四年に一度のデスゲーム
八重垣ケイシ
四年に一度のデスゲーム
深夜、零時にサイレンが鳴ると、この時を待ち望んでいた仮面の人達が歓声を上げる。
四年に一度のデスゲームの開催に、喜びはしゃぐ人達は、両手を突き上げ中にはクラッカーを鳴らす奴もいる。楽しそうだ。
仮面で顔を隠した人達が、ハー! ハー! ハー! と浮かれ騒ぐ。
俺はと言うと、そんなバカ騒ぎをニヤニヤ笑いながらカメラで撮影する。現代日本でショッキングな映像が合法で撮影できる日。こいつを後で動画投稿サイトに上げてやろう。
広場で集まる若者達は、よっしゃやるぞ、何を負けるか、と笑顔で駆け出していく。俺はそいつらを追いかけながら撮影する。
あぁ、派手にドカンとやってくれ。
真夜中であるにもかかわらず、人がヒャッハーと駆け回る。一番の目的地は老人介護施設だ。
既に撮影に良さげなところは大手マスコミがバンを止め、その屋根に乗ったカメラマンが準備万端だ。
施設の中に駆け込む輩が一番首を上げる。四つん這いで逃げようとするじいさんを、その背中に馬乗りになって、手にするロープでじいさんの首を締め上げる。
息が苦しくなりチアノーゼで赤紫色の顔になるじいさん。俺はその死の間際の顔にカメラをズームにする。辞世の言葉はなんだろな?
日本はついに、少子高齢化に経済対策に本気になった。
年金の未払い問題というのは、年寄りが多くなりすぎて、払う年金が高くなったからだ。昔は労働者の十人で支えていた高齢者が、今では三人で二人を支えている。年齢別人口ピラミッドの形が崩れた。
若者の貧困化から嫌老意識が高まり、老人への暴行事件、殺傷事件が増えた。
で、まあ、少産化なんて簡単に解決できるものでも無い。今から赤ん坊が増えても、そいつが税金を払えるようになるまで、成長する時間が必要だ。
だったら逆に年寄りを殺してしまえ。その方が簡単に解決できる、と。なんとも血も涙も無い社会だな、おい。
もうこの国で溢れる老人の面倒をみる余裕が無くなっちまっただけのこと。
そして四年に一度のこの日、一日二十四時間だけ、年金受給者を殺しても殺人罪に問われない日ができた。合法的な暴力的な集団安楽死が可能というわけだ。
こんな日を合法化するなんて狂っているとしか思えない。だが、この四年に一度の年金受給者合法殺害日が無くても、日本は老人への暴行と殺害が増えてしまった。
年寄りが死ねば貧困から逃れられる。あいつらのせいでずっと貧しいままだ。だったらシャバで奴隷のように暮らすよりは、刑務所で暮らす方がマシだ。年寄りを殺してこの国を良くして刑務所に行こう。そんな人が増えてしまった。
ま、そりゃそうなるよな。頑張って働いても年金やら介護保険やら税金でやたらと徴収される。手もとに残る金じゃ暮らすことも難しい。一日三食食べられるのも、金持ちの贅沢だ。それだけ日本の貧困が進んでしまった。餓死者と自殺者ばかりが増えて、労働世代人口は減りはしても増えはしない。
そんな世の中で、自分の手取りを少しでも増やすには、年金受給者を殺して減らすしか無い。これが現代に甦った姥捨て山だ。
この二十四時間で、どれだけ年金受給者を減らせるか、殺せるかで、今後の自分の給料の手取りも変わる。
良心の残る自分の親を殺されたく無いって奴は、自宅にジジババを匿う。そういう家には入り難い。家族に愛される年寄りはそうして守られる。
一方でこの日に老人介護施設にいる年寄りは、つまり誰か殺して下さいと見捨てられた年寄りどもだ。残念、ご愁傷さま。
手に金属バットやスコップを握るヒャッハー共が、狂笑しながら施設に突っ込む。扉は施設の経営者が壊されたくないからか、開けっぱなし。
そこに乗り込むヒャッハー共は、お前らのせいで俺たちゃ貧乏だ、とか、てめえらの尻拭いのために産まれたんじゃねえ、なんて日頃に溜め込んだストレスを叫びながら、年寄りを殺す。ぶっ殺す。
ロープで首を締める、スコップで殴りつける、金属バットで殴る。あっちもこっちもヒャッハーだ。いやいや集団の狂気ってのは怖いねえ。
年金受給者を殺しても殺人罪にはならないが、このはっちゃけた中でも、盗みとか年金受給者以外への暴行は犯罪になる。
警察は後でそういうのを見つけて捕まえる。
そうして受刑者を増やすことで、日本の人手不足も解消されてきた。身体にGPSを埋め込んで受刑者を働かせるところも増えてきた。
人材派遣会社が刑務所を経営して、今じゃ受刑者に働かせるのが当然の時代。
なにせ受刑者なら人件費が安い。日本の最低賃金に抵触しないから。
月給で言えば800円、時給にすれば4円で働かせられる。日本の政府は軽犯罪でもこうして人を受刑者にして、人手不足も解消してきた。
国連からは受刑者を商品として扱う人権侵害だ、とか文句つけられたりしてるが。もとから人権後進国の日本は、囚人を時給4円で働かせて、その利益で刑務所の運営をしてきた。だから、今さらなんだって話だ。
