最終話 永い旅路へ
「……オン! リオン!」
目が覚めると、眼前にレナの顔がある。
必死に呼びかける姿は、見ている方が痛々しいくらいに切実だ。
リオンは身体を起こし、自分がレナに膝枕されていたことに気づく。
だがそれ以上にリオンの脳内は混乱していた。
「ここは……? 一体、なにが……?」
額を抑えて思い返してみる。
疑似人格と出会って、問答をして、その後……気を失った、ということだろうか。
「いきなり倒れるからビックリしたよ。もうあんまり心配かけさせないで」
レナはリオンの手を握り、不安そうな顔を浮かべる。
「悪い」
と答えてから、リオンはトゥーレから更に説明を受けなくてはならないことを思い出す。
リオンはレナと共に立ち上がり、トゥーレを見上げた。
そこにあるトゥーレの顔は非常に弱々しく、まるで木の幹に同化してしまいそうなほどである。
「おお、目覚めたか。ならば力の譲渡は成功だな」
「トゥーレ、お前……」
皺々になったトゥーレの顔を見て、リオンは心配の声しか出ない。
「なぁに。私をここまで生き永らえさせていたのは【魔王】の力と、植え付けられた魔獣制御能力による膨大な魔力のおかげ。それを君に渡せば、私はただの巨木へ戻る」
「植え付けられた?」
「そうだ。魔獣とは、戦争によって動物がいなくなった際、肉が手に入らなくなって困った魔術師達による苦肉の策。人間の負の感情という無限のエネルギーを糧にして、魂という流転するエネルギーを融合させ、物質化させるというものだった」
以前聞いた話とはちょっと違った。
だがあの時はクラインによって口止めされていただろうし、当時のリオンに与える知識ではないと思ったのかもしれない。
「ただ負の感情故に、人間に対して非常に凶暴であり、無尽蔵に湧くままにしておけば人類の方が食らい尽くされてしまう。それを制御する為に選ばれたのが、数千年かけて成長していた私というわけだ」
成長したから力を得た、のではなく。
成長したからこそ力を与えられる対象として白羽の矢が立ったというわけだ。
「魂を与えられたことで意思疎通が可能になったが、私自身も生命体として魔獣に狙われるようになり、保身のためにも魔獣の制御をしなくてはならなくなった。そして、いつのことだったか。負の感情が増した時、クラインにこれ以上抑えられないと相談したのだ。それで生まれたのが【戦場】よ」
そこはクラインから聞いた話とも合致する。
現状、【魔獣の領域】に魔獣が増えたのも、クラインが制御役としていたハリルをリオンが倒し、【戦場】としての役目を持たせられなくなったからだ。
「なら、お前は普通の木に戻るんだな?」
「そうだ。以前のように、世界を見守るだけの存在へと、戻るとしよう……。後は、任せたぞ……」
トゥーレの声が弱々しくなり、木の表面に浮いていた目と口もいつしか消えてしまっていた。
これで、トゥーレは元の木に戻ったことになる。
意思がなくなるわけではないのだろうが、もう口を利くことはできない。
リオンはそれを見送り、自分の力を確認してみることにした。
――確かに。今までとも違う。
実験体としての力だけでなく、膨大で、本当に無限かと思われる魔力が宿っていた。
これが疑似人格が永い時の中で獲得した【魔王】に相応しい力。
それと。他の【属性】とは全く違う魔術系統が自分の中に存在するのもわかる。
これが魔獣制御だろう。
「リオン。大丈夫?」
レナの声にハッと目を見開く。
思わず夢中になって魔術の方向性を探っていた。
これはどうやら魔獣の出現数や、魔獣に与える力の量をコントロールできるものらしい。
この力を用いて、トゥーレは以前ドラゴンを生み出したのだろう。
要するに、本当に世界を生かすも殺すもリオン次第になったわけだ。
試しに魔獣の発生数を減らしてみる。脳裏にはハッキリと魔獣の減少が手に取るようにわかった。全体的に操作することも、場所を指定して増減させることも可能らしい。
トゥーレの力がリオンに移った為か、魔獣達はもうリオンを襲って来なかった。
遠巻きに牽制はするものの、ここまで踏み込んで来る魔獣はいない。隣にいるレナに対しても同様で、リオンの側にいるからか魔獣が向かってくることはなかった。
「なるほど。これは確かに【魔王】の力だ」
疑似人格が【魔王】を名乗っていた際、魔獣は【魔王】が生み出していると信じられていた。それがトゥーレの力と合わさり、そう思われても仕方ない能力へと変化している。
魔獣達はリオンとその近くにいる者を襲わず、他の人間達は襲うのだ。
それはあくまでも魔獣の本能に従っているだけなのだが、傍目から見れば操っているように見えるだろう。
これが人間と共に生きることはできなくなる、ということなのだ。
それにくわえてリオン自身、溢れ出す魔力を止められないでいる。
