僕は、勢いよく押入れのふすまを開いた。

中に座っていた君は、丸く黒い瞳をころころと回す。


「お母さんが、遊園地につれてってくれるんだ!」


僕が嬉々として言うと、君は少し頷いて「そうか」と返した。


「よかったね」


「君もおいでよ」


しかし、君はゆっくりを首を振った。


「ううん、僕はここにいるよ」


「どうして?」


「ずっとここにいるんだ。ここで生まれたからね」


「そうか」


すると、家に来ていた女の人が僕の名前を呼んだ。

女の人は、シセツっていうところの人なんだって。

お母さんとずっと話してたけど、お母さんはこの人のことを話すと泣いちゃうから、僕はこの人があんまり好きじゃない。


「元気でね」


君はそう言うと、少しだけ、その真っ暗な空洞のような口元をつりあげた。

僕は少し間をあけて、頷いた。


「うん。君も」


押入れの戸を閉じた。


振り返って、そこに立っているお母さんと、シセツの人の元へ走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

押入れ 夕凪 @suisen-sakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