KAC2020短編集。魔王とメイドの夏休み。

風庭悠

ツンデレメイド、返品魔王を海水浴につれていく。

海水浴に魔王をひきずり出したメイド【私】の物語。4年に1度の宝探し。

「俺はなぜこんなところに……。」

 ビーチパラソルの下で奏がため息をつく。なにいってんのこいつ。見なさいよ、どう見ても絶景じゃん。


 それは、扇状の白い砂浜にターコイズブルーの海。水平線を覆い隠す岩。中央に自然の洞門がくりぬかれて外海へとつながり、水平線を垣間見ることができる。地元の人には「扇池おうぎいけ」と呼ばれているが、実際には入江だ。まさに天然のシーサイドプールと言ったところだ。


 7月下旬の絶好の観光シーズンにも拘わらず、海水浴客はまばら。しかも「東京都内」であるにもかかわらずだ。なぜなら、ここは都内といえど小笠原諸島、それも南の方でしかも離島だ。普通の観光客なら来るだけでもまる一日かかるだろう。


 「旦那様、使用人どもへの福利厚生の一環でございます。」

執事のセバスチャンさんがさらりという。さらりは良いんだけど、ビーチで執事服スーツって暑くないのかな。

「これが仕様ポリシーでございます。」

さすがは魔人。


  今回、夏休みってことでお屋敷のメンバー、それに紗栄子と華、ついでに奏の友人の陰キャ4人衆を連れて海に来たってわけ。サマーキャンプが山だったからやっぱり次は海ってのもあるけど、一度ここは来て見たかったんだよね。


「ほら二人とも!せっかくだから泳ごうよ!」

紗栄子と華が手招きする。二人とも日頃部活で鍛えているからプロポーションが良い。水着ビキニもかわいい。奏も行こうよ!


「まだいい。」

そう行ってゲーム機の画面を眺めている。まったくもう。こんなに素晴らしい景色が無窮に広がっているのに、そんな小さい画面に食いついているのか意味不明だ。


「皆の者!水に入る前にはまず準備運動だ。真綾とて例外ではない。」

メイド長ハウスキーパーの 椿姫つばきさんがメイドたちを並べてラジオ体操をさせていた。ちなみに朝礼で毎朝やらされているのでお馴染みだったりする。真の姿が人間ではないメンバーばかりなので「人間らしい」身体の動かし方の良い練習になるそうだ。


 ちなみに椿姫さんもビキニである。なにしろ戦闘時のビキニアーマーの武装を外せばこの状態だそうでまったく違和感はない。メイドも執事も交代制で仕事と遊びになる。ちなみに庭師たちは今回はビーチパラソルの設営だけで終了である。


 陰キャ連中は奏と同様パラソルの下で読書しているニッシーを除けばメイドさんたちと鼻の下を伸ばして戯れていた。


 地元の家族連れなのだろうか。私たちの様子をいぶかしそうにうかがっていた。セバスチャンさんが奏に耳打ちすると奏の指示なのだろう。メイドたちがトロピカルジュースを差し入れに行った。


  午前中目いっぱい遊ぶとさすがに疲れた。お昼には料理長ムッシュさんが持たせてくれた特製ランチボックスをいただく。いつもながら絶品です。気をつけないと水着が着れない身体になりそうなところが恐ろしい。


 「あの、ジュースごちそうさまでした。」

家族連れのお父さんがトレーを持ってこちらにやって来た。

「ところでみなさん、どうやってこの島まで?朝の船には乗ってませんでしたよね?」


 そうか、それで不思議そうに見ていたのか。この島は漁場の関係で定期船以外の船では来れないんだそうだ。だから船でなければどうやって、となるよね。

「『転送魔法ゲートどこで●ドア』ですよ。」

ははは、冗談だと思うでしょ?本当だから怖い。



 お父さんによれば今日来るのは海水浴客ではなくダイバーたちばかりなんだそうだ。なんでだろう?


 「4年に1度、ここの近くの海に沈んだ船を大掛かりに捜索するんですよ。」

なんでも、第二次大戦中激戦地となった硫黄島へ物資を運搬する輸送船がここで米軍の戦闘機による空襲にあって撃沈されたのだというのだ。


 その沈没船には金塊が積まれていた、という伝説がありダイバーたちがそれを目当てに潜るのだ。しかし、外海で海流が早くて透明度が低くて視界が悪い。それで4年に1度水中投光器を集中して投入してお宝を探す、というイベントが行われ、それが今日なんだそうだ。なんか素敵じゃない?紗栄子も華も目を輝かせる。


 「それは無理がある話ですね。」

奏が切って捨てる。アメリカに陥落させられる危険が高い孤島の基地にわざわざ財宝を持っていくなんてあり得ない話だ、というのだ。ニッシーも同意見のようだ。


「そうですよね。」

暮林くればやしと名乗ったそのお父さんも苦笑した。彼のひいおじいさんがその船の乗組員だったそうで、4年に1度ここを訪れるのが彼の家族の習慣だそうだ。地元の人ではなく東京にお住まいの方だった。

「私もデマだとはわかってはいるんですけど、これが家族の絆みたいなものなんですよね。」


 ねえ奏、宝探しはやらないの?

