ありがとう、さようなら

清泪(せいな)

卒業式

 

 例年よりも気温が低い三月は、例年よりも早く桜が咲き誇っていた。

 私は白い息を吐きながら、人の気配が無くなった校舎の廊下を歩いている。

 前を歩く校長先生の後を追いながら。

 校長室と印字されたプレートがついている部屋に入るのは、高校三年間でこれが初めてだ。

 校長先生は自身の机の前に立ち、置いてあった卒業証書を持ち上げる。

 ゆっくりとその卒業証書を私に差し出す。


「卒業、おめでとう」


 私は教えられた通りにそれを受け取り、教えられた通りに一礼した。

 担任の教師と母親が拍手してくれている。



 高校生、と漢字三文字でまとめるには無理があるぐらいこの三年間は色々あった。

 新しい友達も出来たし、新しい恋もした。

 バスケ部に入って沢山練習して、死ぬほど練習して、それでも大会じゃ勝てなくて悔しくてまた練習して。

 沢山笑って、沢山泣いて。

 濃密過ぎる三年間はあっという間だった。

 そして今、私と母親と担任と校長先生、たった四人で卒業式を迎えている。

 素っ気ない終わり方だ。


 

 大学受験が終わって、張りつめていた緊張の糸が切れたのか、私はもともと喘息持ちだったのだけどそれが悪化して入院する羽目になった。

 二月の中旬の事だった。

 どうにか卒業式には間に合う入院スケジュールだったはずなのだけど、病状は悪化していってしまった。


 やっと退院できる状態になったのは、三月の下旬。

 もうとっくに卒業式は終わっていた。


 私は入院姿が見られたくなくて友達などの面会を断っていた。

 すっぴんで身なりも整えていない状態だったし、何より喘息が酷くてまともにシャワーすら浴びれていない日々が続いていたからだ。

 そうやって、誰とも会わずに入院生活を過ごして誰とも会わずに卒業式は過ぎていった。




 校長室に三人の拍手だけが聞こえて、私はもう一度頭を下げた。

 いつか訪れると思っていた卒業という言葉は、今はただただ寂しいだけの言葉に思えた。

 あまりの寂しさに今までの三年間全てが否定されているみたいだった。

 そう思うと涙が出そうだったけれど、悔しいから堪えた。


 

「じゃあ、行きましょうか?」


 顔を上げると拍手は止まり、担任が微笑みながらそう言った。

 母親より少し歳上ぐらいの担任は、いつも以上に優しい顔をしている。

 憐れみとか同情とかそういう類いの優しさなのだろうか?

 また泣きそうになった私は必死にそれを堪えて、頷き応えた。


 担任の後をついていく。

 人の気配が無くなった冷たい廊下を進む担任。

 窓からグラウンドを見下ろしても、そこにも生徒達の姿は無い。

 学校は春休みに入っていて、あと数日にはそれも終わる。

 部活動も何もかも今は休みの期間だ。

 誰もいない。


 担任は校門とは逆の方向に歩いていく。

 下駄箱室からも離れていく。

 この方向は、体育館の方だ。


 最後だから見ていけという事だろうか?

 私が三年間、汗だくになりながらバスケをしてきた場所を。

 それが卒業ってもんなのだろうか?

 ただ思い出と別れを告げる行為が、卒業ってもんなのだろうか?


 

「あぁ来た来た来た。皆、せーの!!」


 担任に促されて私は体育館のドアを開けた。

 開けて中から聞こえた第一声は親友の三菜のその言葉だった。

 続いて聞こえてきたのは、クラスメイト達の声。


「卒業、おめでとう!!」


 体育館中に響くクラスメイト全員の一斉の声。

 私は何が起こっているのかよくわからなかった。


 三菜が私の手を引っ張って、皆の中心に連れていく。


「ほら、こっちこっち。これから卒業式を始めるからね」


 三菜がそう言って私を位置につかせると、クラス委員長の田中君が始まりの挨拶を喋りだした。

 何だか堅い挨拶にクラスメイト全員が笑っていた。

 それから一人一人、私との思い出を語ってくれた。

 私も一つ一つ、思い出を語り返していった。



「まだこれで終わりじゃないからね。思い出を語り合いたいのは私たちクラスメイトだけじゃないからね」


 三菜はそう言って、ほらっ、と壇上を指差した。

 体育館の壇上、その両左右からぞろぞろと知っている顔が出てくる。

 バスケ部の部員達だ。


 

 バスケ部部員達、後輩達が横並びに整列していく。

 一枚の横断幕を持って。


 キャプテンご卒業おめでとうございます。



 三菜みたいに後輩達も、せーのっ、と合図を掛け合う。


「今まで本当にありがとうございました!!」


 涙声混じりながら、クラスメイト達に負けないくらい大きな声が体育館に響く。


「私達、絶対、絶対、強くなります! キャプテンの夢、先輩達の夢、受け継いでいきます!!」


 キャプテンを引き継いでくれた麻衣が、涙を流しながらそう言ってくれた。



「卒業って終わりなんだけど、始まりでもあるんだよね。思い出は確かにここに残るけど、想いは受け継がれていくからさ。安心しなよ、ね」


 副キャプテンだった三菜が私の肩を抱き締めてくれた。

 泣きそうな時はいつもそうしてくれる。


「……だからさ、泣いていいんだよ。泣いたって、大事なもの流れちゃうわけじゃないんだからね」


 三菜は泣きながらそう言った。

 だから、私も泣いた。

 寂しくなんかない、嬉しくて私は泣くんだ。




 皆、今日は本当にありがとう。

 私は最高の卒業式を迎える事ができました。

 これからそれぞれ別の道を進んでいくんだね。

 私、これからもちゃんと進んでいくから。

 皆との時間、嘘にならないように。

 皆との時間、大切にできるように。


 じゃあね、さようなら。


 また逢えるその日まで。

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ありがとう、さようなら 清泪(せいな) @seina35

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