【KAC20204】お絵描き系ユーチューバーMOMO、万人ウケするイラストを考える

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お絵描き系ユーチューバーMOMO、万人ウケするイラストを考える

「私のイラスト、人気が出ないんです。万人ウケするイラストを描けるようになれませんか?」


 そう悩みを打ち明けてくれた細身の女性。彼女は四人目の相談者、シイタケさん。

 もちろんシイタケというのはお悩み相談の為だけの仮称だ。


 万人ウケするイラスト?

 誰にでも受け入れられる無難なイラストって事?

 いや、無難な時点でウケてないか……。


「ごめんなさい。イメージが湧かなくて、もう少し具体的に話して頂けます?」


 そう言って彼女の質問の意図をつかもうとしているのが私、お絵描き系ユーチューバーのMOMOもも

 今日、私は『デジタルお絵描きお悩み相談会』と言うイベントのゲストアドバイザーとして、大手家電量販店の特設イベント会場に来ている。


「ピクシブの総合ランキング上位に入っているような、ツイッターで拡散してもらえるイラストです」


 シイタケさんが情報を補足してくれる。


 ああ、ピクシブね。

 シイタケさんはピクシブで人気がある作品が、万人ウケするって思ってるのか。


 ピクシブというのはお絵描きを趣味にする人なら一度は名前を耳にしたことがあるイラスト、マンガ、小説の投稿に特化した有名SNSだ。


「どうも私とシイタケさんの『万人』の定義がかけ離れてる気がするので、認識のすり合わせをしませんか?」と私。

「そうなんですか? わかりました」


 シイタケさんは少し意外そうな表情をしたが、快く承諾してくれた。


「モナリザは人気があると思う?」と私。

「有名だし、世界的な人気があると思います」


 シイタケさんは事も無げにそう答えた。


「好きって事? 部屋にポスター貼りたい?」とまた私。

「え……」


 驚いた顔でシイタケさんが言葉を濁す。


「あの顔を夜中に見るのは怖いから、私は貼りたくないです」


 シイタケさんの驚いた様子を見て、私は微笑みながら自分の意見を言う。


「私もポスターを貼りたいとは思いません」とシイタケさん。

「そうですか。ピクシブの人気作品だって、モナリザと同じです」


 私がそう言うと、シイタケさんの表情に疑問の色が浮かぶ。


「シイタケさんのお母さまは、ピクシブの人気作品をお部屋に飾りたいと思うでしょうか?」


 私はシイタケさんに質問する。すると彼女は「無いですね。絶対」ときっぱり否定した。


「でもピクシブの人気作品は万人にウケるんですよね?」


 私は質問を畳みかける。


「!」


 シイタケさんが目を大きく見開いて、息を飲むのが分かった。


「もうお分かりかと思いますが、本当の意味で万人ウケするイラストは、存在しないと思います」


 シイタケさんの様子をうかがいながら、私は自分の考えを述べる。


「なので、私からアドバイス出来るとすればです。ツイッターでの拡散に繋がるかは分かりませんが、ピクシブでのウケやすさのアドバイスが、ツイッターで拡散する種にはなるのではと思います」


 私はその様に提案し「どうでしょう?」と、シイタケさんの意思を確認する。すると彼女は素直に「わかりました。お願いします」と頷いてくれた。


「では、アナタの作品を受け入れて欲しいターゲットを決めましょう!」と私。


 シイタケさんが小首をかしげて「ターゲット?」と訊き返す。


「はい。先程話した通り、皆にウケるのは無理なので、誰に受け入れて欲しいかを絞るんです!」


 私がそう説明すると、シイタケさんが胸の前でパチンと手を合わせ「なるほど!」と相槌をくれる。


「私もピクシブを利用しているので知っているのですが、ピクシブのユーザーは6割以上が男性、年齢も6割以上が20代だったはずです」


 私はシイタケさんの要望に合いそうな、ピクシブの利用ユーザーについての情報を提供し「それを考慮してターゲットは20代の男性という設定で、シイタケさんの作品を評価してみませんか?」と提案する。


「お願いします!」


 シイタケさんも乗り気だ。

 私はイベントの観客にもシイタケさんのイラストがよく見えるように、ステージに用意されたノートパソコンの画面を、ステージ横の特大ディスプレイに表示する。

 そして事前にシイタケさんから預かっていたイラストデータを開いた。


 開いたシイタケさんのイラストを見て、私は一瞬目を疑った。


 BLだ!


 見た瞬間に判断出来た。それは間違いなくボーイズラブをテーマにしたイラストだった。

 濃厚な絡みがあるわけでは無いが、キャラクタの視線、メインテーマの色、二人の男性キャラクタの距離感から、これから何が起ころうとしているのかを容易に想像出来る。そんなイラストだった。


 う……。このイラスト、刺激が強すぎて鼻血出そう!


 ザワザワザワ……


 ざわつく会場の音で、私はハッと我に返る。

 そしてステージの端で待機中のイベント責任者、茉莉まりさんに目を向ける。

 目を向けた先には、頬に手を当てうっとりと特大ディスプレイを眺める茉莉さんの姿があった。

 私は『イベント的に問題ないですか?』という戸惑いの視線を茉莉さんに投げかける。

 そんな私の様子に気づいた茉莉さんが、グッと親指を立ててニッと笑う。『問題ない!』と言いたい様だ。


 これ、もしかして茉莉さんの趣味なのでは?

 職権乱用じゃないの?


