オーディンピック ~勇者削減トーナメント~

滝杉こげお

友情の勇者

 かつて、この世界は魔王という強大な絶対悪の存在により崩壊の危機に瀕していた。

 追い込まれた人類が発動した最後の希望——大魔術 “勇者召喚”。

 世界中から魔力を集め、異世界より魔王を打倒すほどの力を持つ “勇者”を召喚する至高の術だ。


『我は必ず蘇る。そしてこの地を必ずや我の物とするのだ』


 勇者によって倒された魔王。けれどもその断末魔は人々の心に不安の種を残した。

 勇者は死に、多くの人材が失われた。仮にもう一度魔王の軍勢が襲ってきた際に現在の人類に抵抗するすべは無い。


 かくして “勇者召喚”の魔法陣が現在まで魔王への対抗手段として残されたのは必然と言えよう。

 しかしこの魔方陣には致命的な欠点があった。自動的に周囲の魔力を集め続けてしまうのだ。世界中の魔力と引き換えに “勇者”を召喚する決戦兵器。使えば世界の魔力は枯渇する。

 しかし、この魔方陣を作った大賢者はすでに戦死しており、一度働きを停止させてしまえば二度と発動させることができない。


 人々は深刻なエネルギー不足と引き換えに平和を買ったのである。

 世界の安寧とともに一年に一度強大な力を持つ勇者が召喚されていった……


「こうして毎年増えていく勇者様を殺し合わせるイベントこそ、かの大賢者様から名前を取った”オーディンピック”。四年に一度の血と平和の祭典です!」


「いや、殺し合わせちゃダメだろが!!!!!!」


「ふぇえ!?」


 俺の叫びに目の前の金髪獣耳童顔美少女の案内人ガイドは、まるで尻尾を踏まれた猫のように背をのけぞらせ大げさに驚く。

 ここまで彼女の説明を黙って聞いていたが流石に今のは黙っていられない。


 何せ俺こそがその“勇者召喚”によりこの世界に召喚された勇者であるらしいのだ。何が悲しくて現代日本において平凡に高校生活を謳歌していた俺、鈴黄すずき友人ゆうとが異世界に来て殺し合いをさせられねばならんのだ。

 しかも四年に一度のオーディンピックというギリギリの名前。血と平和の祭典って矛盾もいいところだろう。


「いいえ、ユート様。これは立派な平和の祭典です。勇者様が元の世界に戻るにはこの世界で死を迎えるしかないのです」


 金髪獣耳金髪美少女は性懲りもなく元の口調で話し出す。というか金髪獣耳童顔美少女って呼称はいかにも長いな。もう、本名であるカーツィと呼ぼう。

 カーツィの話ではなんでも勇者には一人に一つ特別な力チートが与えられるそうで、その力は強大故に維持や使用に多大な魔力を消費する。資源問題に悩むこの世界にとって魔力をこれ以上失うことは死活問題だ。


「……カーツィ。だとしても俺にはこの世界でやることがあるんだ。勝手に殺されては困る」


「? この世界は魔王が倒された平和な世界です。そしてユート様はまだ召喚されたばかり。この世界で何かなすべきことがあるとは思えませんが」


「いや。俺にはこの世界で会わなければならない人がいる。だから、どのみち目的を達成するまで俺は死ぬつもりはない」


 俺は決意の目を向ける。

 そもそも俺はこの世界に望んできたのだ。四年前いなくなった俺の親友、斎橙さいとうつよしを探すために。


「ツヨシは俺の目の前で消えた。トラックに轢かれた瞬間、死体すら残さず忽然と。本来轢かれていたのは俺のはずだった。だけどツヨシは俺を突き飛ばして身代わりに……俺は現象の真相を探るため資料を読み漁り異世界から帰還した勇者の話にたどり着いた。ツヨシは異世界にいるのだと仮説を立て、そして今こうしてたどり着いたんだ」


 俺は一度元の世界で死んでいる、自ら命を投げ捨てて。

 元の世界に戻れるという確証もなく、ただ、ツヨシと会うために。


「ならば強くなりましょう」


「!」


 召喚された勇者にこの世界の理を説明する役目を持つ案内人ガイド。カーツィは生まれたばかりの勇者である俺に尽くしてくれている。それは役職だからというよりも彼女の善性からくるものだと感じられる。


「私、全力でサポートしますから。一緒にお友達を見つけましょう!」


「ああ。よろしく頼むよ」


 こうして俺達はオーディンピックに生き残るため行動を開始した。


**


「ヘイ。“友情の勇者フレンドリー”! 一回戦の相手は君だね。この世界に来てたった三日のひよっ子勇者が僕と戦うことになるなんて、同情するよ」


 対面するのは赤髪の大男。俺よりも一年早く召喚された希望ホープの名を冠する勇者。


「同情なんて要らねえよ。何せ勝つのは俺なんだ」


「フフフ、君は面白い冗談を言う。僕は最強の勇者だぜ? レベルは当然99カンストで、強力な勇者の力チートも完璧に使いこなしている。一方君はレベルも、力もひよっ子のまま。つまり、僕に負ける要素は無いのさ!」


 はあ。なんだよ、今の言説は。

 赤髪の男の言うとおり三日間じゃたいした準備なんてできない。レベルはたったの27で、用意できた遺物アーティファクトも2つきり。さらには頼みの勇者の力チートすら満足にコントロールできやしない……そんなことは言われなくても


