四年に一度の誕生日

小鳥 薊

閏年の病

 これは私と、ある数奇な運命を背負った少年の物語だ。

 少年は疾風はやてという名で、私より一日早くに、この世に生を受けた。

 閏年。地球の自転の速度と暦のズレを解消するための四年に一度の調整日として、二月二十九日が設けられていることは常識だろう。しかし、この日に生まれた子の中に稀に発症する奇病を知らない人は意外にも多い。

 それは、遺伝子疾患の一種であり、症状として身体の発達速度が通常の四分の一の速さで進むことが挙げられる。つまり、文字通り、四年に一度しか歳をとらないため、平均寿命も通常よりも四倍長生きするのである。

 この疾患にそれ以外の個体差は見られないが、この奇病の罹患者は、大らかでのんびり屋気質の天才が多いという研究結果も発表されている。

 私は、この病に関するこれ以上の知識はないが、この病の患者である疾風と過ごした日々についてはもう少し語ることができる。

 疾風は、閏年の二月二十九日が終わる直前に誕生した。私は疾風の双子の妹で、日にちが変わった三月一日の午前零時二十分に生まれたのだ。こういったわけで、双子だが誕生日が異なり、疾風だけが閏年の病を発症した。

 スタートは同じだったはずなのに、私たち双子の差は日に日に広がるばかりだった。両親にとっては、私が駆け抜けていった幼少期を足踏みしながら停滞する疾風の成長がスローモーションに見えたのではないだろうか。最初の頃は時に苛立ちもしたと思う。私が11ヶ月で出来た独り歩きも、疾風は習得に4年掛かったのだから……ちなみに疾風が言葉を覚えたのは15歳のときだった。皮肉なことに、この時私は早めの反抗期を迎え、両親とまともに口を利かなかった。私にとって疾風は年の離れた弟にしか思えなかったが、意思疎通が可能となった疾風の反応から、私は疾風の精神が私の年齢と相違ないことをこの時はじめて悟り、思春期特有の陰鬱気分や社会に出た後の苦労や葛藤が他人の四倍も長い人生を思うと、疾風が哀れでならなかった。

 このときから私は疾風を双子として接することに努めるのだが、社会はそうではなかった。疾風は私たち一般生徒とは別の特別学級に属し、異なるカリキュラムを受けていたが、それは決して彼の精神年齢に見合った内容とは言い難く、毎日が退屈そうに見えた。

 私が社会人となった頃、疾風は分厚い哲学書を鞄に忍ばせて学校に通っていた。それが私が語れる疾風の全てであり、それから結婚、出産、退職を経て還暦を迎えた私の近くに疾風の存在はなかった。

 疾風は閏年の病が敷いたレールの上を、その病の速度で走る電車に乗せられて亀の如く歳をとったのだろう。


 そうして今、持病が悪化し余命幾ばくもない私の周りにはひ孫も含めて私が生きた証が囲んでいる。しかし、疾風はというと未だ独りだ。両親とはとうの昔に死に別れ、話の合う友人の一人もいないとつい最近ボヤいていた。

「疾風は実年齢ではいくつになるんだっけ?」

「ボケたのかい? 僕はやっと成人だ」

「そうかい、長かったねえ」

「長い長い。でもこれからがまた長いったらないね。僕らは社会にとっては重宝がられる労働力だよ。これから何十年、前線で戦っていかなければならない……普通の人の四倍だ。恐ろしい未来だ。」

「精神年齢ではとっくに隠居老人の年だからねえ。働くのも大事だけど、趣味をたくさん持ったらいいわ」

「僕は君と違って多才じゃないんだ。知っているだろう。刑期が四倍延びた囚人のように生きるしかない」

「なんでよ、恋愛だってたくさんできるわ。四回くらい結婚したらいいわ」

「……恋多き人生もいいか」

「恋多き人生もいいわ」

 疾風との時間はいつも穏やかに過ぎていく。このとき私たちは、私の病室で長い時間語り合った。おそらく生まれたばかりの頃を除いて人生で最も長く疾風と過ごした期間だった。疾風と一緒なら私の死もまた鈍間な気が不思議とした。

「疾風、あなたを一人残して死んでいくことを許してね」

「それは仕方のないことだよ。僕は見た目ほど柔じゃない」

「双子らしいこと、ほとんどできなかったわね」

「まあね。僕がやっと追いついたと思ったらとうに君はオバアサンだもんな」

「周りはあなたのことを青二才として接するんでしょ、中身はオジイサンなのに滑稽ね」

「そういう奴には噛み付いてやるさ」

「あなたが明るい質でよかったわ」


 西陽が長い影をつくる。

 私は自分の人生が終盤になってやっと疾風の孤独を理解した。これからやっと寄り添えるってときに、私の器は壊れかけている。

 疾風ともっと話をすればよかった。

 疾風に自分の友人を紹介して、悩みを打ち明けたりすればよかった。

 大変なときはもっと疾風に頼ればよかった。

 後悔先に立たず。あとの祭り。

 私の人生は一瞬だった。

 疾風は、自分の人生が終わる瞬間、どう感じるのだろう。私の四倍の記憶量の海に、私は埋もれる存在なんだろうか。

 私の四倍の長さの人生は、幸せも四倍? それとも四分の一?

 私の頭では計り知れない。

 それが四年に一度の誕生日、閏年の病の人生。


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四年に一度の誕生日 小鳥 薊 @k_azami

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