一夢醒めて朝早く

「……ねむい。」


 懐かしい夢を見た。

 懐かしいと割り切れる程度には過去の事だと認識しつつあると共に、それでも朝は必ず6時に起きてしまう辺り、たった17年の前世は私の奥深くに巣食っている。

 といっても、今生もまだ15年なのだが。


 子どもの頃から変わらない白いカーテンを右手でかき分ける。

 快晴。この時期にしては少し蒸し暑く、日差しが私の心を現実へ引き戻す。

 二階の窓から見える景色は相変わらず整っている。

 庭師の腕が良い証拠だ。


「お嬢様~、朝食のお時間ですよ~。」


 ドアの外からメイドの声が聞こえる。

 普段より早いお呼び出しに日課のストレッチが自然と止まり、ついドアの方へ振り返る。

 そうだ、今日は待ちに待ったあの日なのだ。


「今行くわ。」


「ふふっ、は~い。」


 素っ気ない返事を投げかけたつもりだが、メイドは嬉しそうに笑いながら返答し戻っていった。

 手早くストレッチを終わらせ、既に数回袖を通した新品の制服に着替えながら日課の魔法反復練習をして、肩を少し超えるほどの白い髪を軽く梳かし、ドアを開ける。

 身だしなみを気にしない私のために設置された廊下の鏡で、つい溢れていた表情を戻し、走らないように意識しながら階段を降りた。




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「おはよう、セスカ。朝ごはん冷めちゃうわよ。」


「おはよう、お母様。」


 椅子に座りながら気さくに朝の挨拶を交わした相手は、私と同じ白い髪をロングになびかせ、私とは似ても似つかぬ長身と見事なスタイルを持つ絶世の美女であり、私の母親とも言う。

 私も将来はこうなれるのかと期待しているが、今のところどちらも平均以下だ。

 本当によくこんな女性と結婚できたものだと、仕事で既に家を出た父を思いながら席に着く。


「メリアーノ様、こちら紅茶でございます。セスカ様は、いかがなさいますか。」


「私も紅茶でお願い。砂糖は三つ。はちみつも。」


「かしこまりました。」


 ショートカットのメイドが紅茶の入った陶器のティーポットとカップを持ち、恭しく一礼する。

 私たちはあまり礼儀に関してとやかく言ったりはしないのだが、職務に忠実な方である。


「いただきます。」


 先ほど部屋に私を呼びに来たメイドは、この慇懃なメイドと違いかなり砕けており、なおかつドジを連発する。

 ドジっ子メイドなんているのかと思っていたが、現実は小説より奇なりとはよく言ったものである。

 今は、朝が弱く寝相も悪くわがままで甘えたがりで非常にかわいい妹を起こしに行っているのだろう。

 おそらく30分は帰ってこない。気の毒である。


「入学式の準備は……その調子だと大丈夫そうね。」


「うん。問題ない。」


 そう、今日は王立第一魔法女学院、通称「イチマジョ」の入学式だ。

 子供の頃にイチマジョの話を母から聞き、当面の私の目標はイチマジョへの入学となった。

 魔法なんて御伽噺な世界の記憶を持つ私からしたら、魔法学院なんて響きを耳に入れてしまったらもう、目指さないわけにはいかない。

 少し不安だったが、入学試験には問題なく受かり、晴れて今日入学と相成ったのである。


「セスカ、また顔がにやにやしているわよ。魔法バカなのはいいけど、一応伯爵家の長女なんだから、オシャレも学んできなさいな。」


「……にやにやしてない。」


「あなた、普段は落ち着いてるけど、結構表情豊かなの知ってるんだからね。昨日だって、夜眠れないからって制服着て鏡の前で謎のポージングを」


「ちょちょちょ、お母様!何で知ってるの!ダメ、ダメ!」


 いやなんで知ってるのこの人真夜中だったのに!

 監視カメラでもあるの!?

 ……この人なら私をからかうために何をしててもおかしくない。


「うっふふ、やっぱり顔赤くしてるセスカちゃんかーわいい♡」


「……っもう行くから!ごちそうさま!」


 残りの朝食を口に放り込み席を立つ。

 お母様は外面こそ完璧だが、性格面は少々お茶目、いや悪乗りが過ぎる。

『好きな相手をからかうのが趣味』らしい。

 ――これをからかう相手に堂々と言い放つのだから、こう、もにょもにょする。


「ああ、待って待って。これつけて行って。」


 その声を聞いて振り返ると、いつの間にか目の前にいたお母様の手が私の頭に伸び、何かを付けている。

 カチャカチャと金属の音がするが、不思議なほど重みを感じない。


「純ミスリルのカチューシャよ。私のお古だけど……はい、プレゼント。」


 渡された手鏡をのぞき込む。

 私の頭の上には、白髪に映える黒いカチューシャが付けられていた。

 装飾として赤いリボンが右側に付いている以外は小さな宝石があしらわれている程度の簡素なものだったが、高級品なのがひと目で分かるほど、このカチューシャのみで気品を放っていた。

 ハッキリ言って、伯爵家の娘が持つ代物ではない。


「お母様、こんなのどこで」


「さぁ、行ってらっしゃい!初日に遅刻なんてしたら大変よ!」


「わ、わかった。行ってきます!」


 軽く制服を整え靴を履き、玄関の扉を開ける。

 差し込んできた日差しを手のひらで遮りながら、待っていた馬車に乗り込む。

 さあ、いざイチマジョへ!輝かしい学院生活へ!

 出発進行!


「お嬢様、荷物は……?」


「あっ。」


 玄関でお母様がカバンを持ちながら必死に笑いを堪えている。

 もういっそ笑えばいいじゃない。

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魔法を使えば私の人生は神ゲーになりますか? コショー @volumeA

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