第3話 風花

刹那の風の匂いに、淡い色をした懐かしさを覚えて思わず振り返ってしまうように。


僕は今でも、貴方のことを思い出します。


例えば、カップラーメンにお湯を入れて待つ三分間、公園のベンチで缶コーヒーのプルトップを引く瞬間、夕方から湯船に浸かっている時。


貴方といたあの冬を思い出すのは、スノードームの中の世界を覗いている時のような感覚です。静かな夜の世界にいるのは僕たちだけで、粉雪なのか星屑なのかわからない、幾つもの光の粒が舞っていて。その世界はそこで完結していて、後にも先にも進まない。



永遠。



***




貴方は湖のような人でした。

朝も夜も、昨日も明日も、そこに存在し続ける、藍色の、湖。

喜びも悲しみも、静かに穏やかに、深く深く、受け入れてくれるような。

覗き込むと、自分のすべてを映し出されるような気がしました。その藍色に抱かれて微睡んでいられたら、どんなに心地よいだろうと思いました。


でも僕は、貴方に手を伸ばすことが出来ませんでした。



***



窓を開けて、嘘のような青を背景に、風花がひとひら部屋の中に舞い込んできたのを見て、あぁ、また、冬がやって来た、と思いました。


一人きりで過ごす、幾度目かの冬が。



***




貴方へ、

如何お過ごしですか。

その節は、とてもとても寂しくて、途方に暮れるほど美しい冬を、どうもありがとう。


貴方を愛していました。


愛してしまったから、僕は永遠を望んでしまいました。

叶ってしまえば、辿り着くのは終わりでしかないけれど、

叶わなければ、それは永遠性を帯びるから。


僕は弱い人間でしょうか。




いつかまた、夢の中で出逢えるでしょうか。

深く深く沈んだ藍の世界の先にある、純度の高い透明な世界で。


そうしたらまた、僕は貴方の名前を呼んでいいですか。


貴方は、僕の名前を呼んでくれますか。


僕は、貴方を。




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いつか透明な湖の底で 夕空心月 @m_o__o_n

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