四年に一度目覚める彼女

空月

四年に一度目覚める彼女と、僕の話。

「ふわぁああ……よく寝た」


 四年に一度目覚める彼女の第一声は、いつも同じだ。


「おはよう。本当によく寝てたね」


 そして、それに対する僕の言葉も同じ。

 一言一句違わない、それを何度繰り返しただろうか。


 彼女の奇病が判明してから、それは一種の儀式のように続けられてきた。


「楽しい夢を見ていたのよ。あなたと行ったいろんなところの夢。行ったことのない、不思議な世界にあなたと行く夢。どの夢にもあなたが出てきたわ。あなたはどうだった?」


「僕の場合は仮死状態だから、夢は見ないよ。前も言ったじゃないか」


「もしかしたら、今回は違っているかもしれないじゃない」


 くすくすと、彼女が笑う。楽しそうだ、よかった、と僕は思う。

 四年の一度のその日を、彼女が悲しい気持ちで過ごすのは、心が痛いことだから。


 彼女が眠っている四年の間、彼女の時間は止まっている。

 たくさんの理論や仮説を聞いたけれど、どれが正しくても間違っていても、それだけは確実だった。

 だから僕は、彼女と歩む時間と合わせるために、冷凍睡眠を使うことにした。

 かつては物語の中の技術だったそれも、今では一般人でも金さえあれば手が届くものだ。

 だから僕は、全財産をつぎ込んで、その技術に縋った。彼女を一人にしたくなかったし、彼女のいない人生を生きたくなかった。

 彼女は天涯孤独だった。僕も天涯孤独だった。ひとりとひとりが、ようやく二人になって、ともに歩んでいけると思った矢先の出来事だったから。


「ねえ、お話をしましょうよ。あなたの声を聴きたいわ。あなたの話を聞きたいわ。それから、私の話も聞いてほしいわ。夢の話。夢のあなたの話」


「目新しい話なんてないよ。それに、君の夢の中の僕には嫉妬してしまうかもしれないな」


「ふふ、それでいいのよ。そんなあなたがいるというだけでいいのよ」


 彼女はいつもそんなふうなことを言う。彼女にとっては僕がすべてで、僕にとっても彼女はすべてだった。

 

 だから僕らは、いつもいつも、出会っていなかった頃の話をして、出会ってからの話をして、もしもの世界の話をして、夢の中の話をする。

 彼女は現実の、外の話を聞かない。僕は彼女より早く目覚めるから、少しは彼女よりそれを知っているけれど、訊かれたことはない。

 興味がないのかもしれないし、興味を持たないようにしているのかもしれない。何度の目覚めかももう彼女は把握していないようだった。考えても仕方ないと思っているのかもしれない。

 彼女がそうであるのなら、僕もあえてその話をしようとは思わない。そんなことより彼女が楽しいと思う話をする方が重要だからだ。


「小さい頃のあなたの話を聞いているといつも思うわ。そこに私がいたら、きっと抱きしめてあげるのにって。さみしい思いなんてさせないのにって」


「僕も、小さい君の話を聞く度に思うよ。小さい君の涙を、拭ってあげたかったって」


 そんなもしもの話だって、何度だってしたけれど、何度だって同じ言葉を言いたいし、言われたいと思う。

 それが愛しいという気持ちなのだと僕は思っているし、彼女も同じだろう。

 彼女を楽しませることに腐心して、彼女の笑顔を見ることに満たされて。

 一日なんてあっという間だ。彼女は再び眠りについた。




 だから。


 人類は滅んでしまったらしい、と、僕は今回も言えなかった。



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