第4話 岐路にも立てず

 遠く都市を離れて、一日一往復しか通わぬ廃線まぢかの一両電車で山の奥へ。たどり着いた駅は屋根もないコンクリートの足場が茂みに浮いているだけの有様。そこから少しは草がのぞかれた道とも呼べない切込みに分け入って、その先にぽつんと佇むのは物置を兼ねた四畳ほどの休憩小屋。聖地を拝むべくリュック一つで遠路やって来た男はその中で一晩をあかした。


 深夜零時、目を覚ました男はブルーシートにくるまって横になったままライトをつける。そして懐から取り出したメモ帳の一枚目を確認する。


『六時〇分までその場で待機。水分補給。

その後西北西へ直進。進行方向のみに視線を向けて霧と音は無視せよ。反応しないこと。

いくつかと遭遇。何も話すな、無視せよ。遭遇後は少なくとも三時間その場から移動しないこと』


 そこには一度も見たことがない文章が並んでいる。


 男は少しだけ考えこんで、ライトを消して二度寝をすることにした。


 外も明るくなってきたころ、男は物置を後にした。気が滅入る藪漕ぎを開始する。草木は不規則に生え伸び、斜面は穴もあき乱れている。男は直進するのに難儀していた。


 葉をかき分け苦戦している中で気づくのが遅れたのだろうか、男は地面の揺れを感じ取った。まるで波が寄せているかのように上下に揺れている。男は必死に植物を握りしめながら高い方。高い方へ登っていく。


 そんな中、男はいつしか霧の中へと入っていた。次第に霧が濃くなるようでもなく、一瞬で霧の中へと移動してしまったかのようだった。白い霧は濃くあたりを満たし、周囲の様子はまったくうかがえない。それでも男は進んでいく。いつしか巨大な何かによる黒い影が自分の体にかかっていることに気が付きながら。


 男は大樹の陰にでも入ったかと思うだけであった。その陰が消えると同時に聞きなれない幼げな声が霧の奥より木霊する。


「キミ!どこに行ってたのさ?探した……いや探しはしなかったけど……とにかくよかった」


 霧の奥から現れたのは、着物を着た子供である。男は見知らぬ子供に話しかけられ言葉もなく困惑した。


「ほら、今度ははぐれないでよ!」


 子供が男の手を引く。そのまま草の上を飛ぶように走っていく。男は草にひっかかって動けなくなる。


「ああ!もう、手がかかるなー」


 子供が男を押したり引いたりしているが、男の体は絡まって抜け出せない。地面の揺れは刻一刻と強まり、ついにはその揺れの原因が土を突き破る。霧の中、黒い電柱のように伸びあがったそれが玉ねぎのように膨らみ、その輪郭を突き破るように霧の影が巨大な欠陥のように枝を広げた。十メートル以上も伸びた、その枝の一本一本が頂点から垂れてきた。近づいて霧からその姿をあらわにした枝は、次々により合わさり巨大な一本となって二人のもとに落ちてくる。絡み合った枝はすでに男の身長を越えるほどの直径を誇っている。


 巨大な枝が二人を押しつぶそうかというぎりぎりで、下からせり上がった何かが二人の前をふさぎ、枝にぶつかって押しとどめる。それは灰色の巨岩、小刻みに振動するそれは次第に揺れを大きくする。呼応するかのように岩は次々と地面を突き破って現れる。それらがこすりあい耳障りな音を響かせる。下から突き出る岩の勢いに押された男は複雑に動く複数の岩のかみ合わせに飲み込まれ破砕された。

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ψ(四叉路とその過程) @CascadePulse

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