最終話 「二人で」

 服を受け取った俺は、一度宿に戻って部屋にしまってから、再び外出した。向かう先はお屋敷だ。貸してもらったホウキの試運転も兼ね、門を出てから乗っていく。

 そこで、南門を出た俺は、さっそくホウキにまたがろうとし……門衛の方に声をかけられた。


「長いですね」

「試作品なんです」

「へぇ~、色々出ますね!」


 仕事柄、こういうホウキを目にすることが多いのだろう。興味津々といった様子で、こちらに目を向けてくる。

 彼の指摘通り、ホウキは確かに長い。もっとも、それは当たり前だ。そういう風に作ってあるんだから、一人で乗るには持て余す長さだ。

 ただ、設計がうまいようで、一度空に上がると違和感はなく操れた。これから明日からも安心だろう……たぶん。

 まぁ、少しぐらいトラブるのも、旅の味わいってものか。


 お屋敷に着くと、庭ではマリーさんとレティシアさんが花の手入れをしていた。空から近づいていくと、レティシアさんが笑顔で駆け寄ってくる。


「お師匠様、ご無沙汰しております!」

「お久しぶりです。こちらへは、いつ?」

「先週です。またご厄介になることになりまして」


 レティシアさんの侯爵家については、恩赦が出ている。空の脅威を一層した件に絡んだものだ。その件に際し、侯爵家から追放される形になっていた前当主閣下が、大きな戦功を収められたから、というのもある。

 じゃあ、なんでレティシアさんがこっちに居るのかと言うと、俺は知らない。聞き方には気をつけようと思い、言葉を探していると、マリーさんが先手を打ってきた。


「まだ、こちらで学ぶべきことがあるとのことで」

「……なるほど」

「主に、私の料理技術などですね」


 冗談めかして言う彼女に、レティシアさんは「それもあります」と素直な感じで応じた。その言葉を受け、マリーさんは少しドヤ顔で構えている。楽しそうで何よりだ。

 学ぶべきことっていうのは、きっと政治だとか世の流れのことだろう。地方への権限移譲が少しずつ進む中でも、他国とのつながりは、依然として王都が強い。

 他に、彼女が学ぶべきことと言ったら……。


「あまりお師匠様らしくなくて、申し訳ないです」

「いえそんな! でも、武勇伝は聞かせていただきたいです」

「……明日から、少し長旅に出る予定でして」

「では、その話も一緒に」


 そう言って目をキラキラさせて問いかけてくる彼女に、俺は「もちろん」としか返せなかった。

 それから俺は、二人に軽めのお別れを告げてから、中へ入った。

 マリーさんが言っていたとおり、ご夫妻は食堂でお待ちで……対面すると、ものすごく緊張する。イスに座った俺は、気分を落ち着けるために何度か深呼吸をした。すると、奥様が楽しそうな声音で話しかけてこられる。


「気分は最終決戦ってところかしら?」

「似たようなものですね……」

「そこまで畏れるものでもないと思うけど……あなたらしいと言えばそうかしら?」


 そんな言葉を交わして、少し気がラクに……なったわけでもないけど、俺はハラをくくって言った。


「二人で、明日発ちます。娘御をお預かりする形になりますが……」

「婚前旅行?」

「……その時はその時で、なんて思ってます」


 すると、奥様は「欲張りね~」と、楽しそうに仰った。

 一方、閣下はずっと静かになさっている。お顔の方はなんとも神妙な感じで……緊張してくる。そして、閣下が口を開かれた。


「リッツ」

「……はい」

「楽しんできなさい」

「……はい!」


 色々と思う所がお有りのように思われたけど、閣下からのお言葉はそれだけだった。ただ、話はコレで終わらず、奥様が俺に尋ねてくる。


「リッツ、右手は?」

「……随分良くなりました」

「一応、見せてもらえる?」


 言われるがままに、俺は右手をテーブルの上においた。

 奴との戦いで無茶させた右手は、骨やら何やらの内部は大丈夫だったけど、表皮がメチャクチャになっていた。幸いにして、あの時かき集めたマナは表皮のすぐ下辺りに集中していて、おかげで奥までは傷まなかったようだ。