少し魔術を学んだ者が今のリオンを見れば、全身から魔力が放たれているのが確認できるはずだ。それこそ大きな街に入れば騒ぎになるだろう。
力の代償に手放した、人間としての生き方。
それでもリオンに後悔はなかった。
魔獣の数や質を操り、人間に無用な悲劇を招かないのであればそれでいい。
助かった中から、自分に正直に生きられる人が出てくれば万々歳で。
そうでなくとも、人間を守るという目的は達しているのだから、更に良い方法を探すだけだ。
誰もが自分に正直に生きられるように。
それが特に生前のリオンのように。真面目さで心が潰れてしまうような人なら、尚の事だ。
「レナはどうする?」
「リオンこそ。そんな状態で行く宛はあるの?」
当然のことだが、レナにもリオンから流れる魔力がわかるのだ。
今のリオンが傍から見ればどれだけ危険なのか、充分に理解できるのだろう。
「俺は……ここに住処を作ろうかと」
「ここって、【魔獣の領域】!?」
リオンはなんでもないことのように頷く。
「魔獣はもう俺を襲ってこないし、【戦場】も無くなった今、魔獣の数やら種類やらを把握するにはここが一番いいからな。人間も滅多に来ないから、【魔王】として恐れられることもないだろう」
「でも、それじゃ……」
不安そうになるレナにリオンは笑いかける。
「いいんだよ。そういうのを全部ひっくるめて、この力を譲り受けたんだ。それよりレナのことだろ? こう言っちゃなんだが、お前は人生が短いんだし」
生前はリオンもただの人間だったので、こうして人生の長短を語るのがなんとなくおかしくなる。
レナはちょっとだけ逡巡した後、歯切れ悪く語り出した。
「あのね。今ね。実は、その、どうにか寿命を伸ばそうかと思ってて……」
「へ?」
「クラインさんとか、ロキ……さんとかに協力してもらってるの」
リオンは全くの初耳であり、呆けた表情のままレナの話を聞くしかなかった。
「だから、ひとまずヒノハ村に戻ったりするけど……そのうち、お世話になります」
ぺこりと頭を下げるレナ。それに対してリオンは「ああ」とか「ええ」とか返すだけだ。
脳内の思考回路が追いついていない。
まさかレナが人間をやめようとしているとは。
「あ、でも。リオンが血を吸いたい時はいつでも呼んでね? そうじゃなくても月イチ、いや週イチで来るから!」
「いや週イチだと往復するだけで経過しちゃうだろ……」
色々と突っ込みたいところがあるはずなのに、ヒノハ村との距離関係にまず言及してしまった。
違う、そうじゃない、とリオンは首を振る。
「なんだ、その。寿命を延ばすっていうのは? ホムンクルスにでもなるのか?」
「えっとね。クラインさんは【時間】魔術の応用で体内の成長を止めようと研究してくれてるし、ロキ……さんは魂さえ無事なら肉体はどうとでもなるとか言って、私そっくりの身体を作ろうとしてる。あ、私自身も、ちゃんとリオンの役に立てるように、魔術を磨いておくから!」
笑顔で訴えるレナだが、リオンはそれよりも気になることがあった。
「いいのか? 旅する回復術士が夢なんじゃなかったのか?」
レナの旅の目的はそれである。リオンとは違い、旅そのものが目的ではなかった。
するとレナはちょっとだけ眉根を下げて、イタズラっぽく笑う。
「いいの。今はリオンと少しでも長く一緒にいたいし……それに」
「それに?」
「リオンと居る方が、多くの人を助けられる気がするから。裏切ったりしないでね?」
「……ああ。約束しよう」
差し出されたレナの手をリオンは握った。
温かい感触がリオンの心を優しく包み込む。
――本当に永く生きてくれるかはわからないけど。
レナとは百年足らずで別れると思っていた。その後、クラインのように絶望しないとも限らない。
リオンの一番の懸念はそれだったのだが。
――これからも、一緒にいてくれるのなら大丈夫だ。
永い永い、世界の改革。
果てしない旅路の中、隣にレナがいるのなら自分を見失うことはないだろう。
「じゃあ……これからもよろしくな」
「うん! よろしくおねがいします!」
レナの笑顔を見て、リオンも自然に微笑む。
【魔王】リオンとしての永い旅路が、今、ここから始まるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
これにてこの作品は完結となります。
ここまで読んで頂いた方、
ブックマーク、応援、評価してくださった方
ありがとうございました。
非常に励みとなりました。
次回作でまたお会いできれば光栄です!
重ねて、ありがとうございました!!
社畜が吸血鬼に転生したようなので、自由に世界を旅してみたいと思います 伊達スバル @Sue_nofriends
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