介護の分野での人手不足は、受刑者に働かせることで少しは解決してきた。他所の国からは奴隷狩りだ、とか言われてるが、社畜に国畜よりは、奴隷の方がマシだと日本人はみんな諦めている。
俺が撮影してるところの脇でも、人権団体やら外国のマスコミがなにやら喚いているが、じゃあどうやったら今の問題が解決できるってんだ。
年金を廃止すりゃあ、こんなデスゲームにもならなかったかもしれないが、今の政治家にそれを求めるのも無理な話だ。
年金も健康保険もやめることはできやしない。一度作ったレールに乗れば、革命以外にレールから外れる方法は無い。このデスゲームもヤケクソのように始めたら景気が良くなっちまった。
治安が悪くなれば経済が回る。当たり前のことだが、これで警備会社が増えて金のある奴は自衛を頼む。自分の身を守るのは自分だけだと、防犯グッズに催涙スプレー、スタンガンがコンビニでも買えるようになった。新しいビジネスが増えて経済が活性した。
この日に酷い目にあいたくない、痛い目にあって苦しみたくないっていう老人もいて、安楽死できるクスリも違法だが、簡単にネット通販で買えるようにもなった。
財産を持ってる年寄りは、その金で若者を雇って身を守る。これで年寄りの溜め込んだタンス貯金が世に回る。
金が無くとも子供や孫に慕われる年寄りは、家族に守られる。金を持ってるか、慕われる情のある年寄りは生き残る。
縁も失い、財産も無い、年金頼りの年寄りが、この日、日本中で殺される。あっちでこっちで、次々と。で、まあ、人を殺しても罪人にならないとなりゃあ、はっちゃけてやりたがる奴も出てくる。みんなストレスがたまっている。
衣食満ち足りて礼節を知る、なんて言うがな、その衣食が足りなきゃ、礼節も礼儀もクソも無いってもんよ。
「やっぱ、経済を回すにゃ戦争よなあ」
そんなことを呟きながら、俺はカメラを回す。剥き出しの人間性がここにある。やっぱ、法にも触れずに金になるとなりゃあ、人は人殺でもなんでもやっちまうってもんだ。
これは言わば国内の戦争。生き残りを賭けて、年寄りと若者が少ない資源を奪い合う戦争だ。御大層な建前をかざしても解決できなくて、問題の解決には結局は暴力頼りとなるなんて、人類の叡知なんてたいしたことねえな。
少子高齢化の問題も、年金問題も、このデスゲームが始まってからマシになってきた。来年からは消費税が3%に減るらしい。
十年前には年金を維持するためには、消費税が30%必要だと言っていたが、ずいぶんと年寄りが減ったらしい。
俺は祭りに参加せず、イカれた騒ぎをカメラに納める。いやこうして撮影していることが、祭りに参加してるようなもんか?
願わくばこの映像を見た者が、どうしようもない現実をどうにかしてくれる、画期的な何かを思いついてくれたら、と。
そんなことを心のすみっこに思い浮かべながら、俺は年寄りを殺す仮面の集団を撮影する。おーおー、お前ら元気だねえ。
この一日が終われば、この仮面の殺人鬼も日常に戻るのだろう。ストレスを発散してスッキリとした顔で。仮面を外して普通の市民の顔へと。
罪にならない殺人を犯して、平和な日々を平穏に過ごすのだろう。
サラリーマンとして、セールスマンとして、学校の先生として、バスの運転手として、看護師として、料理人として。
デスゲームが始まってから、日本の出生数は上がっている。DVや家庭内暴力、虐待というのは数を減らしている。
自分が歳をとったときに、ちゃんと育てた自分の子や孫に守ってもらおう、なんてことなのかもしれない。
カメラのバッテリーを取り替える。次の撮影場所を何処にしようか探していると、突然にマイクが目の前に突きつけられた。
「あなたはこの日本の非道な政策をどう思いますか?」
外国のマスコミらしい。ずいぶんと日本語が流暢だ。日本の非道な政策をどう思うかだって?
「そんなのは百年後の日本人に聞いてくれ」
俺はバッテリーを交換したカメラを構えて、殺人の興奮に酔う仮面の集団を撮影し続ける。
俺に他にできることも無い。
俺だってこの一日が過ぎれば、いつもの介護職員に戻る。給料の安さに文句を言い、わがままを言ったり、いつもありがとうと言ったりする、そんな奴等の世話を笑顔でする、ただの普通の日本人だ。
イカれているのは四年に一度のこの日だけだ。年寄りをこうして殺すことで、経済は良くなった。餓死者が減り、自殺者が減った。暴行事件が増えたが、代わりにイジメやパワハラの問題が少なくなった。
日本は治安が悪くなった代わりに、貧しい暮らしから救われる人が増えた。
金と正義、どっちを選ぶ? なんて言われても、自分の暮らしを捨てられる奴はそうそういない。
自分を守れずに殺される奴が悪い。そんな自己責任論が蔓延している。ずいぶんとイカれた時代になっちまったもんだ。
四年に一度のデスゲーム 八重垣ケイシ @NOMAR
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