軌道エレベーターコンテスト
草薙 健(タケル)
十回目のお祭り
「さぁ、今年もやって来ました。最高を目指すお祭り、キャッチフレーズは『高さはロマン』! 軌道エレベーターコンテストのお時間です!」
「今回は記念すべき十回目です。夏の風物詩としておなじみになりましたね」
「わたくしも毎年毎年楽しみで仕方がありません。
解説は、軌道エレベーターコンテストと言えばこの方。材料工学がご専門で、チームの細かすぎる解説でおなじみ
「よろしくお願いします」
「実況はわたくし越智が、今年も担当させていただきます。さて、ここで競技ルールを確認しておきましょう!」
このコンテストは、将来的に建造されるであろう軌道エレベーターの基礎技術を確立すべく、そのアイディアを競うものです。
参加チームには、制限時間内にできるだけ高い構造物を設置していただきます。そして、エレベーターと呼ばれる一人の人間が到達できた最高の高さを計測し、記録とします。
コンテストには人力部門と大規模コンストラクション部門があり、制限時間が異なります。
人力部門の制限時間は、構造物設置とエレベーターの上昇時間、両方を含めて一チーム一時間です。もし人間が落下したり、構造物が崩壊した場合は失格となります。
大規模コンストラクション部門では、構造物の設置は一ヶ月間。エレベーターの上昇時間は一時間となっております。
「今年はあいにくの雨模様、さらには台風接近で開催自体が危ぶまれておりますが、果たしてどんなドラマが待ち受けているのでしょうか!? 第十回軌道エレベーターコンテスト、スタートです!」
――人力部門
「まずは『人力部門』です。登坂先生、解説をお願いします」
「はい。人力部門とは、文字通り軌道エレベーターを人の手だけで作っていき、その完成度を競う競技です。また、軌道エレベーターを登るのに動力を使ってはいけません」
「つまり、作るところから登るところまで、全て人力でなければならないということですね?」
「その通りです。使える道具はルールによって厳しく制限されており、チームの発想力が試されます」
「毎年、創意工夫がこらされた軌道エレベーターが登場します。今年は一体どんなものが現れるのでしょうか?」
プラットフォームにおりますのは――エントリーナンバー一番、帝仁大学工学部『エヴェレット』。エレベーターは、
「先陣を切るのは、初出場のこのチームです」
「エヴェレットというのは、『エヴェレットの多世界解釈』として有名な、あのエヴェレットが由来となっているそうです。エレベーターとかけたダジャレですね」
「まさかのダジャレ……になっていない気もします!」
「『エヴェレットの多世界解釈』とは量子力学の観測問題における解釈の一つでして、私たちの発想は多岐にわたるぞ! ということを主張したいようです」
「なるほど、どうでもいい解説をありがとうございました。さて、パイロットの方にインタビューしたいと思いますが……プラットフォームの
「はーい、プラットフォームの麻美でーす! 私の隣には、エレベーターの
「は、い、いえ。あー、き、キンチョーる?」
「緊張しすぎてて何を言ってるのか全くわかりませーん。こちらからは以上でーす!」
「ありがとうございました。それでは、いよいよ競技開始です!」
三、二、一……ゲート、オープン!
「さぁ、始まりました。おーっと? 何やらメンバー全員で大きな筒状のものを運んでいますよ? 直径は二メートル、高さは三メートルくらいあるでしょうか?」
「何やらバームクーヘンというか木の年輪というか、上から見ると何十ものわっかの筋が見えますね。これから何が起こるのか、ちょっと想像がつきません」
「さぁ、プラットフォームの真ん中へ謎の物体を運び終わりました。メンバーが何か道具を次々と運び入れています。あれはなんでしょうか……? あぁ! どうやら、自転車の空気入れを大量に持ち込んでいるようですよ、登坂先生!」
「なるほど、あらかじめ用意しておいた構造物の中に空気を送り込んで、棒を上に伸ばす作戦とみました」
「流石は先生、見抜くのが早い! おーっと、ぐんぐん棒が天に向かって伸びていくぞー!」
「思ったより高そうですね。三十メートル、いや、四十メートルはありますか」
「去年の優勝記録が十八メートル三十八センチであったことを考えると、これは大きく記録を伸ばしてきそうだ!」
「しかし……どうやってエレベーターは昇るんでしょうか? 見たところ、昇降台や梯子のように掴めるところがないようですが」
「さぁ、どうやら棒が伸びきったようです。エレベーターの鴻上くんが深呼吸した。
……おーっと! 棒に抱きついた! 木登りだ! 木登りの要領でどんどん昇っていくぞー!」
「ここにもう一工夫欲しかったですね。最初から先端部分に抱きついておけばよかったのではないかと思うのですが」
「登坂先生の厳しいツッコミが入ったぞ! しかしそんな批判をものともせず、エレベーターの鴻上くんはあっという間に頂点へ到達しました。ルールでは、一番上の地点で十秒静止しなければなりませんが――やりました! 審判により記録が認定されました!