 それで、今では特に違和感なく手を動かせる。負傷の具合が不均一だったせいか、そういう傷跡らしきものがまだ癒えていないけど。

 そんな俺の右手を見つめ、奥様は短いため息の後に仰った。


「あなたに預けるの、少し不安かも……」

「そ、それは……」

「冗談よ。でも、ケガには気をつけて。二人で無事に帰ってきて。いい?」

「はい」

「……いえ、旅先で落ち着いちゃうってのも、それはそれでって感じね」


 どこまで本気かわからないお言葉に、俺はなんともいえない笑みで答えた。



 翌日、宿のみなさんとも、これで少し長いお別れになる。


「お土産買ってきますね」

「別に、気を使わなくても」

「じゃあ……」

「要らない訳じゃないからね?」

「リストでも作ろう」


 まるで仕事のノリで、手際よく希望の品がリストアップされていく。特に行き先を決めてないって、さっき言ったばかりだってのに。

 そんな同居人のみなさんの様子を、ルディウスさんとリリノーラさんは、微妙な笑みで見つめている。


「お二人の分も、買ってきますからね」

「えっ、いえ、そんなお気遣いなさらず……と言っても、きっと買ってきて下さる感じですね」

「そりゃあ……」


 俺に頼む土産で盛り上がるのを横目に、言葉を返した。さすがに、お世話になっている方だけナシっても。結局、同居人のみなさんの勧めもあって、宿のお二方も希望品リスト作りに加わることに。

 しかし……資金的な心配はないけど、物量的な心配はある。まさか、そのために転移門を使わせてもらうわけにもいかないし……その辺は二人で考えるか。


 そんな朝食の後、俺は身支度の最終点検を済ませ、改めてお二方に挨拶してから宿の外に出た。

 そうして向かう先は、王都南門の外だ。門から出て、城壁沿いに回り込んだ所へ歩いていくと、先に彼女が待っていた。


「おはようございます。そのホウキが、例の?」

「はい。うまく乗れるか、ドキドキしますね」


 試作版ってことだけど、工廠の職員たちはうまく乗れているという話だ。ただ、彼女らは彼女らで、試作と試乗に慣れすぎて、そういう技量が妙に高まっている感がある。

 ただ、ホウキに乗る前に、一つ。俺は小脇に抱えてきた上着を、彼女に手渡した。


「これは?」

「いえ、出先で男物みたいなのを着てれば、目立たないだろうと。もう王都じゃ通用しませんけど……」


 とは言ったものの、そんなのは彼女も先刻承知だ。すでにそういう、変装みたいな格好をしている。俺が、本心から逃げている。彼女も俺の服を見て気づいていることだろう。少し息を深く吸い込んでから、俺は言い直した。


「どうせ男物を着るなら、同じ物がいいなって」

「……ええ」


 彼女は胸の前で服をぎゅっとした後、いそいそと羽織り始めた。


「こうして一緒の服だと……友だちみたいですね」

「まぁ、そうですね。着心地は大丈夫ですか?」

「ええ。快適です」


 エスターさんが選んだ服だし、別に心配はしていなかったけど、実際に気に入ってもらえたのは何よりだ。

 それから、俺たちはそれぞれハーネスを装着し――二人で結びつけて、ホウキにまたがった。二人乗り用に作られた試作品に。


「せーの、で上がりましょう」

「はい」

「じゃ……せーの!」


 息はピッタリだった。杞憂を置き去りに、滑らかな動きで空へと上がっていく。初っ端からつまづかずに済んで何よりだ。

 このタンデムホウキは、前の奴が進行方向を操る作りになっているという話だ。それで、俺が前に乗っている。


「どこへ行きます?」

「そんなに深く考えてないんですけど、クリーガあたりでも行ってみようかと」

「クリーガに?」

「ウィンたちがどんな感じかなと」


 ウィンは色々考えた末、あちらに一時滞在すること決断した。文通していたクリスさんと、本当に交際するためだ。お相手も実際にその気だったようで、相思相愛って所なんだけど……。


「最終的に、どっち側に住むんでしょうね」

「あなたはどう思います?」

「……両都市を行き来するとか?」


――なんて、人の未来に考えを巡らせているけど、自分たちのことも考えないと。


 今の貴族が、お役目から開放され、家系に縛られなくなりつつあり……俺は、アイリスさんと正式にお付き合いすることになった。そのために積んだ勲功もあって、誰もそのことに反対はしてこなかった。

 ただ、いずれは結婚するつもりでいるけど、まだその時じゃない。


「こういうの、順番が大事ですからね」

「単にデートしたいだけですよね?」

「違うんですか?」

「……私だって」


 微妙に友達以上みたいな関係を続けてきて、それからいきなり夫婦ってのは……なんていうか、ちょっとなあって感じだ。せっかく自由恋愛できるようになったんだから、そういう過程がほしい。

 だから、きちんと結ばれて夫婦になる前に、まずはきちんと付き合って恋人同士になる。

 ただ……クリーガの後のデートコースは、本当に何も考えていない。まぁ、その場その場で考えればいいか。

 一緒にいられるなら、それだけでいい。どこへだって、君と一緒なら。

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いつかの魔法 紀之貫 @kino_tsuranuki

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