四年に一度の29(にく)の日に。
冬野ゆな
第1話
大きな部屋に集められた人々は、お互いにこやかに挨拶を交わした。
「やあ! きみの試合、見てたよ」
「ありがとう。きみこそ素晴らしかった」
みな、お互いの顔をどこかで見知っているか、ライバルだった。しかしいまはその健闘を讃え合い、和やかなムードで話し合っている。
なぜならここにいるのは、全員がその年のオリンピックで金メダルを獲得した選手だからだ。花形の有名選手から、あまり知名度の無い種目の選手まで、一堂に会しているのは壮観だ。
「しかし、こんな島があったとはねえ」
「ぼくも知りませんでした」
この島は金メダリストしか来ることができない、特別な島だという。
ぼくも、今年から公式種目となったスポーツの金メダリストだ。まだまだ発展途上の競技で、一般人からの風当たりが強いときもある。だけど銀メダルに輝いたアメリカの選手との一戦は世界から注目されていた。メダリストの中にもぼくのファンだったという選手までいて、恐縮しきりだ。
「あなたも初めてですよね」
「ああ。前回は銀だったからね。今年は番狂わせが多くて面白かった。おかげでほとんどの選手の順位が入れ替わったようだけどね。だけど、見てみろよ」
中には、緊張した面持ちで眉を顰めている者もいる。
「あれは前回も金メダルだったカナダの選手だね。レスリングで見たことはないかい?」
「ええ、ありますよ! すごい迫力でしたよね」
「二回目以降の選手たちは何か知っているようだな」
彼がそう言うと、壇上に黒スーツを着た人々があらわれた。
国籍はばらばらだったが、その中の誰もが見たことがあって驚いた。つまり、各国の首相や大統領といった人たちなのだ。ぼくたちの困惑をよそに、アメリカの大統領がマイクの前に立った。
ありきたりの挨拶をしたあと、彼はこう言った。
「皆さんにはこれから、とあるひとびとと対決してもらう」
なんだろう、テレビの企画だろうか。
それにしては豪華すぎるし、カメラも無い。
「これは我々人類にとって、四年に一度の重要な儀式となる。どうしても勝ってほしい。……我々はこれから、どちらが家畜になるかを決めるのだ」
ぼくたちが大統領の言葉の意味をつかみかねているうちに、奥の扉が開いた。彼はスーツを着ていたが、その頭にみな驚いた。なにしろその頭は牛のような頭だったからだ。他の人々も、獣に似ている。
だがみな一様に不気味で、獣のようでどこか違和感がある。
「えー、地球人類代表のみなさん、ようこそおいでくださいました。儀式への参加、まことにありがとうございます。いまアメリカ大統領からお話があったとおり、我々と人類は四年に一度、どちらが家畜になるかを賭けて、厳正な勝負をしてきました」
みな唖然としている。それもそうだろう。
だが、前回も優勝している人々の顔を探すと、厳しい顔をしていた。それで全部が察せられた。
「我々はこの星で数百年以上、同じ種族が家畜となっていることに心を痛めてきました。しかし、現状ではあなたがたがこの星の人類です。そこで我々は四年に一度、こうしてお互いに戦うことで、どちらが家畜であるかを決めようと話し合ったのです」
「そ、そんな」と誰かの声。
「かつては殺し合いで、いまは五戦のスポーツで。勝負の方法は変わりましたが、儀式は変わっていません」
まさか、と思った。そのとき、前回も優勝しているアメリカの選手がおもむろに立ち上がった。
「今回初めての人たちはよく聞いてほしい。いま目の前で起きていることは事実なんだ。私たちがオリンピックをするのは、本当は世界中で強い人間を探し出すためのものなんだ」
ざわめきが起こったが、同じく前々回の金メダリストが立ち上がった。
「今回は初めての選手が多いから、驚くのも無理はない……けど、わかってくれ」
ぼくたちがまだ茫然としている間に、スタッフとおぼしき人々が扉を開けて案内をしはじめた。ぼくたちはあっという間に連れ出され、競技場らしき場所へと連れていかれた。
「見ろ、あれ!」
そこには牛頭の屈強な二足歩行の者たちが五人並んでいた。彼らをなんと呼べばいいのか、見当もつかない。そのうちの一匹(一人?)が口を開くと、雄叫びをあげた。競技場がびりびりと震える。そこにいたほとんどが呆気にとられ、足が竦んでしまった。いったいどうしたものかと思っていると、おもむろにレスリングのカナダ代表選手が手をあげた。
