10ー7 陽薙狗

 私と凪さんは再び土蜘蛛を目指す。

 土蜘蛛が出るとすれば森の中と言うよりも巣に出向いた方が早い。

 しかしながら魔力は使い果たしても感覚から土蜘蛛の反応を辿る。覚えたばかりで微弱な反応が続くが、それでもあれだけの恐怖を叩き込む相手だ。私が見逃すはずがない。


 「なあルーナ。さっき言ってたやつって本当か?」

 「何がです?」

 「紅月の亜人ブラッドムーン。本当にルーナがそいつなのか?」


 驚いた。知っている人がいたのか。

 いや知らないのは普通で、それを知っていることに驚きが溢れた。

 この名前は協会でもあまり知られていない。何故ならそう頼んだからだ。


 「一応そうみたいですけど、何か問題でもありますか?」


 苛立って挑発するような発言。

 もちろんわざとだ。

 こう言ってどう反応があるのか。これを知っているのはよっぽどの相手だ。


 「いや別に。前に龍宮から聞いた時は驚いたけど、本当に日本にいたんだな紅月の亜人」

 「龍宮さんが?何で知っているんですかね?」

 「あいつは基本的に“”何だよ。だから知っててもおかしくないし、私はそんなことで相手を選ばない。むしろ光栄だぜ」

 「別に私は大した事は……」

 「そう思ってるならルーナだけだよ。わずか二年で彗星のように現れて、ヨーロッパで襲った最悪の魔族を殺した同族。人を守るために世界を救った英雄だ」

 「あんまりいい気分じゃないですけどね」

 「かも知んないけど、世界中のやつ。少なくとも私や協会の連中に加えて、魔族の中でも穏健派や過激派のほぼ全ての奴が感謝してるって噂だぜ。それから姿を見せなくなったって聞いてたけど、まさかこんなところにいた何てな。最初に聞いた時には凄え驚いたぜ」

 

 なるほどそう言うことか。

 事前に聞いていたから、あまり驚いていなかった。先ほど聞いたときに声を出さなかったのは、事前情報のおかげか。つまりは龍宮さんは相手の土蜘蛛であることを最初から知っていた。しかしそこに私達を向かわせたのは、勝てる見込みがあるからだろうか。

 どちらにしても食えない人だ。

 そして同時に腹立たしくもあった。


 「まあ龍宮の奴をあんまり責めないでやってくれ」

 「どうしてそんなことを」 

 「何となくそう思ってんだ。あいつもあいつで苦労してるんだよ」


 弁護。

 私は理解できなかったが、それでも凪さんは信用してもいい。それに龍宮さんが変わり者なのはあの家の姉妹の立場を鑑みれば同時にわかってしまうのは必至だ。


 「まあ何だ。とりあえずはあの蜘蛛を叩き潰すことを考えねえと」

 「ですね。私達は死ぬわけにはいかないので」


 フラグを潰してこそだ。

 私は死亡フラグを立てつつもそれを折るべく歩き続けた。そしてそいつは唐突に現れたーー



 「ここがあの蜘蛛の……」

 「巣みたいですね」


 そこは気が生い茂る中で簡単に見つけられた。

 隠の気を辿ればそこに広がっていたのは無数の白い糸が絡み合い、木々に巻きついては巨大なネットを作り出す。

 それは他者の侵入を妨げるように張り巡らされており、軽く触れてみても粘着力は高い。


 「行きますか?」

 「行くしかないみたいだからな」


 私と凪さんは意を決して糸の中に潜り込む。

 糸が張り巡らされた木々の中は酷い有様だった。

 白い粘着質の蜘蛛の糸が至るところに巣を張って、獲物を逃さない。

 そして一番むかついたのは、そこに吊るされた白い球だった。

 大きさはざっとみて1.5メートル程だろうか。

 私は糸の間に手を入れる。冷たい。グチョグチョのドロドロ。流動化していてもはや何だったのかもわからない。まだ溶けきっていない部分に手を伸ばすと腐敗臭がした。間違いないこれは……


 「人間の死体だ」


 反吐へどが出る。

 むかついた。土蜘蛛にとっては普通のことかもしれないが、同族にとっては不快だ。

 同族殺しの吸血鬼紛いが言えた義理ではないかもしれない。しかしこれあんまりだった。

 だがここで嘆く事はしない。

 私は死者を蘇らせる事が出来るほどの人間ではないのだ。ちょっと他人を治せるだけ。ちょっと長生きで死なないだけ。そんなまともに自分を治癒できない自分では如何することも出来ない程の後悔が心を埋め尽くしていた。


 「こっちも同じみたいだな」

 「はい。にしても冷静ですね、凪さん」

 「冷静を装ってるだけだ。こんな悲惨な光景、何度だってみた事がある。鬼になってもう七年だからな」

 「土蜘蛛との戦闘経験は」

 「何回かあるが、流石にここまでの被害は見た事がないな。多分これはだいぶ前の奴だぜ」

 「じゃあここの土蜘蛛はそれだけ……」

 「狡猾で長生きなんだろうよ。胸糞悪い話、よくもまあ今の今までこの存在にあたし達も気がつかなかったわけだ」


 私達がそんな風に悲嘆的な会話をしていたときだ。

 突然私達の間をゴソゴソと何かが蠢く音が走った。

 それを聞きつけて私は妖語を抜く。そして凪さんも武器を構えた。薙刀だった。


 「来ますよ」

 「ああ」

 「どうしますか?」

 「ルーナは一旦下がってろ。適当な時に援護を頼む」

 「凪さんは?」

 「あたしは……」


 凪さんが言葉を紡ぐ前、土蜘蛛が飛来する。

 上空からの攻撃に対して横飛びした私。

 如何やら木の上にいたらしい。何とも蜘蛛らしい。


 「凪さん!」


 私は凪さんに向かって叫ぶ。

 降下してきた土蜘蛛のせいで巻き上がった土煙。そのせいで視界が悪かった。

 私は凪さんの安否を確認すべく声を張り上げるが、そこから聞こえてきたのは確かに凪さんのものだった。


 「あたしは祓鬼はらいおにだからな。こんな奴に遅れは取らないぜ!」


 そう言って薙刀で攻撃を防ぎ、一歩後退。

 左の胸ポケットから何かを取り出す。

 それは小さな面。それを額に合わせると、凪さんは不敵な笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

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吸血鬼さんは日常を生きたい。 水定ゆう @mizusadayou

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