「だからって諦めるわけにはいかないんだ!」


 俺だって三日間遊んでいた訳じゃない。俺には通すべき友情があるんだ。


 俺の勇者の力チートは“周囲を味方につける力”。カーツィが言うには運が異常に良くなる力らしい。常時発動パッシブ型であるためコントロール不要であり力を手にしたばかりの俺でも扱えると言うのは都合がいい。


「ヘイ! 友情の勇者フレンドリー。どうして僕の攻撃が当たらない? さては君の勇者の力チートは回避能力かな」


「へっ、そんな事聞かれて教えるわけが無いだろう」


 第一試合。開始早々、希望の勇者ホープが繰り出してきた怒濤の連打を俺は強運で身を踊らすように避けていく。

 俺に攻撃を回避する意志がある限り希望の勇者の攻撃は俺を捉えることはない。


「フフフ。これじゃあらちが明かないな。君の攻撃は僕を倒すに足りないけれど、僕の攻撃は君に当たらない」


 続く打撃の応酬。俺の攻撃は確かに相手を捉えているが、如何せんレベル差がありすぎる。

 試合が進むにつれて減っていくのは俺の体力ばかりで、希望の勇者ホープの顔は平静だ。攻撃が効いている気配がない。


「このまま消耗戦じゃあつまらないよね。一気に、決めさせてもらうよ!」


 希望の勇者ホープの右手に光が宿る。俺はすかさず用意していた遺物アーティファクトを手に取る。


 オーディンピックに俺が持ち込めたアイテムは二つだけ。使える道具が自身で手に入れた物だけという制限があるからだ。


 一つは魔力をためておける最上級魔石。所有者の意志に呼応して触れている者に内蔵する魔力を供給する魔力の回復手段だ。これは最初から上級魔法を使える勇者である俺にとって少ない内臓魔力を補う手段として役立つ代物。


 そしてもう一つが魔力視の眼鏡。通常の視界を失う代わりに周囲に漂う魔力の流れを見ることができる。これで相手の攻撃が読めるのだ。


 どちらも俺の勇者の力チートによりドロップ率を操作しダンジョンの最奥から手に入れた最上級レアの宝である。


「最大威力の範囲攻撃。これは君には避けられない」


 魔力視の眼鏡で希望の勇者ホープを見れば彼の右手には異様なほどの魔力が蓄積していた。

 カーツィから聞いた希望の勇者ホープ勇者の力チートは、”未来の自分に託す力”。最初聞いたときは意味が分からなかったが簡単に言えば”蓄積”と”後回し”の力だという。


 自身の魔力を未来の自分に託すことでその力を”蓄積”し攻撃の威力を増す。

 受けたダメージや疲労を未来の自分に飛ばすことで”後回し”。現在の自分を回復する。


 そして今行われているのは”蓄積”だ。極限まで集めた魔力を一点にたたきつけ周囲一帯を消し飛ばす範囲攻撃。当然自身もダメージを受けるがそれを”後回し”することで俺だけがダメージを受ける。

 攻撃範囲が広ければいくら幸運な俺でも回避は不可能。まさしく致命の攻撃。


「さあ、くたばれ!」


 振り上げられる拳。許容限界ギリギリまで貯められた魔力が光り輝く。俺はその光目掛け手にするもう一つの遺物アーティファクトを投げ込んだ!






 ドタン、と。崩れ落ちる黒い肉塊。生き残った俺は肉塊に近づくとその近くの地面から魔力を放出しきった最上級魔石を拾い上げる。

 許容限界まで貯められた魔力。そこへ勇者の力チートによる確率操作でぶつけた最上級魔石が魔力を送り込めば、起こるのは魔力の暴発だ。


 俺に希望の勇者を倒せる攻撃力は無かった。ならば相手の力を利用すればいい。




「クックック。どうやら美しい大番狂わせが起こったようデスネ」


 背後から現れたのは純愛の勇者ピュア。すでに別の勇者を倒したのだ。血に染まった顔で笑う彼が第二回戦の相手。


「では尋常に勝負いたしまショウ……と、もうすでに勝負は決まっているのデスガ」


 純愛の勇者ピュア勇者の力チート。それは“自身を見た物を操る力”。対象となった者は彼に死ねと言われれば死ぬ、絶対服従の奴隷となるのだ。


「『最後に愛別つラブ・イズ・ゲームオーバー』。さっさと終わらせまショウ。あなたは私の眼の前で、自身で考えうる限り最も悲惨な死に方で死にナサイ」


 純愛の勇者ピュアの命令。俺の手が地面に転がる希望の勇者ホープの剣へと伸びる。


「な!? な、ぜ」


 ドサ、と。純愛の勇者ピュアの首は俺の剣により跳ね飛ばされた。


「なぜ、って。俺は魔力視の眼鏡をかけているんだ。お前の姿なんか見えちゃいねえ。そしてこの剣は俺が勇者を倒してドロップしたものだ。この剣なら格上相手にもダメージが通る。希望の勇者ホープ純愛の勇者ピュア。あんたらの敗因は俺に勇者の力チートを知られていたことだよ」


 力を知っていたからこそ対策できたのだ。そういう意味では俺が召喚されたのが勝負の三日前だったのは何とも幸運だったというわけだ。




「君は、ユート?」


 そして現れるもう一人の勇者。四年に一度、四人の勇者により行われるトーナメント。では、その優勝者はどうなるのか。答えは次のトーナメントの優勝者と戦うのだ。


「ああ。会いたかったよツヨシ」


 四年前姿を消した親友。俺は彼をもとの世界に戻すためにこの世界に来たのだ。


「さあ、終わらせよう」


 俺とツヨシは静かに剣を構えた。


【完】

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