四年に一度の出前。

arm1475

四年に一度の出前

 ボクの住む街の上空には城が浮いている。

 どういう原理で浮いているのかは知らないが、皆は特に気にしていない。だって遠い昔からそこにあったのだから。

 そこにはお姫様が住んでいたが、下界の人たちとはほとんど接触していないので、大半の人はどういう人なのかは知らない。

 そもそも、お姫様と言っても別にボクらは彼女に支配されてなんかいない。

 地上は城のことなど気にも留めず、選挙で選ばれた民主主義の議会による政治と、自由な学び舎がもたらした文化は人々の生活をどんどん進歩させ、今や鉄筋の高層ビルが古い造りのお城を狙い撃つように並び立っていた。

 もう誰も城のことなど気にも留めていないのだろう。

 

「空にこの城があるのに、このままだと城を押しのけてビル街になりそうですね」

「昔はもっとみんなうちの城を見てくれたんだけどねぇ」


 彼女はそう言って玉座ですねてみせる。梳くと星が散りそうな綺麗な銀髪を冠する美貌の少女の拗ねる姿を下界の人たちが見たら、親衛隊がたくさん出来るだろうに、もったいない。


「それに情緒だけじゃ喰っていけませんからね」

「ありがとう」


 そう言ってお姫様は、テーブルの上にある湯気の立つキツネコロッケ蕎麦をすすった。

 ボクのうちで蕎麦粉から打って作った十割に、ラードで上げた自家製コロッケと自家製の秘伝の返しで味付けした揚げを乗せた、店自慢の蕎麦だ。


「しかしうちに出前の注文されたのが四年前なのに、よく待てますね」

 


 お姫様はそう答えて茶色の線を吸った。


「毎日ですか」

「変? だいたい四年なんて直ぐよ?」


 何か変なコト言ってぞこの姫様、と彼女の事を知らない人なら皆そう思うだろう。しかしうちは先祖代々このお城のお姫様へそばの出前をしてきたので気にもしない。

 このお姫様にとって四年はせいぜい一日くらいの感覚しかない。

 四年に一度、日付が変わるこの不思議な城のこの住人は、それ故に長い年月をほぼ歳も取らずに生きている。

 四年に一度だけ下界と時間のズレが解消される事で城の中に立ち入りすることが出来るようになる。ボクはうちの店に注文してくるお姫様のために気球を使って出前に来たのだ。

 どうして時間の流れに差異があるのか。呪いの類いかどうかわからないが、数年前に読んだ相対性なんとかという学術書には、地上から離れるにつれ時間の流れが遅くなると言う学説が書かれていた。学が足りないボクにはそれを理解するには至らなかったが、多分そんな理由なんだろう。何より他にやることがあって忙しかった。 


「お姫様にとっては四年なんて直ぐでしょうけど、地上ではそうはいかなくてね」

「う……ん」


 お姫様は暫く蕎麦の喉ごしを堪能しているかのように沈黙する。


「お父様、残念でしたわね」

「あ……」


 先代の親父は前回の出前の帰り、ひき逃げされて他界していた。

 無口だが真面目なそば打ち職人だった。

 まだ学生だったボクは母に店を任せてなんとか学校を卒業出来たが、正直親父が守ってきた店の味を継げているかどうか。他界した時はそばの作り方すら知らなかったのだから。

 でもこの天空のお姫様からの出前を受けていたので断るわけには行かなかった。

 うちの店は出前は基本やっていない。人手の問題もあったが、このお姫様の出前だけは先祖代々例外受けていたので正直惰性で引き受けている。とはいえ、この広いお城に一人だけでいるお姫様の注文を素気なく断るのも人としてどうかと思う。

 そもそもなんでうちの店は何がきっかけでこの姫様の出前を受けたのか。知っている人間はもはやこの目の前でうちの店の蕎麦を啜る金髪のお姫様しかいない。それは子供の頃から知りたい謎のトップであった。

 その謎を知るためだけに、ボクは蕎麦の打ち方を学び、母や常連さんたちから父の味がどうだったか訊いて蕎麦や汁の味を極め、今回の出前まで必死に頑張ったのだ。

 やがてお姫様が汁を飲み干してうちの、ボクが打った蕎麦を完食した。食事の邪魔はしてはいけないと見守っていたが、いよいよ訊く時が来た。

 回答次第では、今後の出前を断るばかりか伝統ある店を畳む事になるだろう。それは店の味を継げていないのだから、ボクは諦めるしか無いし、お姫様にこれ以上失望させるわけには行かない。


「あの」

「ごちそうさま。美味しかったわ。次もよろしくね」


 お姫様は満面の笑みをボクに向けて放った。決してお世辞では作れない感謝の表情だった。

 やっと分かった気がした。親父たちも、先代も、先先代も、恐らくは最初にたまたまお姫様にうちの蕎麦を食べてもらえる機会を得た初代も、この笑顔を見たのだと。


「うん? どうしたの?」

「あ、いや、……お気に召して何よりです」


 するとお姫様は意地悪そうにクスクス笑い出す。


「な、なんですか」

「いや、貴方もお父様と同じ事言うのねって」

「同じ?」

「初めて出前に来てくれた時に、ね。同じ反応だったから面白いと思って。お店のお約束かしらそれ」


 なるほど、と思って苦笑いした。こうなるとお約束なのだろう。


「またもよろしくね」

「毎度」


 ボクは蕎麦のお椀を岡持ちに仕舞いながら元気よく答えてみせた。

 

                       おわり

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