四年に一度傾く家
草薙 健(タケル)
本編
僕の家は、傾いている。
収入が少ない? 家族との関係が上手くいってない?
そんなことはない。
僕の仕事は広告代理店の営業マン。仕事の内容は、アトラクション系テーマパークでのイベント企画、運営などだ。まだまだ経験が浅いとは言え、年収は日本のサラリーマン平均を上回っている。
妻とは四年前に結婚して、二人の子供に恵まれている。下の娘なんかは目に入れても痛くないと思えるほど愛おしくてたまらない。おかげさまで嫁と姑の関係も良好で、何一つ文句がない。
では、何が傾いているのか。
最初に異変を感じ取ったのは、三歳になる長男だった。
家のリビングでいつものようにミニカーを走らせて遊んでいるときに、妻に対してこう言ったらしい。
「おかーちゃん、ブーブーが勝手に走るー!」
僕も妻も、最初は冗談だと思った。
モーターも何もついていないミニカーが勝手に走るわけがない。どうせ、子供らしい妄想をしているだけだろう。
僕がその話を妻から聞いたとき、「息子は想像力豊かだね。誰に似たのかな」と笑っただけで終わった。
しかし、それからしばらくたってから、妻も違和感を感じるようになった。
ふらつく。めまいを感じる。平衡感覚がおかしい。
妻がそう訴えるので、僕は心配になって彼女を病院へ連れて行った。検査の結果は、何の異常も無し。
何が原因かさっぱり分からなかった。
それから数ヶ月経って、事件は起こった。
きっかけは、夕食の支度を妻と一緒にしていたときだった。
豆を炊こうと思って材料を取り出そうとしたとき、僕は豆を地面にぶちまけてしまったのだ。
あのときの光景は、今も目に焼き付いている。
コロコロと床を転がっていく豆。まさか、目の前でおむすびころりんの童話が展開される日がくるとは夢にも思っていなかった。
僕は戦慄した。それと同時に、これまでの奇怪な現象の原因がようやく分かった。
僕の家は、傾いている――
恐らく、無理をして四階建ての家を建てたのがいけなかったのだろう。昔から高いところが好きで、マイホームはどうしても背の高い家にしたかったのだ。
四階建ての家を建てることがとても大変だということは、設計を依頼する段階で始めて知った。法律的な制限が厳しいのだ。
方々の建築設計事務所を巡ったが、全て断られてしまった。最後は、とても遠くに住んでいる親友の建築士に頼み込んで、ようやく家を建てることが出来た。
すぐに、建物応急危険度判定士の資格を持っている一級建築士に家を見てもらった。
「こりゃぁ、とても危険だ。今すぐ立ち退いた方がいい」
なんでも、四年に一度の速度で家が傾いているらしい。このままではピサの斜塔よろしくどんどん家が傾いていき、最終的には倒壊するだろうとのことだった。
僕は困った。
すぐにでも家を取り壊してなんとかしたい。だが、先立つお金が無い。マイホーム建設に全ての貯金をはたき、借金までしているのだ。これ以上借金するのは、今後の生活を考えるとかなりやばい。
家を建設した業者を訴えることも考えた。
傾く家を建てるなんて、欠陥もいいとこだ。訴えれば確実に損害賠償を取れるだろう。
だが、それは親友を訴えることに他ならない。彼の人柄はよく知っている。実直で、情熱に溢れていて、仕事の手を抜くような奴ではない。
こんなことで、今までの友情をぶち壊したくない。
何か、他の手はないものか。
僕は考えた。一生懸命考えた。
そして、ある方法を思いついた。
■■■■
「――それでは特集です。今日は、ある『世界記録』を達成されたお宅にリポーターがお邪魔しているということですが、いったいどんな記録なのでしょうか? 新藤リポーター?」
「はーい。わたしは今、『世界一早い速度で傾いている家』としてギネス世界記録に認定されているお家にお邪魔しております。この家は二十年前に建てられた四階建ての家なんですが、建てた当初から傾き始め、今ではこの通りの傾きっぷりです! いかがですか? スタジオの皆さん」
「すごいですねぇ。どれくらい傾いているんですか?」
「――はいはい、それではこの家のオーナーに聞いてみましょう。こんにちは!」
「こんにちは」
「この家は、今現在何度くらい傾いているんでしょうか?」
「そうですね、今は十四度傾いています」
「十四度! あの有名な『ピサの斜塔』が約四度ということですので、これがいかにすごいかが分かりますね。
オーナーさんによりますと、この家は四年に一度のペースで傾いており、放っておくと倒壊する危険もあるそうです」
「スタジオの小関です。こんにちは。今もこの家に住んでらっしゃるんですか?」
「いいえ。ここは今アトラクションとして一般の方に開放してます」
「そうなんですか。ちなみに、入場料はあるんですか?」
「はい。四年に一度、家の傾きを是正する工事が必要なので、お金を徴収しております」
(了)
四年に一度傾く家 草薙 健(タケル) @takerukusanagi
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