ニンニク臭くても嫌いにならないで
春夜戀
2月29日はニンニクの日
ついにこの日が来た。
4年に1度の2月29日。
4年にわたる我慢の日を乗り越え、僕は今、人気ラーメン店「
お目当ては、超人気裏メニュー。ガッツガッツラーメン。
お店がメニューに名前をつけているわけではないので正式名称ではないが、コアなファンの間でそう呼ばれている。
このラーメンはその名に恥じず、食べた人にガッツを与えてくれるニンニクたっぷりのラーメンだ。スープはよくある豚骨醤油ベースのものだが、麺や具材を載せた後、すりおろしたニンニクを降り積もる雪のようにラーメン全体にたっぷりとかけてもらえる。
――まさにニンニクを愛する僕が心から待ち望んだ、士玉の一品。
このメニューは裏メニューなので、普通の醤油ラーメンの食券を購入したのち、カウンターで「ニンニクましましで」という合言葉を言うと、出してもらえる。
ウキウキした気持ちで列に並ぶ。暇つぶしにスマホゲームをやっているが、頭の中は、これから食べるガッツガッツラーメンのことでいっぱいだ。
並び始めてから30分ぐらい経ち、やっと店の入り口が見えてきたところで前に並んでいた僕と同じくらいの身長の男の子が、突然振り返って話しかけてきた。
「あれっ? ユーリじゃん。ユーリもラーメン好きだったんだ」
「おっ、ハマムー。このラーメン屋さんハマムーの家から結構遠くない?」
彼は、ハマムーこと濱中君。そこまで仲が良い友人というわけでもないが、同じクラスでかつ同じ部活に所属しているので、それなりに毎日会話をしている友人だ。
「自転車でも30分ぐらいかかるけど、ここの醤油ラーメン、マジでうまいから毎週のように通ってるんだ」
「うん。ここのラーメン本当にウマいよね」
「今日、ニンニク祭りなんだってね。知らないで来ちゃったから、こんなに混んでて驚いちゃったよ」
そう。今日は、4年に1度の祭典。「ニンニク祭り」の日。
ニンニク祭りの日は、いつもの2倍の量のニンニクをかけてもらえるスペシャルデーなのだ。
だから、日頃ニンニクを我慢してきた自分へのご褒美として、満を辞してニンニクを食べにやってきたのだ。
だが、そんな日に限って、ピンチが訪れる。
「俺、ニンニクって臭いし、ラーメンの味がわかんなくなっちゃうから、嫌いなんだよね」
「そ、そうだよね。ニンニクなんて邪道だよね……」
本当はニンニク大好きなのに……。ハマムーの一言で言い出しづらくなってしまった。
しかも、思い出したくもない小学生の頃の悪夢まで思い出してしまった。
※
――4年前
「父さん、ラーメン美味しかったね」
「あぁ、ここのラーメンは絶品だよな。また来ような」
父とラーメン屋の暖簾をくぐると、店の前の公園に小学校の友人がいるのが見えた。公園にいた友人も僕のことに気づき、話しかけてきた。
「おーい、ユーリ。今、サッカーやってるんだけど、一人メンバー足りないから入っってくんない?」
「ちょっと待って。父さんに聞いてみるから」
休みの日に一緒に食事に連れ出してくれたのに、急に予定を変更して友人と遊ぶのは申し訳ないと思い、一応、父さんに許可を取ることにした。
「父さん、遊んできていい?」
「いいぞ、でも、母さんが夕飯の準備をしているから早く帰ってこいよ」
「うん。じゃぁ、またあとで」
父さんと別れた僕は、すぐに友人の輪の中に入った。
「僕、どっちのチームに入ればいいの?」
ただ、当たり前のことを聞いただけだったのに、友人から思いがけない一言が返って来た。
「お前、口くっせぇーな。なに食べたんだよ?」
「あそこのラーメン屋でラーメン食べて来ただけだけど……」
「あそこのラーメン屋、ニンニクたっぷりで臭いもんな。そんなラーメンよく食えるな」
「そんなにニンニク好きなら、これからお前のあだ名ニンニクにしてやるよ」
「ニンニク。ニンニク。ニンニク……」
鳴りやまないにんにくコールに嫌気がさして、僕はその場から逃げ出した。
次の日、学校に行くと、黒板や机のうえに、「ニンニク
さすがに驚いた先生がクラスの生徒に注意し、表立って僕をイジメることはその日でなくなった。だが、先生が見ていないところでイジメは続いた。
「ニンニク臭いのが移るから近づくな」「ニンニク菌が来るぞ、逃げろー」
一度広まった、陰口は止まらず、それは、小学校を卒業するまで終わることはなかった。
それ以来、僕は大好きだったらガッツガッツラーメンを食べることをやめ、ニンニクを口にすることもやめた。
幸い、去年入学した中学校では、小学校の知り合いはおらず、今はいじめられずに済んでいる。
※
「なにぼうっとしてんだよ。列進んでんぞ」
「ごめんごめん。ちょっと考え事してて」
列はだいぶ進み、ちょうど店の中に入ることができたので、ラーメンの食券を買った。
ニンニクは邪道だなんて心にもないことを言っちゃたし、ニンニクましましで頼みづらくなっちゃたよ。
――だが、まだ希望は捨てていない。
この店はカウンター席しかないから、席が隣にならずに別れてくれれば、ハマムーに気づかれずに、ニンニクましましのラーメンを注文できるかもしれない。
しかし、よりによってこういう時ほどついていないものだ。
残念なことに、前のお客さんが2人連れで席が2人分並んで空いてしまった。
しぶしぶ、ハマムーと隣同士の席に座る。
先に座ったハマムーが店員に注文を聞かれ、ニンニクなしでラーメンを注文した。
周りを見渡すと、今日はニンニクの日だから、店のお客はいつも以上に男性ばっかりだ。
お腹が空いていたので、ついつい横の人のニンニクましましのラーメンを羨ましそうに見つめてしまう。
隣で、ラーメンをすすっていた人が、ラーメンから顔をあげた。
すると、どこかで見たことある女の子の横顔が見えた。
「あれっ、みずきさんだよね? こんなところで会うなんてびっくりしたよ」
「ユーリくん? あっ」
水樹さんは突然はっとして口を手で抑えた。自分がニンニクをたくさん食べていること思い出して口臭が気になったというところだろうか。恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。
「気にしないから、大丈夫だよ。僕もここのガッツガッツラーメン大好きでさ」
横から、ハマムーが「えっ?」と小声で呟いたのが聞こたが、何も聞こえなかったことにした。
「女子がこんな臭いラーメン食べるなんて幻滅するよね?」
「いやいや。この店に来てニンニクましましで頼まないほうがもったいないでしょ」
「そうだよね。よかったー。でも、ちょっと恥ずかしいからクラスの子には内緒ね」
ありがとう。みずきさん。これで堂々とガッツガッツラーメンが食べられるよ。
ちょうど良いタイミングで店員が注文を聞いてきた。
「お客さん、注文は?」
「濃いめ、固めの、背脂、野菜マシマシ、ニンニクましましで!!」
ニンニク臭くても嫌いにならないで 春夜戀 @haruyokoi
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