さぁ、気になる記録の発表を待ちましょう」
素晴らしい記録が出たようです。
帝国大学工学部『エヴェレット』、
四十三メートル三十九センチでした!
「おぉー、新記録を樹立です! 初出場チームがやりました!」
「エレベーターの登り方にはもう一工夫欲しかったですが、構造物をあらかじめ組み立てておいて空気を利用するという発想は見事でした」
「珍しく登坂先生からお褒めの言葉が聞けました。さぁ、この記録を抜くチームは、今後現れるのでしょうか!?」
――ダイジェスト
東京消防庁『出初め隊』――梯子乗りの要領で順調に高さを出すも、エレベーターの自重に耐えられず梯子が崩壊。失格。
市民サークル『子供だって登れるもん』――エレベーターはなんと六歳児。レ○ブロックを積み上げて登頂を目指すも、雨が降り始めたため、安全上の理由から競技審判よりストップがかかり失格。
小坂大学『堺・歯車の会』――伝統芸の歯車クレーンを自作し、カーボン製の
「優勝は、帝国大学工学部『エヴェレット』でした! おめでとうございます!」
――大規模コンストラクション部門
「登坂先生。大規模コンストラクション部門を簡単にご説明願えますか?」
「はい。大規模コンストラクション部門は、構造物設置期間が一ヶ月間と非常に長く、人力部門と比べてより大規模な軌道エレベーターを建造することが可能です。
年々その規模は巨大化しており、去年はついにルール上の安全限界である千メートルに二チームも到達するという、前代未聞の事態が発生しました」
「そこで、今年からはルールが改正されたんですよね?」
「その通りです。今年から、安全限界が二千メートルに拡張されました」
「二千メートル! それは凄い!
さて、このように競技の規模が大きくなった結果、年々エントリーチームが減ってきております。そんな状況でも果敢に挑戦してきたのは、次の三チームだ!」
エントリーナンバー一番、東南大学『Elevenaut』。
エントリーナンバー二番、日帝大学理工学部『昇降機研究会』。
エントリーナンバー三番、産学連携プロジェクト『エレベーターマン』。
「ここで、『Elevenaut』の会場にいる麻美ちゃんを呼んでみましょう」
「はーい。見てください、この巨大な構造物! きゃっ、風強い! メンバーの方に話を伺うと、なんと限界ギリギリの二千メートルにチャレンジしているということです!」
「麻美ちゃん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です! 『Elevenaut』の面々はこの強い風の中、二千メートル登頂に向けて気合いは十分でーす!」
「風が強そうでしたね」
「おっとここで、その気になる天気の情報が入ってきました。心配された台風ですが、やはり専用会場に直撃コースで向かっているとのことです」
「あら、それは問題ですね。大会史上初めてのケースになりそうです」
「はい。現在、審判が競技を開始するかどうか協議している模様です。皆さん、しばらくお待ちください」
――一時間後
「あーっと、正式にアナウンスがありました。中止です! 軌道エレベーターコンテストは、台風接近により安全性を確保できないとの理由により、キャンセルとなりました!」
「これは残念です。今年も最高のコンテストになると信じていたのですが」
■■■
参加者の反応は様々だった。
「くそっ! この日のために寝る間も惜しんで準備したと言うのに……!」
と言いながら、涙を流す者。
「新素材まで開発したというのに……」
ただただ呆然とする者。
「このプロジェクトのコスト、二百億だぞ!? このままだと我が大学は破産だ! どうしてくれる!!」
などと怒り狂う者。
少なくとも、喜んでいる者など一人も居ないことだけは確かだった。
こうして、第十回軌道エレベーターコンテストは消化不良のまま幕を閉じた。参加者に史上最悪の印象を残して。
■■■
評価が一転したのは、数年後のことだった。
新聞の見出しに、次のような文言が踊る。
『前代未聞! 建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞に『第十回軌道エレベーターコンテスト』が選出! 個人以外の対象としては初の快挙!』
選考委員の一人は、「二千メートルという高層構造物を短期間に同時に三棟も建造し、台風という危険によっても安全性が脅かされることは一切なかった。人類史上希有な業績であり、賞を個人に与えるという常識を捨て去るべきだと判断した」とメディアの取材に応じた。
こうして、軌道エレベーターコンテストは、建築界史上『最高の祭り』として認知されるようになった。
(完)
軌道エレベーターコンテスト 草薙 健(タケル) @takerukusanagi
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