四年に一度の二月二十九日と、百年に一度の三月〇日

奈良ひさぎ

四年に一度の二月二十九日と、百年に一度の三月〇日

 グレゴリオ暦では地球の公転周期との誤差を少しでも解消するため、四年に一度うるう年が定められ、二月が通常二十八日であるところ、一日増えて二十九日となる。すなわち二月二十九日がちょうど夏季オリンピックと同じ年に存在することになる。正確には四百年の間に九十七回のうるう年を置く、という表現の方が正しいようだが、それは置いておいて。


「そう考えれば、二月二十九日なんて、大して珍しくもないな」

「そうね。今日は特別な日、だもんね」


 特定の年がうるう年であるかどうかを判別する方法は簡単だ。西暦が四の倍数かどうか。四の倍数かどうかは下二ケタが四の倍数かどうかを見ればいい話だから、九の倍数や十一の倍数、果ては十三の倍数より判別が簡単だろう、と思うのは私だけだろうか。二ケタ÷一ケタの計算ができない大人はそうそういない……と信じたい。

 まるでこれが私の話したいことのような流れになっているが、本題はそこではない。実はこのうるう年の判別法には例外がある。西暦全体が百で割り切れる場合は、四百でも割り切れないとうるう年にならない。つまり二〇〇〇年は百でも四百でも割り切れるからうるう年だが、二一〇〇年は四百では割り切れないのでうるう年ではない。ちなみに今年、二二〇〇年も同様にうるう年ではない。


「生きてこの日を迎えられたこと、そしてその偶然を祝して。乾杯」

「ええ。……乾杯」


 妻となりもう四十年近く寄り添ってきた女性と、私は静かにワイングラスをかちん、と鳴らす。私たちは向かい合わせに座っていて、挟んだテーブルにはこじんまりしたケーキがあった。もう二人とも若くないから、こんなに小さいケーキでさえ食べ切れるかどうか怪しい。明日には息子夫婦が帰省してくれると聞いているから、孫たちの分をあらかじめ取り分けておこうと、私は決めた。


「いやね……ロウソクをケーキに立てるなんて、いつ以来かしら」

「子どもの頃には、よくやったがね。少しだけ、あの時の妙な恥ずかしさを思い出す」


 四でも百でも割り切れるのに、四百で割り切れないがゆえにうるう年でない、例外の内に入る今年。こういう年には、二月二十九日がない代わりに、三月〇日が存在する。元は存在しなかったようだが、いつからか追加されたらしい。専門家ではないのであまり詳しいことは分からないが、二月二九日を足してもなお残る、太陽の周期とのずれを修正するために追加されたのだろう。


「次は百年後……もうわたしたちは、経験できないものねえ」

「そうだね。人間は二百年も生きることはできないからね」


 私は孫たちの分のケーキを切り分け、ラップをかけて冷蔵庫にしまってから、残りを半分に分ける。ちょうど食べ切れそうな量だった。


「正直なところ、あまり実感はないけれど」

「そうだね」


 三月〇日。それは全世界の人間――太陰暦をメインの暦として採用している国は別として――が、一斉に一歳若返る日。私たちのような還暦を超えた人間にとっては、今さら一歳若返ろうが大して変わらない。主に変わると実感するのは、子どもたちだ。それこそ私の孫はまだ小学生だから、そんな小さな子が一年分若返ることの意味は、とても大きいだろう。


「わたしたちは……そうね、やはり一歳若返ってみて、たとえ身体が老いても、心は若く保っていこうと、考えるきっかけになる。そういうことかしら」

「きっと、そうだと思うよ。私も心だけでも若く保とうとする、その努力の大切さを、近頃ひしひしと感じる」


 それはおそらくこの制度を導入した当時の政府が、まさにもくろんでいたことだろう。心を若く保ち、常に最新の情報を頭に入れ、身体で感じる。高齢の人間が増えすぎたこの時代に、少しでも私たちに労働力になってもらおうという考えが垣間見える。そして実際私たちもまだまだ働けると判断されているし、実際働く気もある。この施策が成功だったかどうかが分かるのはまだ先かもしれないが。


「……明日から、子どもたちでにぎやかになるだろうから。今だけでも、静かな時間を、楽しもうか」

「ええ。そうね……」


 ちょうど私たちのケーキには、一つずつ大きなイチゴが乗っかっていた。それをフォークで刺して、若いカップルのように互いに食べさせ合った。やってしまってから恥ずかしくなって、照れ隠しのように二人でふふふ、と笑った。

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四年に一度の二月二十九日と、百年に一度の三月〇日 奈良ひさぎ @RyotoNara

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