船乗りの妻

千石綾子

 船乗りの妻

「結婚するなら船乗りがいいわ」


エリは口癖のようにそう言っていた。


「どんなに好きでも毎日一緒に居たんじゃ息が詰まるでしょう? だから最低数か月は船に乗っていなくなっちゃう相手がいいのよね。きっと会う時はいつも新鮮だわ」


そんな考えに私は賛同できなかった。好きな人とはいつも一緒にいたい。だから結婚するんじゃないの? って思うから。


「私は普通の会社員がいいな。でなきゃほら、公務員とか安定してるっていうじゃない」


  私たちはまだ子供だったから、「誰」と結婚するかよりも「どんな職」と結婚するかなんて事を話し合っていた。


 そんなエリは不倫からの大恋愛を経て公務員とゴールインし、私は船乗りと結婚した。

 ただの船乗りじゃない。宇宙船の乗組員と。


 タカヤは火星に物資を運んで建設にも携わる仕事をしている。出逢ったのは会社の近くのバー。退屈な毎日を洗い流しに通っていたら向こうから声をかけられた。


「君、いつもこの席にいるね」


 そう言ってお酒を奢ってくれた。一目惚れだったと思う。

タカヤの職業を知ったのは、付き合って3か月。もうすっかり深い仲になってからだった。職業を理由に別れられないくらいに愛してしまっていた。


 火星に行って、仕事を終えて戻るまで4年。織姫と彦星どころじゃない。それでも私はタカヤの妻になりたかった。


 4年に一度しか会えない。そんな生活は耐えられないと思っていたけど、意外とそうでもなかった。今の通信システムは遠い宇宙からも鮮明に映像を送ってくれる。私は毎日モニター越しにタカヤとおしゃべりすることができた。

 今日も決まった時間に私はモニターの前に座る。画面にうつるタカヤの笑顔が眩しい。


「元気?」


 私は決まってこう切り出す。


「元気だよ。ミサは元気だった?」


 帰ってくる言葉も一緒。


「今日は映画を観に行ってきたの。ほら、これ」


 私がパンフレットを見せるとタカヤは目を輝かせる。


「ああ、その映画、僕もこっちで観たよ。面白かったね」

「ええ、主人公がちょっとタカヤに似てたなって思ったわ」

「そうかな? アクションもすごかったし、最後のどんでん返しが面白かったね」


 時間は長くないけれど、こうしてほぼ毎日直接話ができる。


 通信システムの障害で話せない日もあるけど、そんな時は彼のSNSを覗いたりしている。

 火星の食事の写真はお世辞にも美味しそうには見えないけど、栄養バランスを考えられたメニューだから安心する。タカヤが食べてるもの、最近気に入っている本、仲間と飲んでる様子。タカヤはマメに更新するから、私も負けじと色々アップするの。


 だから4年振りに会った時も、それほど久しぶりって感じがしなかった。

 もっと感激するものだと思ってたからちょっと気が抜けちゃったけど、ぎゅって抱きしめられた時には嬉しくて思わず涙が出ちゃった。


 タカヤが地球にいられるのは1週間足らず。そしてまた火星に向かって飛び立つ。次に会うのは4年後だと思うと一日一日が幸せに感じられる。

 エリの言ってた事は正しかったんだな。


 タカヤはまた火星に飛び立ち私は毎日モニターの中のタカヤと話したりSNSで交流したり。結婚後、医療関係の仕事に就いた私は毎日忙しくて4年はあっという間に過ぎていく。そして次の4年目に帰って来たタカヤは。

 ううん、タカヤは帰ってこなかった。


 作業中の事故でタカヤは3年前に亡くなっていた。そう言われて私はタカヤのお骨を受け取った。

 そんなはずない。だって昨日まで私はタカヤとおしゃべりしていたもの。

 そうしたらタカヤの友人のケントさんが話してくれた。


「俺たちは生前もしもの事があったときに家族にすぐに知らせるか、それとも隠しておくかを選択できるんだ。隠したい場合はAIが本人に代わって会話やSNSの更新をしてくれるサービスがある。タカヤはそれを選んでいたんだ」


 でも、どうして。


「遠い宇宙で突然いなくなったと知らせるよりも、遺骨でいいから本人を目の前にして知らせたいって言ってた」


 私は腕の中の白い箱をぎゅっと抱きしめた。

 でも、この3年間私が話していたのは誰だったんだろう。


「今日は僕たちが出逢って10年目の記念日だね」

「あれ、髪型変えたんだ。良く似合ってるよ」


 そう言って笑ってくれたのは本当のタカヤじゃなかった。タカヤのデータの集合体。

 私はぼろぼろと零れ落ちる涙を止めることが出来なかった。



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「元気?」

「元気だよ。ミサは元気だった?」


 今日も私はモニターの中のタカヤと話をする。

 遺族の心のケアのためにAIを使い続けるサービスがあると知って私は今もそれを利用している。はじめは悩んだけれど、タカヤが遺してくれたものだから。


「また4年目が来るね。今そっちへ向かっているところだよ」

「うん、待ってるからね」


 タカヤの、優しい嘘に私は泣きながら頷いた。




          了


 

  (お題:4年に一度)

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船乗りの妻 千石綾子 @sengoku1111

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