すさびる。『年齢計算に関する僕たちの法律』
晴羽照尊
年齢計算に関する僕たちの法律
法的には、人が年をとるタイミングは『誕生日の前日の午後12時』である。だのに目の前で女性らしからぬ勢いでから揚げを詰め込む人類は、自分がまだ七歳だと言い張る。
「いいじゃない。身内にくらいサバ読んでも」
「サバというほどかわいらしいものじゃないと思うけど。それに七歳というほどかわいらしくもない」
「そりゃあ悪かったわね」
「悪いというか、もし齢二十八を数えて七歳の外見や内面だとしたら、病気か狂気じゃないかな」
彼女は食事を飲み込むため一度間を挟んだ。僕も食事を進める。彼女と違って僕は喋りながら食べるのは苦手だから、彼女の言葉が切れたときにしか食べられない。
「クリスマスのことなんだけど」
僕は咀嚼しながら、頷くだけで答えた。
「クリスマス・イヴにお祝いするのって、じゃあ、そういう理由なのかな。キリストさんの誕生日祝いが当日で、年をとった記念のイヴとか」
僕は咀嚼の足りない食物を食道に流し込み、「そうだね。ちょっと違うけど」とやわらかい言葉を選んだ。本当は全然違う。
「教会暦によると、一日の境目は『日没』となっている。だから十二月二十四日の日没からもう十二月二十五日が始まってるんだよ。だからクリスマス・イヴは『クリスマスの前日』じゃなくて、『クリスマス当日の夜』っていうことになるね」
僕が話していると彼女の食が進む。つまり、僕の分がなくなるということ。
だから適当に切り上げて、僕も食事に戻る。クリスマスがイエス・キリストの誕生日じゃないことや、そもそも『キリスト』が名前ではないことなど些末なことだ。
彼女は食事を中断し、スマホをいじりだした。これもやはり、『ながら食べ』ができない僕にはできない芸当だ。いや、むしろ僕は、食事以外も、二つ以上のことを同時にこなすのが苦手なのだ。
ともあれ黙ったので、僕は食事を再開する。彼女が手を止めている今がチャンスだ。から揚げも、もう残り少ない。
「『初日不算入の原則』ってあるじゃん」
僕は食べながら首を傾げた。言葉自体は聞いたことがあるけれど、内容はよく知らないし、その話がどうしたのかも解らない。
「民法第百四十条。期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ってやつ。期間が午前零時から始まるのでなければ、初日だけ二十四時間に足りないことになって、不平等だっていうことらしいんだけど」
どうやらスマホで調べていたらしい。彼女は職務上、法律にはそこそこ明るいはずだが、確認しながら話しているのだろう。
「で、教会暦によると、私は二月二十八日生まれになるじゃん?」
そうなのだ。彼女の本来の誕生日は二月二十七日。そもそも閏日生まれを持ち出して年齢詐称できる身分ではないのだ。クリスマス・イヴイヴじゃあるまいし。
「そこに『初日不算入の原則』を適用すると、あら不思議。私って二月二十九日生まれになるんじゃね?」
「いや、なるんじゃねって言われても……」
ならない。
そもそも『初日不算入の原則』は時効とかの計算の都合上、利害を考えれば、半端な時間しかない初日を考慮しない。というような話ではなかっただろうか? 決してわがまま娘の屁理屈に使うものではない。
「ということで、実質私は二月二十九日生まれなの。そもそも『年齢計算に関する法律』やら『初日不算入の原則』やら、昨日に戻ったり明日に伸ばしたり、ブレブレな価値観押し付ける法律なんだから、一日や二日ずれてても文句は言わせない」
言って、彼女は最後のから揚げに箸を突き立てた。僕は黙って箸を置く。ごちそうさまでした。
さて、仮に彼女の暴論がまかり通ったとしても、結局年をとるのは『誕生日の前日の午後12時』だ。彼女の年齢が七歳になることはない。
しかし、すくなくともまだ数時間は、彼女は二十七歳を名乗ることができるのだろう。だってまだ今日は、二月二十八日なのだから。
すさびる。『年齢計算に関する僕たちの法律』 晴羽照尊 @ulumnaff
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