「やらないよ。考えてもみなよ。この伝説を誰が流したのか?おそらくはダイビング客を呼び込みたい村の連中だろう。そんなものだよ。伝説の正体なんて。」


 セバスチャンさんも頷く。

「我々魔族も、冒険者を誘い込むために偽の財宝情報をよく流したものです。街の酒場に行けば強欲で知性の足りない連中がよくひっかかりました。」

いやだ怖い。しかし、セバスチャンさんは眼鏡を指であげながらつぶやく。


「しかし、乗組員が沈んだ船に大切な何かを放棄しなければならなくなり、それを引き上げて欲しかったので噂を流した、という可能性もありますね。それでも財宝ではないでしょうが。」


「じゃ、少しちょっくら見てくっか。真綾、行くぞ。」

奏がようやく立ち上がる。久しぶりに腰をあげたので少々立ちくらんだようだ。

「セバ、お前も行くか?」

セバスチャンさんは仕事があるのでと断り、かわりにマリコさんを護衛につける。


 私たちの周りを魔法の泡が囲み、水中へと進んでいく。洞門から外海に出ると海の流れが一気に速くなる。それと同時にみるみるうちに視界は悪くなり深く潜るにつれて暗くなっていく。


 私はだんだんテンションが下がっていく。

「なんかロマンチックやなあ。新月の夜みたいや。」

マリコさんが嬉しそうに言った。それ月が出てないから暗くない?

「いや、月の光に邪魔されんから、星が綺麗に見えるんよ。ほら、星が見えて来たで。」

あ、それ、沈没船を照らす投光器の群れですから。透明度が低くて灯がともっていることしかわからない程度だ。なかなか暗すぎるのと船体の腐食が進み過ぎていて捜索は難航しているようだった。


 私たちを包んだ泡は船の中へと入っていく。何を探すの?奏は目をつむると呪文を唱える。すると、探索魔法が魚の形をとって船の中へ中へと私たちを案内する。普通の沈没船ではなく、爆弾によって破壊されて沈んだため、瓦礫が散乱し、とてもダイバーでは進めないだろう。そんな所へと進んで行く。


 音の無い静寂な海の中。少し広い空間だったところへ出る。探索魔法がいきついたところに完全にさびついた金属の塊があった。これ何?

「手提げ金庫やね。」

マリコさんが答える。中を開けるとすでに水に浸かってさびてしまった金属の塊が現れた。奏が魔法をかけると元あった形へと戻っていく。銀製の懐中時計だ。蓋を開けると「祝銀婚式 暮林正三、サダ」と刻まれていた。鎖も元の輝きに戻っている。それ、例のお父さんのひいおじいさんのじゃない?


「だろうな。これがひい爺さんの『金塊』かもしれんね。」

奏が頷く。おそらく正三さんは船長で、ブリッジにいるところで米軍の襲撃を受け、自室にこれを取りには戻れなかったのだろう。マリコさんが手を出す。


「このまま返したら嘘くさいもんな。」

マリコさんが魔法をかけるといい感じに経年劣化していく。なんかどっちにしても捏造臭いんですけど。

「いいんだよ。優しい嘘、ってやつだ。」

奏が助け船を出す。

「せや。優しい嘘は良い嘘や。ええ仕事したさかい、今日はご褒美ちょうだい。」

マリコさんがおねだりをしていた。

「わかったわかった。」

奏がマリコさんの頭を撫でる。


ね、そういえば私たちがいなくなってみんな心配してないかな?

「大丈夫や。ウチが二人の替え玉を用意しとってんから。」

マリコさんが胸を張る。マリコさんは変化へんげ魔法を得意とする妖狐一族の族長なのだ。部下にわたしたちの姿に変身させ、代理をさせているという。それなら安心だね。


「じゃ、帰るか。」

オチは壮絶だった。


「ナデちゃん?」

「真綾?」


 なんとビーチパラソルの下でサマーベッドで私と奏の姿で寝そべっている妖狐たち。ご丁寧に「私」は「奏」の腕枕に頭を横たえているイチャコラぶり。みんな何事かとおろおろしながら私たちを遠巻きに眺めている。


「おい、マリコ。これはどういうことか説明しろ。三行でな。」

奏が怒りと恥ずかしさに真っ赤になりながらマリコさんの肩を揺する。

「これは優しい嘘⋯⋯やで?てへぺろ。」

もちろん、マリコさんは「自然に」ふるまうようにしか指示していないという。

「多分、真綾とマーヤを取り違えたんちゃう?」

そこ、そこ一番大事なとこでしょうが!私が「奏」の頭を思いっきりはたくと変化がとけ妖狐のカップルが姿を現した。


「ああびっくりした。昼寝して起きたら二人がいきなりこうなっててどうしようかと狼狽うろたえちゃったよー。」

華が胸をなでおろす。


 「いや、二人で抜け出してどっかでこそこそいちゃいちゃしてた可能性もあるから大して変わらへんやろ。」

ニッシーが興味なさそうに本から目をあげると一言。


最後は洞門を通って海に落ちる夕陽を見てお開きに。なんてロマンチック!


「……真綾。」

「……奏。」

ロリさんとサノさんまで悪ノリしてる。ちなみにさっきの醜態やつを写メとか動画とか撮ってないよね?


「さあ。」

「高く引き取ってくれるなら……。」

撮ってたんかい!?


海のバカヤロ―――!そう叫ばずにはいられない。いや、夏休みはまだ始まったばかりだ。


 


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