最終話
「六時十四分になりました。私はこれで失礼させていただきます」
私がそう言うと、青柳康介はゆっくりと立ち上がった。
「どちらへ?」
「……帰るんだよ」
彼は俯いて、ふらふらと力なく歩き出した。遠ざかる彼の背中を、私はじっと見つめる。
その時、だった。
ブレーキ音と共に、ゴシャッ! という鈍い音が駅前広場に響いた。その場にいた誰もが振り返り、悲鳴を上げる。
青柳康介の身体が吹き飛び、アスファルトに叩きつけられた。
「六時十四分、五十ニ秒。定刻通り」
私は腕時計を確認し、呟いた。
「おい! 兄ちゃん、大丈夫か?」
トラックの運転手が降りてきて、青柳康介に声をかける。反応はない。即死なのだ、あるはずがない。
青柳康介の血が流れ、アスファルトを赤黒く染める。胸ポケットに入れていた彼の煙草が、周囲に散乱していた。
「こうちゃん? こうちゃん?!」
遅れてやってきた山下美雪が、彼に気づき駆け寄った。ぼろぼろ涙を零し、何度も彼の名を呼んだ。私はその様子を、ただ黙って見つめていた。
「ようサチ。終わったみたいだな」
「あ、お疲れ様です」
私に声をかけたのは、先輩の死神だ。黒いコートのフードを目深に被り、右手には鎌を持っている。彼は私とは違い、形から入るタイプの死神だ。このほうが説得力が増すんだ、と彼は気に入っているらしい。
「しかし新しい制度ってのは、残酷なもんだな。死神が嘘の宣告をしていいだなんて」
「そうでしょうか。善良な市民を守る為の、素晴らしい制度だと私は思いますが」
野次馬たちが集まってきて、騒がしくなる。遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。先輩はため息をつきながら言った。
「愚行に走る恐れのある人間には、嘘の宣告ができる。どんな嘘をつくかは、担当の死神が決めることができる。明日死ぬやつに、一ヶ月後に死ぬと宣告してたやつもいたが」
「青柳康介は、多くの犯罪歴があります。暴行、窃盗、ひき逃げ、カツアゲ、万引き……同情の余地はありません。素直に宣告していたら、彼は何をしていたかわかりません。この三日間彼の傍にいて、それがはっきりとわかりました」
私は手帳を開いた。青柳康介の情報は、すでに消えていた。
「それに、私は嘘をついたつもりはありませんよ。私は彼に、あなたにとって一番大事な人が死にます、と言っただけです。山下美雪が死ぬなんて、ひと言も言ってません。そして彼は、彼女を見殺しにする選択をしました。大事なのは彼女の命ではなく、自分の命だった。つまり青柳康介にとって一番大事な人とは、自分自身だったのです」
そりゃあ誰でも引っかかるな、と先輩は笑った。
「青柳康介がどう行動しても、結局自分が死ぬ運命だったってことか。……冷酷だねぇ。そんなことして、心が痛まないのか」
「では先輩なら、どんな嘘をつきますか?」
私は先輩の返事を待たず、小さく頭を下げてその場を離れた。救急車のサイレンと、山下美雪の泣き叫ぶ声が、夜の街に響いていた。
数日後、私の死神手帳には、次の人物の名が記された。資料によると、またしても犯罪歴のある人間だった。私は深くため息をついた。
対象者を発見し、歩み寄る。
──心が痛まないのか。
先輩の声が、不意に頭を過ぎった。
コンビニから出てきた対象者に、私は声に感情を乗せずに言い放った。
「こんにちは、私は死神です。あなたにとって一番大事な人が、三日後に死にます」
死神の制度 JO太郎 @jjjj0929
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