 私が茉莉さんに疑いの視線を向けていると、シイタケさんが「どうかしました?」と心配そうに私に訊ねる。私は「何でもないですぅ」とニッコリ笑ってやり過ごす。


 職権乱用かもしれないけど、私の雇い主は茉莉さん。茉莉さんが良いと言うのなら、しっかりアドバイスするのがプロよ! MOMO!


 そう自分に言い聞かせ「では、見ていきましょう!」と言って、私は何事も無かったようにイラストの評価を始めることにした。


「このイラストから受ける主な印象は、主題がBL、絵柄は少女漫画風、性的要素が強めという所ですね」


 うはッ! 何度見てもすごいな、マジで鼻血出そう!


 改めてイラストをマジマジと見て、私はドキマギしながら作品の印象を語る。そして、そのまま評価に入った。


「まずは主題のBL。残念ながら日本では、まだ多くの男性がBLを好まないのが現状です」


 私の言葉に、シイタケさんの表情が少し曇る。

 私の目の端に映る茉莉さんも、若干ショックを受けた様子だ。


「次は絵柄。線や塗りは美しいですが、少女漫画風の絵柄に慣れていない男性には取っ付き難そうです」


 シイタケさんの表情が益々曇ってくる。

 茉莉さんもかなり落ち込んだ様子だ。


「そして性的要素。性的要素が多いものを男性は好みやすいですが、このイラストはBLなので……下手をすれば不快感を抱かれるかも」


 シイタケさんはもう泣き出しそうな表情だ。

 茉莉さんは……あれ? 泣いてる?


「じゃあ、この絵は……」


 シイタケさんは辛うじて涙をこらえ、そう言葉を濁す。


「残念ながら、ピクシブでウケやすいイラストとは言えないかもしれません」


 シイタケさんの様子に、申し訳なく思いながら私はそう言った。


「……そうですか」


 消え入りそうな声でシイタケさんが応じる。

 茉莉さんはとうとうハンカチを取り出した。


 本当にこれで良いの?


 嗜好を全否定されて悲しむシイタケさんと茉莉さんの姿を見て、私の中に疑問が生まれる。


 なんか違う気がする。


 悲しむ二人の姿を見ながら考え、私はおもむろに口を開く。


「でも女子に人気ランキングなら充分可能性を感じます」


 私の言葉に、驚いたように目を見開いて「え?」とシイタケさんが声を上げる。


「ターゲットを変更しませんか?」


 私はこの相談で三度目の提案をする。呆気に取られているシイタケさんに、尚も私は語りかけた。


「総合じゃなくて、ターゲットをBLが好きな女性に絞るんです。これ、めちゃくちゃ好きな人には刺さる絵だと思うんです。正直私、BL好きってわけでは無いですけど、鼻血出そうですもん」


 私の目の端で、私の話を聞いていた茉莉さんが、すごい勢いで首を縦に振っている。

 少なくとも茉莉さんは、もうシイタケさんのファンのようだ。


「最初はピクシブの多数派をターゲットに、二次創作で露出度の高い水着の美少女でも提案しようかと思ったんです。でも、アナタのイラストを拝見して気が変わりました!」


 シイタケさんが「……水着の美少女」と不安げに口にする。


 うん。そうだよね。

 そういうのは全然、シイタケさんの趣味じゃないんだよね。


「ピクシブの多数派に寄せるんじゃなくて、アナタの絵を好きになってくれそうな人を探しましょう! 少なくともピクシブの女子に人気ランキングには、この作品と同じ嗜好の作品が沢山あります。ということは、この作品を好きになってくれる人は多数派ではないかもしれないけど、一定数いるはずです。この作品はそちらに寄せるべきです」


 情報に寄せるんじゃない、情報を使うんだ!


 私が熱っぽく語るのを聞いて、シイタケさんが「人を探す?」と私の言葉を繰り返す。


「ええ! ピクシブやツイッターでのタグ付けや交流の範囲を見直すんです! 万人向けのタグは流れも速いし、ターゲットとなる人に出会う確率も少ないから捨てて、そのぶんBL好きが選びそうなタグを増やすんです! 交流の範囲は絵だけでなく、BLジャンルで活動しているコスプレーヤーさんや物書きさんにも広げてみましょう。そうすればアナタの活動を理解してくれる人にもっと出会えるかも」


 私は尚も熱っぽくアイデアを語る。


「いいですね。やってみようかな」


 そう言ったシイタケさんの表情が、段々と明るくなる。


「ええ! シイタケさんの好きを詰め込んだ作品でもう一度挑戦してみましょう! 今度はシイタケさんの好きを分かってくれる人が居る場所で!」


 私の言葉にシイタケさんが今日一番の笑顔を見せる。


 ステージの端でうんうんと頷きながら、茉莉さんも涙を拭うような仕草をしている。

 私は生き生きと笑うシイタケさんの肩越しに、そんな茉莉さんの姿をぼんやりと眺める。

 そして茉莉さんにも私たちオタクの側に来る素質が有りそうだなと、冷静に分析する。


 今度、茉莉さんにBL系のイラスト賄賂でも描いて、プレゼントしてみようかな?


(了)



☆ お知らせ ☆

KAC参加作品(一作品、四千文字まで)のため、次のエピソードは別作品として公開中です。


↓この作品の

『【KAC20205】お絵描き系ユーチューバーMOMO、相談者に水着を購入させる』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894453974


↓この作品の

『【KAC20203】お絵描き系ユーチューバーMOMO、配色のポイントをアドバイス』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894453882

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