「金金金全」
タカナシ
「もう沢山だ」
ここは超有名なお寺にある一室。
板張りのその部屋に座布団を敷き、半紙と筆を目の前に頭を抱えるお坊さんと、床の上に直接ちょこんと座る弟子がいた。
「ああ、とうとうあの年になってしまった……」
「お師匠。もう毎度のことなので、諦めて今のうちに練習しては?」
弟子の言葉に語気を強め、唾をまき散らしながら反論する。
「お前っ! 毎回だから嫌なんだろ。そりゃ初めの1回は誇らしい気持ちだったさ。2回目もまぁいい。そりゃめでたいことだし2回目くらいあっていいさ。だが、3回目、4回目ともなると食傷気味にもなるだろっ!!」
「そんな、たかが、今年の漢字で『金』って書くくらいいいじゃないですか」
「四年に一度、毎回決まったように書くんだぞ! しかも、他の年と違って、結構前から『金』って予想されるんだぞ! 練習する時間があるってことは下手な『金』が書けないんだぞ! わかるかこのプレッシャーっ!!」
「でも、お師匠の字は毎回キレイで力強いですよ」
「えっ、そう! エヘヘ」
お坊さんは照れ笑いを浮かべ、坊主頭を掻く。
だが、すぐに思い直し、頭をぶんぶんと振った。
「いやいや、そうは言っても、それは練習時間がたっぷりあったからだ……。練習時間がたっぷりあるのが、3回もだよ。そして今年もきっと『金』くるよ。もう練習で『金』って書くの嫌なんだよ。もう夢の中まで『金』でいっぱいなんだぞ?」
「字面だけ見ると、金の亡者ですね」
「だろぉ? わしみたいな高僧がそれってマズイでしょ? いくら金メダルの『金』とはいえ」
「いや、毎回、その他に、政治家の献金問題とか入ってくるので、全然クリーンな『金』じゃないですよ」
「なぜ、わしを追い詰めるっ!!」
弟子は不思議そうな表情を見せ、「事実を述べただけで追い詰める意図はないですが」と言うのだが、結果余計にお坊さんを追い詰める。
「だいたい、金の問題なんて、毎年あるだろ。なぜこの年だけピックアップするんだよ。そんな無理矢理に理由つけないでオリンピックだけでいいだろ! そもそも今年の漢字を投票で決めるのが間違いだと思うんだが。ちゃんと専門家みたいな奴が独断と偏見で今年の漢字を決めるべきだとわしは思うんだ!!」
「もし、私が審査する立場なら独断と偏見で選んだと言いつつ、忖度で『金』にしますけどね。まぁ、むしろ、それを逆手に取ってオリンピックイヤーはあえて『金』で縛って話題を得ますね!」
「うぐっ!」
弟子の指摘に、思わず息を呑む。
「ならば、どうすれば……」
「では、『金』ではなく『全』とこっそり書いてみては?」
「それは大炎上するだろ! 何度も燃えとるんだぞこの寺は。さすがにわしのせいでネット上でも燃やす訳にはいかんだろ!」
弟子から微かな拍手が起きる。
「おおっ! お師匠。全然上手くないですが、あえて、ちょい前の話題を取り入れる姿勢には感服を通り越して引きます。すべってます」
「……んっ。よく聞くと、全然褒められてないな」
「ですが、お師匠、安心してください。今年はもしかしたら無くなるかもしれませんよ。なんせコロナウィルスが絶賛アウトブレイク中ですし。オリンピック自体が来年になるかもしれません」
「おおっ! なるほど。そういえば、そうだな……。いやっ!」
すっとお坊さんは立ち上がると、弟子も立たせた。
「弟子よ。わしを殴れっ! わしは一瞬でも人々の不幸を願ってしまった。心の修行が足りんっ! そもそも誰かの不幸の上になりたつ幸福など、わしは――ぶふぉ!! ちょっ、まだ話てる途中で殴るのは無しだろっ!」
「あ、すみません。『心の修行が足りん!』で終わったかと思って」
「ああ、それなら仕方ない。でも、わし、その後も結構喋ってたよね?」
「それは、きっと殴るまでの私の中での葛藤の時間ですね」
「その割にずいぶん思いっきり良かったよね?」
お坊さんは頬を撫でながら問いただす。
「お師匠はきっと、全力で殴ってほしいと思うと愚考いたしました」
弟子は深々と頭を下げる。
「いや、まぁ、その通りなんだけどね」
お坊さんはいまいち納得できないまま、再び座布団の上へと座った。
「良し、不幸を願うより、皆の幸福を願おうではないか。今回のコロナという病が『全快』するようにわしは『全力』で祈りを捧げよう!!」
「お師匠、今年の漢字が『全』になる煩悩が透けて見えますよ。あわよくば『金』も間違えて『全』にカウントされないかなとかも思ってますね? 邪心がまだあるようなのでもう一発いっときますか?」
弟子は拳を握ると、はぁ~っと息を吹きかける。
「…………お主、心読めるの? 悟りの境地?
「なりませんね。ですが私とてお師匠を殴ることは本意ではないです。ですから、たぶん、今年の漢字は『金』になりますから、大人しくそろそろ練習しましょう」
お坊さんはがっくりと項垂れた。
「金金金全」 タカナシ @takanashi30
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