
介護職の夜勤業務は職場によって勤務時間が異なるが、うちの職場は16時から翌日の10時が夜勤の出勤時間だ。休憩時間は2時間。2日間一気に働くようなものだ。
休憩時間の2時間は仮眠に費やしても、仮眠後の起床介助は体力勝負だ。その後は朝食の食事介助。夜勤記録の作成。申し送り。それらの合間に排泄介助。最後まで気が抜けない。
その反動か、34:03の時間を見ると、仕事から解放されたと実感する。
介護の仕事が嫌いなわけではない。入居者様は眠っているときにどんな夢を見るのだろう、と考えることがある。夢から覚めても入居者様か絶望しないように気持ちを汲んで介助するのが我々の仕事だ。でも、ずっとその頭でいると、いつか自分が壊れてしまう。
だから、退勤後は思い切り仕事のことを忘れるようにしている。
タイムカードを切ったら、至福のひとときの始まりだ。
帰り道、コンビニで買い物をする。
コーヒーとスイーツ、菓子パン、ホットスナック。スイーツがアイスクリームになったり、菓子パンがカツサンドになったり。その日によってチョイスは微妙に変わる。合計で1,000円を超えてしまうこともある。
コンビニの袋を下げて、ひとり暮らしのアパートに帰る。
シャワーを浴びて着替えたら、昼間から炬燵に入り、テレビとビデオデッキの電源を入れる。今はビデオデッキと言うのかな。
録り溜めたドラマを見ながらコンビニで買った食料品を貪る。食べ終わってお腹いっぱいになったら、炬燵に横になって好きなだけ眠る。あるときは、夕方まで。あるときは翌日の朝まで。
夜勤明けの次の日は、よほどのことがない限り、休日になる。
だらだら過ごす夜勤明けの午後。
私を咎める人は、誰もいない。
明日は何をしようかな。遅くまで寝ていようかな。そんなことを考えている間に、睡魔は襲ってくる。
34:03
なぜ夜勤明けの10時を34時というのか、知らない。
34:03
仕事から解放されるタイミング。
34:03
緊張の糸が切れるタイミング。
34:03
その時間は、私にとって至福のひとときの始まり。
34:03
私にとって、最高のお祭りの始まりである。
34:03 紺藤 香純 @21109123
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