第5話

 青柳康介が目を覚ましたのは、翌日の午後一時を回った頃だった。無断欠勤をしたせいか、午前中はひっきりなしに電話が鳴っていたが、午後になるとそれもぱったりと止んだ。電話がいくら鳴っても彼はでかいいびきをかくだけで、目を覚ます気配はなかった。そしてようやく、彼は目を覚ました。


「やっべぇ、今何時だよ」

「午後一時十二分です」

「なんで起こさねーんだよ」

「それは私の仕事ではありませんから」


 青柳康介は舌打ちをしながら起き上がる。二日酔いのせいか、頭を押さえてすぐにベッドに座り込んだ。

 煙草に手を伸ばすが、中身は空っぽだった。

 彼は再びベッドに横になり、やがていびきをかき始めた。

 私はため息をつき、昨日から同じ体勢のままじっと時が流れるのを待った。



 青柳康介が次に目を覚ましたのは、午後四時を少し回った頃だった。

 また文句を垂れるのかと思いきや、彼は何も言わず洗面所へ向かう。

 数分後、洗面所から出てくると服を着替え、外へ出た。


「どこへ行くんですか?」

「予定を変更するなって言ったのはそっちだろ。待ち合わせ場所に向かうんだ。その前に煙草買わねーと」


 青柳康介は怠そうに答える。

 コンビニに入ると、煙草を二箱買って外のベンチに腰掛け、さっそく吸い始める。

 立て続けに二本吸い終わると、「よし、行くか」と彼は言ったが、立ち上がろうとはしなかった。


「行かないんですか?」

「行くよ。行くけど、もう一本吸ってからな。お前も吸うか?」


 青柳康介は言いながら煙草を咥え、ライターで火を点ける。私はかぶりを振った。「結構です」


 三本目を吸い終わっても、彼は立ち上がらない。私は腕時計に視線を落とす。時刻は、午後五時を回っていた。


「そろそろ行かねーとな」


 四本目に火を点けたところで、青柳康介はようやく重い腰を上げた。

 バスに乗り、彼は待ち合わせ場所へ向かった。向かう途中、彼は険しい表情で窓の外を眺めていた。


 約三十分ほどバスに揺られ、青柳康介は降車のボタンを押した。


「もうすぐか……」


 バスを降りると、彼はひとりごちた。ポケットに手を突っ込み、猫背で歩く。

 私は彼の丸まった背中を見つめながら、数メートル後方から後を追う。時刻は、間もなく午後六時を回る。


 待ち合わせ場所に到着したのか、青柳康介は足を止めた。駅前広場の、球体のオブジェの前だった。彼は無駄のない動作でポケットから煙草を取り出し、火を点ける。

 青柳康介は落ち着かない様子で周囲に目を配る。その時、彼の携帯が鳴った。


「美雪か? どうした?」


 そうか、と頷いて彼は電話を切った。


「美雪さん、どうかしたんですか?」

「十五分くらい遅れるってよ」


 私は腕時計を確認する。予定の時刻まで、残り十分を切っていた。

 青柳康介は近くにあったベンチに腰掛け、項垂れた。

 ポタポタと、彼の足元に雫が落ちる。頭を抱え、泣きながら震えていた。


「大丈夫ですか?」


 私の問いかけに、彼は答えなかった。


「俺は、悪くねえよな。これがあいつの運命なんだから、仕方ねえよな」


 青柳康介は、自分に言い聞かせるように言った。俺は悪くない、俺は悪くない、と自分の心を落ち着かせる呪文のように、何度も呟いていた。


「今、何時何分だ?」

「六時十一分です」

「……あと三分か」


 彼は項垂れたまま、祈るように胸の前で手を組み合わせた。


「三分経ったか?」

「まだ、一分も経ってませんよ」


 彼は胸の前で組んでいた手を、今度は額につけた。祈るというよりも、必死に許しを請うような姿に見えた。

 そして、定刻がやってきた。

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