「俺が先に出る。去年も出ているからな」
「きみは前回も出ているね。では、レスリングで良いかな」
「ああ、構わない」
彼は牛頭と人間のスタッフ双方に付き添われて出て行った。しばらくすると、レスリングの服に着替えた選手が競技場に現れ、同時に牛頭がひとり前に出た。向かい合う人間と牛頭。お互いに身構え、唖然としている間に取っ組み合った。それはまさに死闘と言ってよかった。肉体が激しくぶつかりあう。汗が舞い、顔を赤く上気させる。相手を掴む。ねじ伏せようとする。ついには雄叫びをあげた。ぼくたちはあまりのことに圧倒されていた。
「いけーっ!」
「がんばれーっ!」
ぼくたちは知らぬうちに声をあげていた。それは牛頭たちも同じだった。狂気にも似た盛り上がりを見せて、一戦、一戦と時が過ぎていく。
勝負はレスリングだけにとどまらず、柔道、ボクシング、そしてアーチェリーと、特に直接的な闘いが圧倒的だった。人間たちも負けず劣らずだったが、限度はある。
そして迎えた四戦目は、人間側が敗北した。
二勝二敗。
お互いに絶対に譲れないところへと来てしまった。
最後の競技を決めなければならない。誰もがお互いを見た。ここで負ければ、ぼくたちは彼らの家畜となるのだ。各国の首脳たちも焦りを見せていた。
「ああ、ついに我々の仲間が解放されるのだ!」
牛頭のひとりが叫んだ。
彼らは本当に牛なのだろうか――という疑問が浮かんだとき、ぼくは自分が予想外に冷静なのに気付いた。
「……ぼくが行きます」
ぼくの顔は真っ青になっていただろう。だけれど、絶対に勝たないといけないこの一戦。いままでの試合を見てきて、彼らの弱点に気が付いた。
「きみが?」
誰かが尋ねる前に、牛頭が言った。にたりと笑って、もはや決定事項だというように言う。
「ほう! きみの競技はなんだね? その体格だと弓矢やアーチェリーかな?」
「ぼくの種目はこれです」
オリンピックの公式規約に則った、愛用のゴーグルを取り出した。即座に頭に装着する。最後の相手である牛頭がよくわからない顔をしたが、彼のところにもゴーグルが運ばれてくる。競技場の上にある画面が点滅し、そこにとある映像が流れた。
「なんだこれは?」
牛頭の困惑する声が僅かに聞こえた。
それにも構わず僕が右手を動かすと、画面の中の腕が銃を構えた。ファーストパーソン・シューティングゲーム。VRデバイスを装着して戦うこのゲームを、「スポーツ」として認めない人もいまだ多い。オリンピックの公式種目から外せといまだに叩いている人もいる。
「ぼくの競技はVR型のe-スポーツ、ゲームはFPSです。では、始めましょう」
画面の中の廃墟に降り立つと、左手で操作を続行して影に隠れては敵を倒していく。NPCである敵を倒し、アイテムを取りつつ、効率的に相手を倒すのが目的だ。ちょうどいい緊張感だ。オリンピックの時より気分が高揚している。
牛頭のほうは、直接的な闘いではないスポーツに悪戦苦闘していた。しばらくして操作に慣れたようで、銃をリロードしていたが、関係ない時に腕が動いてしまっていた。まだ弾が残っているのにリロードしたりと、無駄な動作が多い。
やがて相手の姿を捉えた。向こうもぼくに気付いて銃を向けたが、遅い。
ぼくは素早くボタンを押して、相手のアバターを撃ち抜いた。
……それからしばらくして、牛頭たちとぼくたちは再び同じ部屋に戻ってきた。
「さて、悔しいですが今回もまたあなたがたの勝利ですな」
「ええ、そういうことですね」
なぜオリンピックでe-スポーツが推奨されたのか、いまなら理解できる。新しい競技がどうしても必要だったのだ。世論から後ろ指を指されたとしても。
「我々もあのスポーツの研究が必要ですな」
「まったくですな」
そうやってぼくたちは、ぼくたち人間と牛頭たちは戦ってきたのだろう。
牛というにはどうにも違和感のある彼らは、来た時とおなじくいずこかへと去っていった。
ぼくは建物から空を見上げた。
そしてふと、考えてしまった。もしぼくたちがこの広い宇宙に出て、ぼくたちに似た者が家畜にされていたとき。
彼らと同じ手段を執れるだろうかと。
四年に一度の29(にく)の日に。 冬野ゆな @unknown_winter
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