やあボクは金持ちだ。実は人を轢いちまったのだけど、あの野郎「ここは異世界ですか?」だって。ハハ。そんじゃあ北海道に所有する土地を異世界ってやつにしてよ、そこに住んでもらおうかな?

ことりぱたらき

第1話 覚醒

 外は真っ暗だった。

 大介は腕時計をチラッと見た。あと1時間で日付が変わる。自分の足音だけがビルとビルの間にこだましている。

 コンビニで菓子パンを買って、信号待ちの間に開封してかじりついた。

「残業で今日も遅くなっちゃったな」

 早く帰って大好きな異世界のアニメを観たかった。信号が青に変わった。大介は横断歩道を小走りに渡った。右側からヘッドライトが迫ったが、その時は気にも留めなかった。だって当然、あっちは赤信号で止まるはず……。


 そこは真っ暗だった。

 全身に感覚がなく、恐怖に声を絞り出そうとしても低いうめき声が漏れるだけ。どこか柔らかいところに横たわっているようだった。ベッド?

 大介の五感では、今も唯一働いている聴覚だけが鋭く周囲を探っていた。

 それがパタパタと駆ける足音をとらえていた。こっちに向かってくる。大介は新たにわきあがる恐怖に身をすくませた。

 ここはどこなんだ。

(確か俺は夜道を歩いていて……。そうだ。青信号を渡っていたら横から弾き飛ばされたんだ。)

 パタパタ。足音が自分の横で止まった。大介は息を止めた。

「あのう? 起きてます?」

 女性のやわらかな声だった。大介は少しほっとした。

「ここは?」

 自分の喉から老人のようにしゃがれた声が出て来てギョッとした。俺の体は今どうなっているのだ。

「えっと、大丈夫です。すぐ良くなりますからね」と女性。

「目が見えないんです」

「治療中ですので」

 そう言われると目を覆われているようだった。安堵のため息をついた。

「ここは病院ですか?」

 なぜか女性は答えなかった。

 ……ああそうか。そう言うことか。大介は理解した。

「わかりました。異世界ってやつですね」

「えっ?」


 大介の横たわるベッドの脇で、医師の美鈴は呆然と立ちすくんでいた。

 酸素マスクのせいで良く聞き取れなかったが、異世界? 異世界と言ったのだろうか?

 美鈴は慌てて部屋を飛び出して、ポケットからスマートフォンを取り出して雇い主に電話をかけた。

「あの人、目が覚めました」

「何だと!? 死ななかったのか!」

 雇い主の相変わらずの大声がスマートフォンから飛び出して耳に突き刺さり、美鈴は顔を歪めた。

「あのガキ、何か記憶している様子だったか? ボ、ボクが撥ねた事とか」

「いえ、その。どうやらここを異世界だと思い込んでいるようです」

「何ぃ?」

 雇い主、松村英太郎は急に黙りこくってしまった。30歳の優男で細身で長身。間違いなくイイ男の部類だが、それは外見だけ。実際はとんでもないクズである。3ヶ月前に泥酔状態で車を運転して人を撥ね飛ばし、誰も見ていないのをいい事に自分の別荘に連れ帰り密かに治療をさせた。

 もちろん重大な証拠である大介青年には静かに死んで行って欲しかったのだろうが、一応治療してみるところに中途半端な良心があって手に負えない。

 だけど自分だってそんなクズと共犯ではないか。美鈴は自嘲した。高額な口止め料は魅力的だった。

 ふと、美鈴はスマートフォンの向こうから、くぐもった笑い声が伝わるのを感じた。気のせいではなかった。徐々に笑い声が大きくなっていった。

「は、はは、ははは!」

「松村様?」

「聞いた事がある。異世界のアニメとやらが若者に人気らしいじゃないか。そうか、あの若造はそう思っているんだな? 自分は車に撥ねられていま現在、異世界に居る……と? 素晴らしいじゃないか! だったら奴の望みを叶えてやろう! パパが北海道に山をいくつか持っている。誰も使っていない土地だ。そこで、……何だ? 魔王退治だか何か? いかにもありそうなファンタジーをやってもらってだな。世界を救ってくれてありがとう、じゃあ元の世界にお戻りくださいって言って、薬で眠らせて撥ねられた交差点に放り投げたら、これはもう完全犯罪だ。そうは思わないか? え!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やあボクは金持ちだ。実は人を轢いちまったのだけど、あの野郎「ここは異世界ですか?」だって。ハハ。そんじゃあ北海道に所有する土地を異世界ってやつにしてよ、そこに住んでもらおうかな? ことりぱたらき @harakiranai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る