小さな村のお祭り

天雪桃那花

またお祭りをやろうか

 目の前には、長閑のどかな風景が広がる。

 そんなに高くはない山々が村の背後に並び、なだらかな平野が続く。


 河原には春を報せるフキノトウに土筆つくし

 土手に咲くオオイヌノフグリのちっちゃな花やたんぽぽが、そよいだ風に揺れている。


 まだ準備段階の田んぼや畑が見える。

 全国でも上位に入るほど澄んだ川が流れて、少し先には太平洋の大海原に出会える。



 ここは四国の過疎化した村だ。

 住むのはお年寄りばかりで、村民の平均年齢は高い。

 若者の多くは、村に高校も大学も無いから進学のために村を出て、そして働き口が少ないから職を求めて街や大都市に行ってしまう。


 私もそんな一人だった。


「帰って来たんだ、私」


 あんなに故郷ふるさとを出たくて離れたかったくせに。

 都会に恋い焦がれて、憧れや夢を持って、村の外に逃げるようにして上京したのだけれど……。

 

 私は進学をチャンスに、それを口実に家を出て東京の大学に進んだ。

 そのまま東京近郊の県で就職をした。

 血気盛んな若さがあったからかな。

 のんびりとした平穏さを退屈に感じて、その時の村の『普通』の暮らしから逃げ出したかったんだ。


「疲れちゃった。結局どこも私には合わないのかな」

 窮屈だったのは私の気持ち。

 そうか、村が窮屈で狭いわけじゃなかったんだ。


 だってこんなにも自然がいっぱいで、広々としている。


 空が。

 遠くて、青くて濃い。

 鳥の鳴き声がする。


 私は畦道あぜみちを歩く。大きなスーツケースに小さなトランクを縛りつけた大荷物を引っ張りながら。

 重い荷物は、はめられた足枷のように不自由さと滅入った気分に拍車をかけていた。


 久しぶりの村の空気を思いっきり胸に吸い込み深呼吸をする。大地の感触を確かめるように一歩一歩ゆっくりと歩いた。

 見慣れたはずの景色をじっくりと見渡す。


 長女として、当たり前のように我慢して、当たり前のように兄弟の面倒を見て両親の手伝いをした。


 今思えば、村での生活ではなく、家の中が私には居心地が悪かったんだ。

 いつもいつも受け身だった。

 周りに合わせて、へらへら笑って愛想笑い。

 大人しすぎて何考えてるか分からないとか、同級生や友達にもしまいには家族によく言われていたっけ。



 夢を持って都会に出て、憧れの土地に住んで暮らしたけれど。仕事に行き詰まり失恋もした。辛いことが重なって、疲れきって、心が折れた。


 ――帰って来ちゃった。


 懐かしいなぁ。

 古い平屋の造りの実家に着く。

 ふぅ。

 玄関先でため息をついてから、チャイムを鳴らそうとしたところで後ろから声をかけられた。


璃歩りほ〜!」

 振り返ると、よく陽に灼けてますますたくましくなった幼馴染みの顔があった。

 会うのはいつ振りだろう。成人式以来かな?


剛志たけし

「お帰り。今日帰って来るって聞いてたから」

 変わらないな。剛志の笑顔。

「ただいま」

 私は、剛志が一足先に都会から村に帰って来たことを、母から聞いていた。

 狭い村だ。話はすぐ広まる。


「あとで、飯、食いに行こう。靖夫やすおが酒屋の一角で立ち呑み屋始めたんだ」

「私、お酒飲まないよ?」

「靖夫んトコ、干物定食も美味いぞ。久しぶりに会ったんだ。話したいこともあるし」

「話したいこと?」

 私は訝しげに剛志の顔を覗き込むと、彼は赤い顔して慌てた様子を見せた。

「まっ、まあ、相談があって」

「相談?」

 剛志が私に相談ごと?



 ✻✻✻✻✻



「ほら、鰹のタタキだ」

「わ〜、美味しそう」

 私と剛志は、小学生の時から仲の良かった靖夫のお店に晩御飯を食べに来た。

 靖夫は実家の酒屋を継いで、お店を改造して、開いたスペースに立ち呑み屋を開いていた。


 鰹のタタキにはたっぷりと生姜や小葱、にんにくがかかっていて、食欲がそそられる。

「「いただきます」」

 わらあぶった鰹の刺し身が厚めに切られていて、食べごたえも充分。

 美味し〜い。

 私はゆずの炭酸ジュースをごくごく飲んで、剛志はビールを飲んだ。


「刺激を求めて都会に出たけど、結局俺も剛志も、そして璃歩りほもここに帰って来ちゃったよな」

「そうなんだよね、疲れちゃって。帰る所があって良かったなって身に沁みた」

「なあ、璃歩は村の役場で事務仕事するんだろ?」

「うん。親が心配して、お婆ちゃんの知り合いが役場で働いてたから推薦してくれた。まあ、バイト扱いだよ。……私、鬱病になっちゃったからさ。働き続けられるか心配で。リハビリのつもりで週三のバイトにしてもらった」

「「璃歩りほ……」」

 気の毒そうにする剛志と靖夫の顔がちょっと居心地が悪い。

「やだあ、二人とも。しんみりしないでよ。さあ食べよ、食べよ」


「そうだ。これ見て」

 剛志が私に、一枚の紙を渡して来た。手書きでカラフルな花火のイラストと見出し。

「なにこれ? 春祭り?」

「親たちも年くって来ただろ? 村じゃもう何年も祭りが出来てないんだ。川原で花火を何発か上げる。神社の境内で露店をいくつか出して、昔、やってた祭りを俺たちでやるんだ」

「へえ、面白そう」

「村じゃ力仕事が出来る若者が少なくなったき、あちこち声をかけて人を集めたんだ。年取ってきたおばちゃんやおんちゃん(おじさん)らも喜ぶと思うんだよね」


 標準語に時々方言混じりになる剛志は、活き活きと喋る。

 私は方言に戻るだろうか。家族には方言のアクセントがすっかり下手くそになったと、からかわれたけれど。


璃歩りほも手伝え。なっ?」

 ニッコリと笑い、剛志の目の奥はキラキラと力強く輝いている。イヤとか、否を言わせてもらえる雰囲気ではなかった。

「うん……私にも何か出来るかな?」

「出来るさ! 仕事終わってからみんなで集まって色々準備するからな。璃歩りほは器用だし、人当たりも良い。充分戦力になるよ。なにより、祭りをやって花火を見たら璃歩だって楽しいから」

 私は、自信なさげで暗い表情だったのだろう。

 落ち込んでる心を見通すかのように、剛志は明るすぎるぐらい明るく励ましてくれた。

 ビールを追加オーダーした剛志はご機嫌な調子の声音で笑っていた。



 ❀✿❀



 規模は小さいが、村の小さな神社で春祭りが始まった。ちょうど村のあちらこちらでは桜が満開になっていた。

 神社の敷地の桜も満開を迎えていた。


 綺麗だ。とても。

 風で桜の花が散る。花びらが舞う。


 神社の境内には、村民たちが作る屋台が並びました。


 神社には大勢の老若男女が集まって、お囃子が流れていた。楽しそうな人々のお喋り、ワイワイととても賑やかだった。

 毎年夏に行われていたお祭りを思い出していた。

 違うのは季節だけ。

 今は春の始まりで、桜が咲いている。


 私は感極まっていた。

 資金集めから始めた剛志や靖夫や、同級生たち。

 私は途中参加で会場の飾り付けや学校から借りた白いテントを張ったりした。実際に開催する側になって、大変さを知った。子供の頃は当たり前にあったお祭り。大人たちが一生懸命開いてくれていたんだ。


「田舎だって良いだろ?」

「剛志……。うん、そうだね」

 私の横には、いつの間にか剛志が立っていた。剛志は背が高いな。

「大都会に出たらここの良さが沁みじみ分かるよなぁ。おっ、そろそろ花火が上がるぞー」

 私は陽気な剛志を見上げるように眺めた。

 ほんわか、胸があたたまる。


「剛志、ありがと」

「んっ?」

「ありがとう、誘ってくれて」

「……俺だって助かったよ。ありがとう。さぁ、焼きそばでも買いに行くか?」

 その時、打ち上げ花火が上がった。

 ドーン! と、お腹に響く打ち上げ花火の音は、私の心のもやもやを吹き飛ばしてくれた。晴々とした気分だった。


「またやろうな。お祭り」

「うんっ。今日は最高のお祭りだったよ。村が活気づいて、若い人がもっと戻ってくるようなコトやりたいね」

「おぉっ! 璃歩がやる気だっ!」

 ハハハッと豪快に笑う剛志につられて私も笑った。心からわくわくと楽しい気分だった。


 剛志が手を差し伸べてきた。

「手、手ぇ繋ぐか?」

「えっ?」

「……はぐれないように」

 おずおずと私が手を差し出すと剛志はそっと握り締めてくる。


 薄暗い提灯の光でははっきり分からなかったが、私の手を握る剛志の顔は蒸気して真っ赤な気がした。


 楽しげで浮かれる、たくさんの老若男女の村人たち。


 私には村がちょっぴり元気になったように見えていた。



      おしまい


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