第8話 メリーは幼女を軟禁す。
ある日、目を覚ました幼女が家から出ようとするとメリーに首根っこを掴まれた。
「しばらく外に出るのはダメだよ」
メリーはぶっきらぼうにそう言った。幼女は不満げにメリーを見たが、それ以上説明するつもりは無いようだった。幼女は仕方なく椅子に座った。が、すぐに立ち上がった。
「どこ行くんだい」
「といれ」
幼女はスタスタとトイレへと歩いて行き、入った。トイレには窓があった。幼女はそこに手を伸ばし、窓を開けると外を見ようとよじ登った。
メリーがいた。
「ぐあ」
幼女はメリーに抱え上げられて、なす術もなく玄関から家の中へと戻された。
「軟禁、だ」
「あんた難しい言葉を知ってるんだね。その通りだよ!」
メリーはにっこり笑うと台所からスープを持ってきた。ごとりと目の前に置かれた器を見て幼女がふと思った。そう言えばこのスープの材料を聞いた覚えが微塵も無いような。幼女はメリーの家に厄介になってから自分が得体の知れない物を食べ続けてきた事にようやく気づいた。
「ねえ、これ、何」
「スープさね」
「そう、じゃ、ない」
「スープさね」
「ちがう」
「スープさね」
メリーはニコニコと笑っている。幼女は胡乱な気配を感じて、持ったスプーンを置き直した。
「いい」
「そういうことだよ」
メリーは満足げにそう言った。
「怪しいと思ったら食べないこと。まあそのスープに変な物は入ってないけどね」
幼女は目をぱちくりしてスープを食べ始めた。メリーは一体どうしたのだろう。急な外出禁止に今更としか思えない注意。何か今日のメリーは変だ。そう思って見つめていると、メリーは頬杖をついて話し出した。
「ポチに聞いたよ。変な三人組と会っただろう。今回は無事で済んだけど次もそうだとは言えないからね。とりあえずあんたが身を守れるようになるまでは一人で外出させないことにした」
ついでにやったらまずい事も確認しようかと思って、とメリーは言った。
無理だ、と幼女は思った。一人で身を守るも何も、害意を持って行動すれば自分を傷つけてしまうし、今この時もそれが正しい行動だと心のどこかで思っている。自発的に敵を倒すなど不可能だろう。はっきり言って逃げる以外に身を守る選択肢が無い。
「逃げ、る」
幼女はダメ元で言ってみた。メリーは首を横に振った。
「いつも逃げられるとは限らないし、逃げたら困ることだってあるんだよ。身を守る手段は絶対に必要だ」
「ぬ……」
「せめて戦いにおいて何かの役割を持てるようになればいいんだがねえ」
とは言うものの戦える必要などあるのだろうか?いつまでも旅をすると決まったわけでもないし、そもそも森を抜けるだけならメリーか、それかカールにでも送ってもらえばいいはずだ。そこで何か仕事を見つけて定住する事だって不可能ではないだろう。
幼女がそう思っていると玄関のドアが開いた。そこにはカールが立っていた。
「んー、そうか。それには俺も賛成かな」
カールは幼女の傷の具合を確かめながら話を聞き、聞き終わるとそう言った。
「なぜだか最近この森に入ってくる輩が多い。それもこっちを見れば殺しにかかってくるような奴らばかりだ。戦えないなら外に出るのは控えた方がいいだろうなあ」
「なんだって?それは確かなのかい?」
「ああ、今日も襲われた。連中いくら片付けてもどこからともなく湧いてきやがる。完全にバレてると見て良さそうだ」
「目当ては泉か。参ったねえ……」
幼女は首を傾げた。
「身を守る手段が身につくまでと思っていたけど、最悪この事態が片付くまではあんたを送り出すわけにはいかなくなったって事さ」
いまいちピンと来ない幼女に、カールが告げた。
「嬢ちゃん、森から一人で子供が出てくるなんて泉の場所を知ってますと言わんばかりだ。普段ならともかく、森に注意が向いてる今出て行ったりなんかしたら狙われて大変な事になる」
「そういう事さね。巻き込んじまって悪いけどしばらくこの家にいてもらうよ」
メリーは苦々しげにそう言った。
「なる、ほど」
「はい、終わりだ。とりあえず傷は治ってる。後遺症も無さそうだな」
カールはそう言うと傷のあった場所を少し触って頷いた。
「腕はどうだい」
そう言うメリーに、カールは幼女の左腕を持ち上げて見せた。
「ダメだな。まともな方法で動かせるような状態じゃなさそうだ。と言うか、見た目には何の問題も無いんだ。それで動かないなら普通の方法じゃダメなんだろう」
「そうかい……」
「切れば、いい」
幼女がそう言ったのを最後に場を沈黙が支配した。メリーもカールもそれには賛成しかねる様子だった。
「……それよか魔法で動かすとかどうだ?魔法禁止区域もこの近くには無いし」
「まあそうだね」
「そう、なの?」
聞いてみると、魔法が使えない場所はここからはかなり遠くの、それも特に大きな都市に限られると言う。人が密集する地域では魔法を代行する魔道具が一般的に使われているため、空気中の魔力が大量に利用される。使用された魔力は時間をかけて空気中へと戻って行くが、一度に大量に使用されると魔道具が使う魔力が足りなくなってしまうらしい。それを防ぐために魔法が禁止されているのだそうだ。
すると魔法禁止の都市に入れないというのもそこまできついデメリットではなさそうだ、と幼女は考えた。大都市に入れなくなるのは痛いが、行かなければ生きていけないような都市など無いだろう。
「じゃあ、やる」
幼女はそう言って立ち上がった。そのまま玄関から外に出ようとして、メリーに首根っこを掴まれた。
「外はダメだよ」
「軟禁、だ」
幼女は渋々自分の部屋へと戻って行った。
狂った彼女と優しい世界 @ergo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。狂った彼女と優しい世界の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます