四年に一度のもう一人の僕と……
明日key
四年に一度のもう一人の僕と……
なぜなのかはわからないが、二月二十九日は僕が別人格の僕になる日だ。誰も信じてくれはしないが事実なのだ。だから二月になると決まって二十九日が土日であってくれと願う。幸運なことに明日は土曜日だ。だから僕はほっと胸をなで下ろした。残り一分を切ったあたりで意識が薄れてきた。もうすぐ僕の心が完全に真っ白になる。残り三秒、二、一、……。
待ちわびていた。見渡せば散らかったこの僕の部屋。もったいないくらい時間を持て余しているようだな。僕と来たらこの四年に一度の一日しか有効に時間を使えないというのに。というわけでお礼をかねて一発目にこの僕の部屋を掃除してやろうと思った。
一時間後、部屋はすっきり片付いた。感謝してくれたまえよ、この僕よ。
さて、時間は少ないから僕は早速家を出て、近場のコンビニに入った。資金は潤沢で、財布の中にはざっと二万円くらいある。最近のコンビニは機械がレジをやってくれるんだな。おいしそうなスイーツもあった。いつの間にか消費税は一〇パーセントになっているのか。いや、八パーセントになる場合もある? まぁ面倒くさいことは置いておき、スイーツとおにぎりとジュースと雑誌を買って、僕はコンビニを出た。
公園で一人、宴を開く。ひたすら雑誌に掲載された漫画を読んで、ひとしきり笑って食って飲んだら、六時になった。本当に時間というものはあっという間だな。
大きなあくびをして、霧の佇む朝方の空気を肌で感じながら、外を歩く。
そういえば……、僕は思い出していた。四年前あのとき何があったのか。その一日を一秒で思い出した。あの日のことを、僕は何回でもループバックできる。そしていまでも……。
「相変わらずね、あなた」
ふと声をかけられた。そこで歩いていたのは、一人の女の子だった。
「覚えてるよね? 私があなたと交わした約束」
忘れるわけがない、むしろ四年間を待っていたのは、このときのためでもあった。
「死んでなかったな」
四年前の二月二十九日、僕はこの女の子と約束をした。この公園でまた出会うことを。
はっきり言えば、こんなことのために時間を使っちゃいけないような気がする。そんなことをふと考える。ただ二人でいちゃいちゃしてるだけ。
それなのに変だった。もう一日経ったと思うはずが、まだ一時間しか経っていない。
二日経ったと思ったらまだ時間がある。
だが、悲しいかな。しょせん時間は有限で、あっという間に一日は終わりに近づいていた。
僕は声が枯れるまで彼女としゃべくりまくった。
「僕のこと、本当に待っていてくれたんだね」
「当たり前でしょ、あなたとは四年に一度しか会えないことは知っている」
「じゃあ、これから後どうなるかもわかってるんだな?」
「うん、私、キャーって叫んじゃうから」
この子はそれを知りながら、僕と十八時間も費やしてしゃべくりまくった。
「四年前の二十九日、私は絶望していた。それをあなたは私の肩に手を添えて語り明かしてくれたよね」
「ああ」
「そして、あなたは大切な時間を使って、また私と話をしてくれた。ごめんね、一日という短い時間をこんなことに使わせちゃって」
だが、僕ははっきりとわかる。この濃密な時間は何度でも思い出せる。だから、この時間は永遠だった。たとえ繰り返し読み出す記録媒体だったとしても、それはそれでいいのだ。
「僕はこの時間だけで幸せだから、そして一秒思い出すだけで一日が蘇るから」
整理された部屋の中、タイムリミットの深夜〇時まで刻一刻と近づきつつあった。
「あなた、また会えるよね」
「死んでなければな」
「縁起でも無いこと言わないで」
「ハハハ、死ぬものか……」
でも、たとえ死んだって、僕はよかった。
僕にとって時間というものは、活動する時間ではない。
この一日のあいだでどれだけ思い出せることができるか、それを多く得ることが何よりの時間だ。
「じゃあ、また四年後な」
「うん、待ってるから私。必ず待ってるから」
そして、僕の意識は途切れた。
◆
「きゃああ! あなた誰なの!」
「君こそ誰なの! 僕の部屋に勝手に上がって!」
狂乱なわめき声をあげて、彼女は家から出て行った。
散らかっている。いや、整理されているのか。お菓子が乱雑に散らばっていて、中途半端に片付いて中途半端に散らかった僕の部屋。いま午前の〇時二分を時針が差す。
「な、な、なんなの? あの僕め、また何かやらかしたな?」
実を言うと、これは彼だけのせいではない。
この日に別人格になる人間が一人だけでない。もう一人もまたこの日に別人格になるというだけのこと。
「もう、なんなのよ。なんでこの日に限って私の記憶は飛んじゃうわけ!?」
だからこれは、四年に一度、彼と彼女が出会う日。
何度だって蘇る思い出の日。それが二人が出会える永遠の瞬間。
四年に一度のもう一人の僕と…… 明日key @key
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